13-1
長距離列車が学園都市に近づくと、ようやく学生章が、コンラッドとの接続可能圏内に入った。
『アイビー! どこにいるんだ? なんで急にいなくなって……っ、そうだ、エイデンが……!』
繋がった瞬間、コンラッドは焦っている声でアイビーにまくし立てて、落ち込んだ声で言った。
『エイデンが、死んだって……』
「知ってる。知っているの。だから、助けて」
アイビーは、周囲を見回しながら告げた。朝一番の長距離列車は空いていて、コンパートメントにはアイビーが一人で座れている。締め切ってしまえば、大声で話さなければ他人に聞かれることはなさそうだった。
「……エイデン先輩は、まだ死んでいないの」
『え?』
コンラッドの声が止まる。
「でも、どこにいるかわからなくて……助けに行きたいの」
しばらくの間、躊躇うような息遣いや、うーん、いや、でも……と呻く声が聞こえてきた。
さすがに厳しかっただろうか。友人が気鬱で妄言を言っているのだと心配しているのかもしれない。と不安になったアイビーだったが、ついに考えを纏めたらしいコンラッドは、先ほどよりも落ち着いた声で話し出した。
『……通信ができるようになったってことは、学園都市の近くまで来てるんだよな?』
「うん、そうだけど……」
『エミリーのことを、信用できるか?』
「え?」
アイビーは一瞬戸惑ったが、頷いた。
「……うん」
いつもアイビーに優しいし、何よりレヴィヴィスを大事にしてくれていると思う。妖精に優しい人のことは、信用することにしている。ただ、コンラッドだけでなくエミリーまでも巻き込む覚悟を決めるのに、数秒かかっただけで。
『じゃあ、合流地点について、少しエミリーと話し合う。それから、どちらかがアイビーに連絡する。あと、アイビー。言いにくいんだけど……』
「言って」
『その……エイデンの遺体が見つかって、アイビーが行方不明だから……疑われてる。たぶん、指名手配とかはされてないと思うけど、噂では……学校には近づかないほうが安全だと思う』
アイビーは、ほっと息を吐いた。まったくコンラッドはお人好し過ぎて、こっちが心配になってしまう。
「うん。そうなるのが当然だと思う。ありがとう」
いくらエイデンが、エリオスまで託してアイビーのための言い訳を用意してくれていたとしても、直前までデートしていた相手なのに、弁明もなくそのまま消息不明だったのだ。疑わしいに決まっていた。
『遠方から戻ってきてるなら、着く駅は北中央区だよな? だったら、着いたらそのまま駅周辺の目立たないところにいてくれ。事情は全部、後で聞く。……説明してくれるんだよな?』
「うん。する。コンラッドたちが聞いてくれるなら、全部話せるよ」
『よし、じゃあ、またすぐに』
通話が切れる。アイビーはようやく生きた心地がして、列車の背もたれに身を預けた。
そして十分ほど経って。学生章に届いた連絡は、コンラッドではなく、エミリーからだった。
『アイビー! 今どこにいるの? すぐに迎えに行く!』
「駅の公園だよ。椿がいっぱい咲いている」
『わかった。待っていて!』
それだけ言って、エミリーからの通話はすぐに切られた。アイビーは、着ているコートとマフラーで、できる限り髪を隠した。
駅には一応防犯用の魔導具が設置されているが、直接監視しているわけではなく、あくまで録画用だと聞いている。
そもそも、公にアイビーが容疑者として、大々的な捜査対象になっているわけではないのだろう。だって事情を知る者が増えるほど、不自然な部分への指摘が増えるはずの事件である。精霊術師の長も、フラムスティード家の当主も、大ごとにしたいわけがない。
表向きだって、魔女の身で名家の青年とデートしてもらえていただけだ。アイビーがエイデンを殺す必要なんてない。
けれど、個人的な感情で決めつけた解釈は別だ。これから友人たちと合流するならば、アイビー一人が非難されるだけでは済まなくなる。
「アイビー! 良かった、無事で……っ」
なのに駆け込んできたエミリーとレヴィヴィスは、アイビーの姿を見つけた途端、ぎゅうっと両側から抱きついてきた。
「痛いところとかはない? 酷い目に遭ってない? なにか奪われたりしていない?」
「……う、うん、平気……」
「本当に? 痩せ我慢とかしてないよね? エミリーも私も、すごく心配したんだよ?」
「大丈夫だよ」
「良かった……。でも、次に何かあったら、すぐに私かレヴィヴィスかコンラッドに言うこと。約束して」
「うん。ありがとう、エミリー、レヴィヴィス」
そう答えると、エミリーとレヴィヴィスは、ようやく微笑んでアイビーから身体を離した。
「じゃあ、行こう」
「うん。でも、どこに?」
「私のアパート」
「……アパート?」
学園都市にいる高校生は、全員各学校の学生寮に住んでいるはずなのだが。
「長期休みとか、用事のある休日に着替えるときとかのために、ちょっとね。まあ珍しいかもしれないけど、いないわけじゃないよ、たぶん」
「エミリーのアパート、とってもお洒落なんだよ!」
「……そうなんだ……」
アイビーは、さすがに困惑した。アイビーよりも、エミリーの正体のほうがよほど複雑なような気がした。
そうして連れてきてもらったエミリーのアパートは、長距離列車の駅から徒歩三分の、閑静で整備された湖が見える、大きな二階建てのアパートだった。
その一階の一室が、エミリーの部屋らしい。
「……本当だ、お洒落な部屋……」
エミリーに招き入れられて中に足を踏み入れた途端、アイビーは呆気に取られて周囲を見回した。アパートなのに、玄関が既にアイビーが知っている家の玄関の二倍の広さはあるし、壁を飾るアートはなんだかよくわからない形状をしているし、広い玄関を守りながら嵩張っている大きなリスの置物も可愛い。天井から吊されているシャンデリアは、どうやら木の実がモチーフのようだ。
そして、その奥のかなりピンク色の部屋に、見慣れた金髪が見えた。
「あ、コンラッド。……?」
そこには俯いて膝を抱えて小さく座るコンラッドと、そっと後ろから彼の目を塞いでいるアステルの姿があった。
――なにそれどういう状況? そう言いかけて、アイビーは止めた。開けっ放しの奥のドアから見えているベッドの上に、エミリーの物と思われる、かなり薄い服が無造作に散らかっていた。
レヴィヴィスがコンラッドを憐れむように見下ろして、そっと奥のドアを閉めた。明らかに楽しんでいた顔のアステルが、ようやくコンラッドから手を離した。
「アイビー……無事そうだな。良かった……」
コンラッドは、既にかなり消耗している様子で笑いかけてきた。アイビーには、こんなときにどんな顔をすればいいのかわからない。
「あれ、コンラッド、疲れてる? というか、まずは全員ソファに座ったら?」
エミリーがそう言って、キッチンから瓶に入ったジュースとグラスを持ってくる。そしてローテーブルを挟んで向かい合わせになっている白い雲のような三人掛けのソファの片方に座った。
「うん……さすがに頭が痛い。エミリーが本物のエイデンだったって、なんだよ……」
「え?」
エミリーと反対側のソファの端にいたアイビーは、座り掛けていたソファの上に尻もちをついた。もふんと勢いよく沈み込みながら、呆然とエミリーの顔を見つめる。……本物の、エイデン? そう言うより先に、見慣れない赤の虹彩が、目に飛び込んでいた。
「本物の、って言うのは語弊だよ。私がエイデン・フラムスティードだったことなんてなかったと思うし」
「……どういうこと? エミリー、その目、どうしたの?」
「カラーコンタクトを外したの。元はこの色よ」
エミリーは苦笑しながら五人分のグラスにジュースを注ぎはじめた。
「手短に話すね。私は、本当はフラムスティード家に生まれたの。でも先代当主だった私の祖父は、跡継ぎである長子に女なんて、っていう人だった。だから、私はエイデン・フラムスティードって名付けられて、十一歳にくらいまでは、男の子として育てられていたんだ」
エミリーは、空になったジュース瓶を脇に置いた。それでも空の瓶を眺めながら話し続ける。
「でも、私は女の子だったし、男の子になりたいとは思わなかった。魔術師として生きていくなら、男の子のほうが有利なんだろうとは思ったけれど……それでも無理なくらいにね。それで、まあいろいろあって、十一歳のときに、祖父に勘当されたんだ」
エミリーは肩を竦めて空き瓶から目を離すと、自分と隣に座るレヴィヴィスの分を残して、アイビーとその隣のコンラッド、さらにその隣に座ったアステルにジュースを配った。目の前にジュースを置かれたアステルが、きょとんと首を傾げて、足元にいたルルミアを抱え上げる。
「ルルミアは飲まないわよ? それはアステルの分」
不思議そうな顔をしたエミリーに、コンラッドが申し訳なさそうに呟く。
「エミリー、ごめん。今のアステルはゴーレムだから、ジュースは飲めないんだ」
「あっ、そうだった。ごめんなさい……。じゃあコンラッドが二杯飲んでくれる? これ、すごく美味しいから」
エミリーが、とても自然なことのようにグラスをコンラッドに回す。それを見ながら、アイビーはようやく気づいた。
エミリーは、最初に会った日に、自分は契約妖精を失ったのだと言っていた。そしてコンラッドは、ゴーレムのアステルを、妖精のように造ろうとして、賢者の石を求めている――。
「私は、エイデンでいられて良かったことなんて、コンラッドと幼馴染みになれたことくらいかも」
エミリーは、ほんの少しだけ、過去を懐かしむように笑った。
けれどコンラッドは、泣きたそうな顔で唇を引き結んでいる。
「だから今のエイデン・フラムスティードが、私が勘当されたあとに祖父が連れてきた子だってことは、最初から知っていたの。でも、私はエイデンになりたくなかったから、何とも思わなかったの。……彼は嫌だった可能性もあるのに、考えていなかった。客観的に見ればフラムスティードってけっこうお金持ちの名家だから、秘密裏に用意できるような、血筋の後ろ盾がない優秀な男の子なら、悪い話ではないと思っていたのよ。……実際にパルマケイアに難なく入学して、副会長としても問題なく評価されていて、すごいな、私と違って上手くやっているんだな、なんて思っていたの」
エミリーは、そう呟いて、深くため息をついた。それから顔を上げて、アイビーを見据えた。
「だから、私にはフラムスティード家の責任がある。やれることは全部やるわ。アイビー。いったい何があったの? 教えて」
「……エイデン先輩……は、魔女の生まれだったの」
アイビーは、そっと両手を握り合わせながら告げた。本当の名前を知らない少年のことを、今もまだエイデン先輩と呼ぶことが、少し心苦しかった。
「……そうだったの。……そうよね。あんなに綺麗な赤い髪で身元不明の男の子なんて、普通は見つからないもの。いま思えば、魔術師や精霊術師の家系なら、どんな不義の子でも正妻の子に仕立て上げるわ」
エミリーは、気落ちしたように頷いた。薄々予想はしていたらしい。
「えっと、エミリーのことは、エミリーって呼んで良いんだよな? じゃあ今のエイデンは、魔女で……もしかして、魔女狩りに遭ったのか?」
コンラッドが、彼なりに整理するように呟く。
「うん。森の村を焼かれて、みんな失って……その後がどういう経緯だったのかは知らない。私はエリオスと繋がって、村が焼け落ちたところを夢で見ただけだから」
夢を過去の記憶だと証明する方法はない。推測や妄想かもしれない。それでもアイビーの中では確信があった。あれは、エリオスが実際に触れた世界の記憶だ。
「それで、最初からアイビーに甘かったのか」
「きっと、そう。なのに……エイデン先輩は、たぶん、最初からわかってたんだと思う」
アイビーは、きつく両手を握り締めた。
「私ね……精霊術師の長に、エイデン先輩の暗殺を命じられて……そのために、一時的な入学を許可されていたの」
「……え?」
コンラッドが、ギョッとしたようにアイビーから身を引いた。当然だろう。
「いや、アイビー、お前……」
声を震わせて、コンラッドはアイビーを睨んだ。
「エイデンに一目惚れしてなかったか?」
「した……」
「したのかよ……」
「うん。なんの演技もできないまま、好きになっちゃった……」




