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スノードロップは不死鳥を殺せない ―暗殺対象と両片思いになりました、任務継続の危機です―  作者: 鶴川紫野
十一・積雪と永遠

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11-1

 星霜祭の日は、晴れていた。待ち合わせ場所の校門前にエイデンの姿を見つけて、アイビーは小走りで駆け寄った。


「お待たせ、しました……!」

「うん。待っていたよ。すごく」

 エイデンは、肩に乗せていたエリオスの尾を撫でる手を止めて、アイビーを見つめた。


「遅刻はしてないよ。待ってた時間も三分くらいかな。でも、すごく待ち遠しかった」

 驚いて校門前の時計を確認したアイビーに、エイデンが微笑む。エリオスがふっとその肩から離れて姿を消した。


「行こうか。……それで、ええと、その荷物は?」

 エイデンの目線がアイビーの手元に向かう。アイビーは慌てて、思ったよりも大きくなった袋を持ち上げた。


「あっ、あのっ、これっ……!」

 紙袋の中身を取り出して、エイデンに見せる。


「ランタン? ……まさか、フロストライト……?」

 エイデンは戸惑ったように受け取って、白いランタンを掲げた。そうして中で輝く球体に目を向ける。


「そうなんです。これっ……!」

 アイビーは緊張しながら叫んだ。


「ま、魔女のフロストライトの作り方で、作ったんです! エイデン先輩に、渡したくて……」

「いつの間に……。かなり時間がかかるものだよね、これ。前から作っていたの?」

「いいえ、コンラッドに手伝ってもらって」

「コンラッドに?」

「早く作れる装置を組んでもらって……」

 おずおずと答えると、エイデンは柔らかく目を細めた。


「なるほど、それは思いつかなかったな。すごいね、二人とも」

 そう呟いた形の良い唇が、ゆっくりと閉じて、それでも何か言いたげに、もどかしそうに動く。


「……懐かしいな」

「え?」

 アイビーは首を傾げた。魔術師なのに、懐かしいなんてことがあるのだろうか。


「僕の家も、結構貴重な雪耀晶が手に入った頃があったんだ。だから昔、これを作ったことがある。内緒だけど」

 そう言って、エイデンは微笑みながら肩を竦めた。


「でも、こんなに綺麗には作れなかったな。本当にありがとう。すごく嬉しい。……あ。もしかして、前に食堂で姿が見つからなかったのは、これを作っていたから?」

「は、はい……! でも、エイデン先輩のことが気になってしまって、集中できてなくて……そうしたら、コンラッドが連絡してくれて」

「そうなんだ。あの、シルヴェスターの声が聞こえたときの……」

 エイデンは、ほんのりと頬を染めると、視線を彷徨わせてから苦笑した。そして「行こうか」と言って歩き出す。


「あの、栞、大事に使わせてもらっています」

 アイビーはエイデンの隣に並んで、そう告げた。

「うん……よかった。ありがとう」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」

 エイデンから貰った栞の刺繍は、日記帳に挟んである。微かながらも魔力を込めて刺されたようで、触れるといつもほのかに温かった。

 だが、あれは誰から貰ったものなのだろう?


「そういえば、エイデン先輩のお母様は、どんなお方なんですか?」

 なんとなく、そう問いかけてみる。もしかすると、そういう手芸が得意な方なんじゃないかと思ったのだ。だってアイビーの母親は、小さい頃によくアイビーのワンピースに刺繍をしてくれたから。

 しかしエイデンは、困ったように眉を寄せた。


「母、は……亡くなった祖父との折り合いが悪かったから、ずっと別居していて。よく知らないんだ」

「……すみません。そうだったんですね」

 想定とまったく違う答えに、アイビーは気落ちした。余計なことを聞いてしまったのか、余計なことを聞いたと思うことが失礼なのか、よくわからない。

 エイデンは気にした様子を見せずに微笑みを浮かべる。


「君のお母さんは、どんな人だったの?」

「ええと、とても優しい人です。今も、魔女狩りに殺されたお父さんや私の妹と弟のことを、全然忘れていなくて。すごく、悲しがって、愛情深くて……」

「え? あ。そっか……」


 つい母親の好きなところを言い募ると、エイデンは驚いたように目を瞬かせた。アイビーの家族が魔女狩りに遭ったことを知らなかったのだろうかと、アイビーは少し悩んでから気がついた。さっきエイデンは、どんな人だったの? と過去形で聞いてきた。どうやらアイビーの母親が、なぜか既に亡くなっていると思い込んでいたらしい。さすがに九歳で孤児になってパルマケイア魔導学校に自力で入学するのは厳しいと思う。


「君にはどう?」

「優しいですよ。本当は、この前のパーティーのドレスも、お母さんが奮発してくれたんです。後で着ている姿を見せてねって、言ってくれました」

 母は、父やアイビーの妹弟への想いから少しばかり理性的でなくなるときが増えてしまったが、落ち着いているときは家事や勉強も教えてくれたし、ちゃんとアイビーがいなくなることも怖がってくれている。優しい母のままなのだ。


「そうなんだ。よかったね」

「はい。生徒会の皆さんのおかげで、ちゃんと見せられそうです」

 アイビーは頷いた。母の気持ちをわかっていながら親不孝な決意を固めてしまったが、最期に、母の顔は見に行くつもりだ。そのときは少しばかり揺らぐかもしれないが、アイビー自身が優先したい人の順位は揺らがないだろう。だってこの国に、魔女が逃げられるところなんてきっとない。


「……僕も見たかったな」と聞こえたような気がしたが、小さな声だったから、気のせいかもしれない。どちらにせよ、アイビーはもうエイデンには見せられない。だから聞こえなかったふりをする。

 ……母の優先順位が年数を経ても父から変わらない。だからアイビーはたぶん、母親似だ。それはちょっと嬉しかったりする。


 星霜祭のメイン会場は、学園都市の中央区にある、大きな公園となっていた。

 高架列車の駅を降りて少し歩くと、キラキラと輝く会場の入り口が見えてくる。


「……わぁっ……! こんなの初めて見ました……」

 アイビーは思わず感嘆した。入り口からすぐに見える公園のシンボルツリーらしいエルダーには、たくさんの星のオーナメントが飾られていた。


「大きいね。上手く案内ができればよかったんだけど、去年は来てないから、僕も何があるかはよく知らないんだ」

「あっ、ええと、エミリーにいろいろ聞いてきました! えっと……入り口のツリーを見る、展望台に行く、グレーの看板のショコラ・ショーが美味しい、その近くにあるスイーツ屋さんのマカロンタワーが可愛い、左にあるクレープ屋さんはフルーツが新鮮で美味しい、あとはぶらぶら気ままに歩くのが一番楽しい、だそうです!」

「そうなんだ。エミリーって、レヴィヴィスの保護をお願いした子だよね」

「はい! エミリーはこういうのにすごく詳しいんですよ!」


 ちゃんと教えてもらったツリーは見られたので、あともう一つくらいは達成できるだろう。華やかに飾り立てられた街灯よりもふんわりと眩しいエイデンの微笑みに、アイビーは全力で頭の中を楽観的にして頷いた。それから、もう一つ鞄の中にしまっていたエミリーからの贈り物を思い出す。


「……あ。エミリーに、これを譲って貰いました。自分は最新のを貰ったからって……これもたぶん、十分に新しいと思うんですけど」

 そう言いながら、可愛い林檎型の丸いコンパクトケース風の機械を、ふわふわの尻尾が立体的なリスの形をしたポーチから取り出す。


「ええと、それは何なの? 最近、学校内でもよく見かける気がしてたんだけど」

「小型カメラだそうです」

「カメラ? それが?」

 エイデンが驚いたように目を瞬かせた。アイビーが手渡すと、そっと裏表を観察して、それから納得したように呟く。


「ああ、これ、ヴィオラ先輩が技術提供してるところのだ」

「そうなんですか? ……技術提供って?」

「ヴィオラ先輩が中等学校のときに研究資金を援助してくれた、若手錬金術師の基金があるらしいんだ」

 エイデンはカメラの縁や横幅を眺めながら続ける。


「だから、そのお礼に出資者であるいろんなスポンサー企業に技術提供をして、その技術を使った商品の売り上げの結構な割合を、基金の活動資金に回してもらえるようにしたらしい」

「……すごい……私と二つしか変わらないのに」

「君も相当頑張ってると思うよ」

 アイビーが呻くと、エイデンは優しく微笑んでくれた。お世辞でも嬉しい。


「ねえ、どう使うの?」

「あ、ええと、こうです!」

 エイデンから返されたカメラを持ち上げて、アイビーはコンパクトケースらしく真ん中を開けた。途端に上蓋のレンズが起動する。


 キラキラの星を纏ったエルダーの木にレンズを向けて、上蓋の内側で構図を確認する。内側の下にある撮影ボタンを押した瞬間、『キーウィ!』と謎の鳴き声が響いた。同時にパッと白い花柄のエフェクトがアイビーとカメラの周囲に咲く。可愛い。ちなみにエフェクトは使用者の魔力や感情に反応して五種類と七色から変化するそうだ。

 エイデンはきょとんと目を瞬かせた。


「……今の、なんでキーウィ! って鳴いたの?」

「音が鳴るのは盗撮防止措置らしいですけど、キーウィ! って鳴いたのは、たぶん可愛いからで、開発者の方の趣味だと……あっ、あと、キーウィって言うと、口角が上がりやすいからかもしれません」

「ああ……設計もほぼヴィオラ先輩なのかな、それ」

 エイデンが驚いたように頷いたあと、懐かしそうに微笑む。


「そういえば、去年ヴィオラ先輩が、ハッピーとかラッキーとかチャッピーとか鳴く、変なミラーを持っていたっけ……生徒会全員に、どの鳴き声が可愛いか真剣に聞いてきて……あれがプロトタイプだったのか」

 新しく会場に訪れた女子生徒が、いそいそとコンパクトカメラを取り出して、友人と一緒にエルダーの木の前に立ち、自分たちにレンズを向けてボタンを押し始めた。キキキキキィィーーウウィィィィ! すごい勢いで彼女たちの周りにエフェクトが舞っている。連写機能付きらしい。


「撮った写真を見せてくれる?」

 エイデンがアイビーの手元のカメラに視線を戻す。

「はい!」と頷いて、アイビーは先ほど撮った写真を表示した。エイデンは画像を覗き込むと、本物のエルダーの木と見比べて、ふんわりと微笑んだ。


「素敵だね。君には、こんなふうに見えているんだ」

 それだけで、アイビーはそわそわと落ち着かなくなって、黙って頷いた。

 魔力を使ったこのコンパクトカメラの写真は、使用者の認識する光景が反映される。だから、素敵なものや好きなものほど綺麗に撮れやすい。ただそれだけなのだが、内面が少し知られてしまったようで気恥ずかしい。


「あ、あの、エイデン先輩も撮りたい場所があれば、これ、お貸ししますからね!」

 頬が赤くなりそうなのを、誤魔化すようにそう告げる。


「うん」とエイデンは笑って、歩き出そうとしたアイビーに問いかけた。「どこから行きたいの?」

「ええと、まずは、キャンディケインを買うように言われたんですよね」

 途端にエイデンが近くにある店を示した。グレーの看板のお洒落そうなお店だ。


「ああ、あれ? それもエミリーからのアドバイス?」

「それです! けど、これはコンラッドが言ってました。星霜祭といえば、一にツリー、二にキャンディケインだって」

 アイビーはその店先に並ぶ、色とりどりのキャンディケインに近づいた。


 かつて北の雪に閉ざされる地方に住んでいた魔力を持たない人間たちは、魔女のフロストライトの代わりに、華やかな赤いポインセチアを贈る風習があったらしい。

 その北の若者が南の地方に働きに出た時代になると、南では特別なものではなかったポインセチアの代わりに、栄養補給も兼ねた飴を作って交換するようになった。


 ポインセチアの代わりを目指したはずの飴は、赤は紫がかった赤ワインの色になり、緑は緑のハーブを使った白色になった。それが栄養価が高く美味しいと評判になり、ポインセチアに馴染みのない東に持ち込まれた結果、東では華やかなポインセチアの飴細工が生まれた。西では羊飼いが杖型のキャンディケインに形を変えて量産した。


 そして今、中央都市に近い学園都市の街中では、シンプルで安価なキャンディケインから派生して、微妙に複雑な形になってきたキャンディケインという名前のキャンディが主流になってきたらしい。ケインとは。


「交換するんだっけ?」

「はいっ!」

「じゃあ、僕はこれにしようかな」

 エイデンはあまり迷わずに、四つ葉のクローバーの形のキャンディを手に取った。薄緑色に薄桃の差し色をした飴で作られた三つ葉に、薄桃色に薄緑の差し色をした一枚の葉を足したようなデザインで、とても可愛い。


「じゃ、じゃあ……っ、私はこれにします!」

 アイビーは王道の赤と白のハート型のキャンディ……に伸ばした手をそっと下げて、その下に置かれていた赤と緑のキャロット型のキャンディをぎゅっと掴んだ。


「おっと、そっちかぁ。残念だったなぁ、兄ちゃん」

 近づいてきていた若い男性店員が苦笑する。

 アイビーは顔を真っ赤にして慌てた。しかし、エイデンは真顔で首を横に振った。


「彼女はキャロットケーキが好きなんです」

「ああ、なるほどね。じゃあ、うちにキャロットケーキは置いてないけど、これは好きなんじゃないかな? 試食どう?」

 店員がにんまりと笑いながら、小さくカットしたブラウニーの皿を突き出してくる。美味しそうだ。でも、手を付けて良いのだろうか?

 チラッとエイデンを窺うと、鮮やかな瞳がふんわりと細められた。


「ありがとうございます。いただきます」

 くすくすと笑いながら、エイデンがブラウニーを受け取る。アイビーは思わず頬を押さえた。まさか、食べたいと顔に出ていたのだろうか。

 とにかくブラウニーの試食を貰って、口に入れる。途端にアイビーは目を見開いた。


「美味しい……!」

 しっとりとした生地は、かなり甘さを抑えたビターチョコレートだ。けれどアーモンドプードルの香りと、ころりと入ったヘーゼルナッツの食感が香ばしい。上に飾られているオレンジピールだけが、ふわりと香りと酸味を纏いながら、じんわりと甘い。気取っているけれど、はっきりとこれは美味しい食べ物だと訴えてくるような味だった。


「でしょ? 味の分かる子でお兄さん嬉しいよ。で、俺って実はさ、ショコラティエなんだよね。合うんだよなぁ、そのブラウニーにこのショコラ・ショー」

 店員は、にっこりとカップを掲げた。


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