7-3
「そういえば。エミリーって、コンラッドの連絡先とか聞かなくていいの?」
ようやくドレスを購入してカフェに落ち着いたアイビーは、これ以上エイデンのことを追及されないように先手を打った。試着中に、エイデンでどこまでいったのかをエミリーに詰められた報復ともいう。
「……ふふっ」
しかしエミリーは、可愛らしく両手で口元を押さえた。代わりにアイビーの隣に座ったレヴィヴィスが、こそっと教えてくれた。
「エミリーね、この前の生徒総会でコンラッドさんを捕まえて、交換してたよ」
「えっ? さすがエミリー……」
アイビーは愕然として強かな友人を見つめた。生徒総会は、この学園都市にある全学校の生徒会を集めて開かれる、他校との関係を調整するための、極めて重要な総会である。
各種大型ホールの使用権はもちろんのこと、商業区のゲームセンターの縄張り争いも、一校の生徒による限定焼き立てパンの買い占め規制案も、購買に届く大人気店のスイーツ入荷数も――すべて最終的にはここで決まると言われていた。
そういえば総会から戻ってきたコンラッドは、一時期挙動不審だった。他校の先輩たちを相手取って疲れたのかと案じていたが、そういえば教室で彼女が欲しいと呻くジュリアンに「まあ頑張れよ」と妙ににこやかな顔で肩を叩いていた記憶がある。うわぁ、そういうこと。
「というかエミリーも生徒会だったんだね」
「私のアルカネラ女子魔術師学校は、パルマケイア魔導学校と違って、生徒会なんかに大した権力もないからね。座学の成績が良い生徒が先生の打診を受けて二年生から自薦で入る名ばかりの組織よ。やりたがる人もそんなにいないし」
「そうなんだ?」
「お姉様文化があるから、そっちの根回しで手一杯なのよ」
「お姉様文化……」
本で読んだことはある。上級生と下級生が、仲の良い姉妹のように慕いあって、思春期の外の世界から感情を守り合うやつ……だと思う。たぶん。
未知の情報量でいっぱいいっぱいになっているアイビーに微笑んで、エミリーはミルクを入れた紅茶をくるりとかき混ぜた。
「そういえば、前から気になっていたんだけど。コンラッドって、賢者の石の研究している錬金術師じゃない? それって、たぶんアステルをどうにかしたいんだよね? アイビーはなにか聞いてる?」
何気ない調子で問われて、アイビーは食べようとしていた赤いマカロンを皿に置き直した。
「え? うーん……コンラッドは、賢者の石で、アステルをゴーレムから妖精に近づけたいんだと思うんだけど」
軽くぼかして話すと、エミリーはなにか考えるようにティースプーンを水面で揺らした。それからスプーンの先を、カチリとティーカップに当てる。
「賢者の石って、伝説的には不老不死の石よね? それをゴーレムのアステルに与えたところで、妖精に戻るのかな?」
「ええと、コンラッドは、そもそも人間に使う賢者の石を、不老不死というよりも超回復装置なんじゃないかって言っていたかな……」
……エミリーはどこまでコンラッドから聞いているのだろう?
アイビーは少し悩みながら答えた。アイビーの知るコンラッドの賢者の石の話は、アイビーが魔女として死ぬ前になにか教えられる知識があればいいなと思って、以前にそれとなく聞いて教えてもらったことだ。
結果的になにも教えられそうなことはなかったが――エミリーがどこまで知っているのか、どこまで話していいのかも、よくわからない。
「たぶん、それを妖精の核に使ったら、その核の持っていた妖精の概念を、再生できる……のかも……?」
事象の概念から生まれた妖精が名前と自我を持つと、心臓部に結晶が生成される、それが妖精核である。妖精が死という概念で消滅しても残る核を使って、コンラッドは妖精を取り戻そうとしているらしかった。
ただ、そもそもアイビーが受け取った時点で、錬金術師の理論ではなく魔女の感覚でなんとなく受け取った話になっているので、説明も難しい。
「それは、人工妖精とは違うのよね」
エミリーの呟きに、レヴィヴィスが頷く。
「うん。妖精の核から復活した妖精は、その花の種から咲いた花。私はその花を絵や写真や刺繍に写した存在だよ」
「なるほどね。種は子とも言えるけれど、完全に記憶と性格を引き継いだ同一体が現れるなら、確かに復活とは言えるわね……妖精は。そもそも存在を肉体に依存させていないから」
エミリーは複雑な顔でティースプーンを置いた。エミリーの横にいるルルミアが、顔を上げてテーブルの上に顔を出した。ふわんと大きな尻尾も揺れる。
「……でもコンラッドは、たぶん薄々わかってるんだと思う」アイビーは悩んだまま、赤いマカロンを食べることにした。「死の概念を覆すのは錬金術師の悲願だけど、それが希望になるとは限らないって」
ほろほろと甘酸っぱいベリーの味が、口の中にふわりと広がる。けれど、それは噛んで堪能するごとに目減りして、すぐに消えていってしまった。
「だから、賢者の石の一歩手前段階である未完成の黄化の石、キトリニタスで止まってるんだって」
「……なるほどね」とエミリーは頷いて、黄色いマカロンを手に取った。「でも、そのキトリニタス、ものすごくお金にならないの?」
アイビーは苦笑して首を横に振った。
「私も、医学の発展になるんじゃないかって聞いたんだけど。コストと効果が噛み合わないんだって。大病を患ったあとに超回復だけさせても病巣は治らないし、緊急医療で配備するなら治療魔術のほうが、圧倒的に安くて再現性があるらしいから」
「それはそうね」
エミリーは残念そうにマカロンを齧った。
アイビーは、たぶん誰かが追加のナッツを持ってないかを探っているらしいルルミアに両手を振りつつ、話を変えた。
「あ、そういえば、私も聞いてもいいかな」
「うん。何?」エミリーがぱくんとマカロンを口の中に片づけた。
「……妖精を、武器に入れる研究があるの?」
エミリーは一口だけ紅茶を飲み、あっさりと頷いた。
「あるわね」
「あ、あるんだ……?」
「魔術師だもの。この世の悪逆無道はだいたい誰かがやっているわよ」
「えええ……」魔術師怖い。
隣でジュースを飲んでいたレヴィヴィスが、何でもないことのように言った。
「私、入れられたことあるよ」
「えっ」
「そうなの?」
今度はエミリーもびっくりしていた。
「うん。エミリーと契約してから、一回ファルメール派関係者の調査員が来たよね。あのときにも話したんだ。魔導具の剣にね、妖精を閉じ込めるための機能がついていて、そこに妖精を入れると、武器に妖精の力が宿るの。私の力はわかりやすくないから、武器向けではなくて、一日で出してもらえたんだけど……」
ルルミアが机の下を潜って、レヴィヴィスの膝に乗った。ころんと転がって、お腹を見せる。
「ありがとう、ルルミア」
レヴィヴィスはもふもふとルルミアの腹毛を撫でながら微笑んだ。
「ルルミアは、絶対に入れちゃいけないね。このままのほうがふわふわで気持ちいいもん。すっごくナッツを食べるけど」
ルルミアはご機嫌そうに「るるる」と喉を鳴らした。その様子を眺めながら、エミリーが眉を下げた。
「話してくれてありがとう。レヴィヴィス」
「ううん。聞いてほしかったのかも。でも、本当に私は向いてなかったけど……たぶん、火の妖精! とか、氷の妖精! とかだと、出してもらえなかったかも」
「そんなの、魔導具でいいのに」
アイビーは軽くルルミアの頭を撫でさせてもらいながら呟いた。けれどエミリーは、困ったように紅茶を啜った。
「魔導具は、自分の魔力で集める精霊の多さに依存するから。妖精の力は、使役さえできれば実力より上の力を振りかざせるのよ。だから、使役できなければ閉じ込めればいい、なんて思いついてしまったのね」
「最悪……」
アイビーは目を伏せた。精霊なら、魔女の常識でも元素や微生物に近いものだ。だから、精霊術師が精霊に命令することには、少なくともアイビーはあまり抵抗はない。
でも妖精は意思を持つ。エミリー以外にも、契約妖精と仲良く家族のように接している魔術師は少なくないと、学校に入ってよく見えるようになってはいるけれど。
「ねぇ、武器に入れられた妖精って、助け方とかあるの? 武器を壊すとか、武器の拘束の要になっているパーツを壊すとか?」
エミリーが問いかける。レヴィヴィスは自分の髪留めに触れた。前にはなかった、ブルーベルの彫金が施されたバレッタだ、よく見ればエミリーもお揃いのブローチを付けている。
「たぶん、武器は檻みたいなものだから、そうだと思う。……あと、契約の印と、武器に入れる要の魔術陣入りの宝石も、別かも……?」
「その契約の記念品には、複雑そうな魔術陣は刻めないわね」
ルルミアが満足そうに伸びをして、机の下からエミリーのほうに戻っていった。
それを見送ったアイビーは、顔を上げて、ちょっと気になっていたことを聞いた。
「そういえばレヴィヴィスは、本来どんな能力なの?」
マカロンを選んでいたレヴィヴィスが、考えるように目線を上げる。
「うーん……ちょっぴり幻惑系……なんだけど、それだけじゃあんまり強くないから、せっかく覚えた剣は使うことにしたよ」
「良かったの?」
アイビーは少し驚いてレヴィヴィスを見つめた。エミリーが信用できないわけではないけれど、また無理をしていないか気になった。
けれどレヴィヴィスは、照れたように微笑んだ。
「うん。すっごく真剣に悩んだ結果、幻術剣士って格好良いなって思えてきて……あとね、ブルーベルの花は、咲いているだけで新しいエピソードがたくさん増える花なんだよ」
「なるほど」
確かに森の中で絨毯のように咲いていたブルーベルの群生地は、とても静謐なのにちょっと蠱惑的だったように思う。
「そういえばエミリーって、火属性……だよね? 土もある? それとも、風だったりする?」
アイビーは今日もお洒落に整えられている栗色のミディアムヘアを見た。エミリーは目の色も茶色というにはかなり赤みがあるから、たぶんそのどちらかか両方だとは思うのだけど。でも風属性の場合はあんまり属性色というものがなく、第二属性やまったく無関係な色を先祖から受け継いでいることもあるのだ。
アイビーの引っかかっている部分がわかったのか、エミリーは、膝の上にいるルルミアの前半身を持ち上げた。
「火属性よ。一応、ルルミアはこれでも火属性。でも、私は前の妖精も火属性じゃなかったし、花の妖精のレヴィヴィスと属性がまったく違ってても、なにも違和感はないわよ」
「そうなんだ。ちょっと珍しいタイプだね」
基本的に妖精は自分と同じ属性や親和性の高い属性を持つ人間を好んで近づくことが多い。単純に、受け取る魔力の質が合いやすいからだ。
でもエミリーは、本人の使う魔術が火属性で定義される前の、まだ無属性に近い魔力を妖精に供給できる回路があるのだろう。まったくいないわけではないが、十人に一人くらいだろうか。
契約者と妖精は、属性一致のほうが火力は出しやすいが、別属性のほうが戦略の手数は増えるので、一長一短ともいえる。
「そういえばルルミアって、話せないの?」
エミリーに持ち上げられて、珍しく縦に伸びながら立っているルルミアのお腹の毛を眺めつつ、アイビーはふと首を傾けた。
「うーん、話そうと思えば習得はできると思うんだけど、必要性を感じてないんだと思う」
エミリーが言葉を濁す横から、レヴィヴィスが囁いてくる。
「エミリーがすっごく甘やかしてるから、鳴いて転がってるだけで大丈夫って学習しちゃったんだと思うよ、ルルミア」
「ぷきゅ?」
楽しそうに尻尾を伸ばしていたルルミアが、何か問題が? という顔で、じっとアイビーを見て鳴いた。




