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スノードロップは不死鳥を殺せない ―暗殺対象と両片思いになりました、任務継続の危機です―  作者: 鶴川紫野
 六・生徒会談

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6-7


 アッシュフォード先生に連れて行かれるロマンスに、アイビーは一つだけ気になっていたことを問いかけた。

「あの、いつもの妖精さんはどうされたんですか……? 確か、シリウスさんというお名前の……」

 ロマンスは、苦虫を噛み潰したように吐き捨てた。

「アイツをイジメの現場に連れてくるわけないだろ」


 そうして遠ざかる背を見送ったアイビーは、腕にエリオス、脇腹にヴェルディアナを掴まらせたまま、ようやくエイデンに近づいた。

「あの、大丈夫ですか?」

 いつの間にか座り込んでいたエイデンは、困ったように微笑んだ。


「うん。……あんまり大丈夫ではないかな。情けないけれど、昔から雷は苦手なんだ」

 それからずっとアイビーの腕に留まっていたエリオスを見て、自分の腕を出した。

「腕、疲れてない? ――エリオス、なんでそっちに行ってたんだ?」

 ふわりとエイデンの腕に乗り換えたエリオスは、何かを訴えるようにエイデンを見つめた。


「……ごめん。僕を気遣ってくれたのか」

 アイビーは腕をさすりながら苦笑した。エリオスは、基本的にエイデンの側にいたいはずだ。

 脇腹から、ヴェルディアナが顔を覗かせた。

「……ねえ、その……よくわからないのですけど、無抵抗で殴られた人は、殴り返してはいけないんですの?」

「え? ヴェナちゃん、なんのこと? 魔女の話?」

 アイビーは意味がわからないまま物騒なことを言いだしたヴェルディアナを見つめた。小さな顔が、横に振られる。


「さっきの派手な子の話ですわ。あの子のほうが、いつもさっき逃げて行った三人に妖精を差し向けられていたんですのよ? たしか、謹慎期間中は魔術も妖精も使えない、とかなんとか言われていましたわ?」

「え……?」

 アイビーは絶句した。隣でエイデンとコンラッドも困惑する気配があった。代わりにシルヴェスターが口を開いた。


「把握している。ヴィオラたちが逃げている不審な三人を確保して、軽く話を聞いてくれたらしい。これから詳しく状況を問うことになるはずだ。あの雷の妖精への命令は過剰防衛ではなく殺意と判断されるだろうが、それでも多少の酌量の余地はあるかもしれない。……とくに今は、元ファルメール派をどう扱うか慎重になっているだろうし」

「でも。アイビーが、殺されかけたんだ」

 エイデンが険しい声で呟いた。


「ロマンス・パターソンのことはこの際どうでもいい。妖精の力なしで何かできる奴じゃない。でも、ケラウノスは……」

「あ、あの、ネリリンとブルーベルのときと同じです。妖精が悪いわけではないので、平気です」


 アイビーは慌ててエイデンの隣にしゃがみ込んだ。エイデンはおそらく雷の妖精か雷そのものに強いトラウマを抱えているのだろう。そうでなければ、いくら可能だったとしてもエリオスの協力を仰がずに一人で雷雲を払ったりしなかったはずだ。もっとも、普通はやらないのではなく、できないはずだが。

 エイデンの赤い瞳が、真っ直ぐにアイビーを見つめた。不安そうだった色が、穏やかになる。


「……そっか。……そうだった。ありがとう。間違えるところだった」

「あ、いいえ、そんな、大したことは……でも、あの扱いを受けていたケラウノスは、とても怒っていると思います。解放するだけで納得してくれるかどうか……」

 アイビーは見惚れそうになったあと、雷の妖精王の様子を思い出して俯いた。エイデンの隣から、シルヴェスターが静かに告げた。


「今回の件でそれを決めるのは、術師の専門組織だ。たとえどんな結果になったとしても、君が気に病むことじゃない」

 一瞬突き放されたのかと思ったが、慰めだったらしい。あるいは彼にとっての事実を告げてくれたのか。


「ありがとうございます」

 アイビーは微笑んで告げた。なんとなくわかってきた。術師の中で一番社会的で組織的な派閥である精霊術師は、おそらく年長者が魔女狩りの歴史という負の遺産を一手に引き受けて清算して、彼のような後代の清廉潔白な若者に代替わりしようとしているのだろう。だからシルヴェスター・オーデンは、自分の祖父が魔女に対して何をしているのかを知らないまま、魔女すら平等に気遣えている。


 頷いたシルヴェスターは、誰か――おそらくヴィオラからの通信を受けたようで、そのまま離れていく。

 周囲を見回すと、コンラッドはまたアステルに頭を撫でられて可愛がられているようだった。結局アステルはどういう存在だったのだろう。モデルになった妖精がいるとしか思えない挙動を創造者相手に繰り返しているゴーレムの姿を眺めていると、袖をほんの弱い力で引かれた。


「……ごめん。連れてきたのに、守れなくて。……何もできなくて」

 エイデンは、まだ指先が震えているようだった。

「え? 私が勝手についてきたんですよ!」

 アイビーは慌てて告げた。率先してロマンスの行動に介入したのは、アイビー自身の選択だ。何一つエイデンのせいにはならない。


 それに、エイデンは何もしなかったわけではない。――空を晴らそうとしていた。あのあと、何をするつもりだったのだろう。そう考えてから、シルヴェスターが『声』を使ってエイデンに制止を求めていた意味に気づいた。あの先の行動を実行していれば、おそらくエイデンも咎められていた。過剰攻撃として。


「雷……前に、何かあったんですか?」

 アイビーは、上手く言葉を組み立てられないまま呟いた。エイデンは眉を下げた。

「うん。……人が死ぬところを見たんだ。何人かは直撃して、他の人たちは感電した状態で、火事に巻き込まれて……。その時の雷が……あの雷の妖精王に、似ていたから」


 アイビーは胸を痛めながらその光景を思い描こうとして、失敗した。エイデンは、名家の魔術師のはずだ。強い魔術師たちの庇護下で育ったはずだ。いつ何があってそんな経験をしたのだろう。当時はエイデンの家に直接的に喧嘩を売れる派閥があったのだろうか。それに失敗したからアイビーが暗殺を命じられたのだろうか?


「あ……ごめん。こんな暗い話、君にするべきじゃなかった。忘れて」

「いいえ。もしも、話して楽になるのなら、聞かせてください」

 アイビーは本心からそう言ったあと、内心で嘆息した。『気遣うふりをしてエイデンの情報集め?』耳元でニヴァリスが呆れたように笑う。


 なのにエイデンは目を細めて「ありがとう」と柔らかく笑った。「……あのときも、君がいれば、誰かは助けられたのかな」

 エイデンの指先が、彷徨うように持ち上がって、アイビーの頬に触れた。頬に、砂がついていたらしい。優しく払われる。


「最初に、水の精霊や妖精と仲が良かった人が、雷の妖精に、殺されて……火が、消せなくて」

 頬にかかっていた髪を耳に掛けられる。ニヴァリスの力が入り込んだ毛先を、微かにエイデンの指先が滑った。熱さを思い出したのだろうか。伏せられてしまった顔が、息苦しそうになる。


「……あのときの僕は、まだ自分の火しか扱えなくて……何一つ、守れなかったんだ」

 アイビーは泣きそうになって口を引き結んだ。


 エイデンはたぶん、その光景を遠巻きに見たのではなく、その場にいて、自分の命をちゃんと守ったのだ。だって名家の子供だ。周囲は率先して彼を守っただろう。それで良かったのだ。何も間違っていない。いつのことかはわからないが、今までの口ぶりからして最近のことではないはずだ。はっきりと状況を理解しながら何もできない年頃だったと思っているのなら、十歳程度だろうか。誰がそのことでエイデンを責めるだろう。貴方だけでも守られて良かったと言いたくなる。


 ――なのに、どうして自分はこの人を殺せと命じられているのだろう?


 エイデンが急にハッとしたように手を止めた。鬱々としていたアイビーが、呼吸を引き攣らせたからかもしれなかった。


「あ……ごめん! 違うんだ、これは……その、実は僕は、エリオスの尾を撫でるのが好きで……! 手癖で……!」

 触れたままだったアイビーの毛先から焦ったように指を離して、エイデンは酷く動揺した様子で叫んだ。その表情に、もはや過去の苦しさは残っていなかったものの、代わりに頬と耳が真っ赤になっていた。


「へ、あっ、えっと……はい! いいと思います! エイデン先輩、よくご自分の髪も触っていますもんね!」

 アイビーもつられて叫んだ。嫌がっていたとは微塵にも思われたくなかったし、エイデンの表情が見たことのない恥ずかしそうな顔に変わってしまって、どうしたらいいかわからなくなっていた。


「え? 僕そんなに毎回触っていた? エリオスを呼べないときしかやってないはずだけど……」

 きょとんとした顔で困惑された。

「ひぇっ? 違います! そんな、い、いつもエイデン先輩のこと目で追ってるわけじゃ……あああっ……!」


 アイビーは口を滑らせて墓穴を掘って勝手に落ちた気分になった。完全に取り乱したアイビーを見て、エイデンは逆に冷静になってきたらしい。


「う、うん、大丈夫だから落ち着こう。だから、つまり僕は、手癖で……ずっと君の髪が綺麗だと思っていたから、無意識に……? 本当にごめん……」

 別に冷静にはなっていなかった。愕然とした顔になって頭を抱えてしまったエイデンを、呆然と眺める。

『え? どういうこと? 毛先が白いから? 毛先が白くて珍しいからなの?』とニヴァリスが混乱した声で囁いてくる。


「……あの……だ、大丈夫です。エイデン先輩に触れられるのは、嫌ではないので……」

 アイビーは、もじもじと綺麗だと思われていたらしい自分の髪を撫でた。昨晩ちゃんとトリートメントして乾かした髪は、残念ながら先ほどのロマンスとの戦闘で埃っぽくなっていた。


「えっと、その、普段はもっと、さらさらにしていて……手触りがいいはずなので……だから……」

 呻きながら何を言おうとしているのかわからなくなって、言葉を探す。『待って、だからなにっ? また触っていいですよっていうつもりだったの?』ニヴァリスが慌てたように引き留めてきた。


 顔を上げていたエイデンは、困ったようにアイビーを見ている。アイビーはいたたまれなくなって視線を下げて、エリオスの尾にそっくりの赤い毛束を見て――そして、閃いた。


「あの、じゃあ、エイデン先輩の髪に、少しだけ触れてもいいですか……?」

「え、う、うん、どうぞ……?」

 エイデンが目を瞬かせながら頷いた。その髪に指を伸ばしてから、アイビーはようやく気付いた。これは、もしかして、けっこう恥ずかしいことをしているのでは。


 それでも引くに引けなくなって、灰がかった赤髪に触れる。思ったよりも硬くしっかりとした髪が、控えめに掴んだ指先からするりと滑り落ちた。それがなんだか寂しくて、もう一度触れた。今度は艶のある赤髪がちゃんと指先に留まって、アイビーはつい頬を緩めた。しっとりと指通りの良いエイデンの髪は、よく見ると毛先がほんの少し赤みが抜けて灰色っぽくなっている。何もかもが正反対で、綺麗だった。


 つい夢中になって観察していると、少し離れた場所から声がした。


「なあ、アステル。目隠しだけしてくれてもさ、会話が全部聞こえてるから、状況はわかるんだけど……」

 アステルがニコニコしながらコンラッドの目を白い両手で覆い隠していた。しかもいつの間にかヴェルディアナとエリオスが、アステルの体にくっついてこちらを遠巻きに見ていた。


「あ、あれ? ヴェナちゃん……?」

 アイビーはせっかく自分に懐いてくれたと思った愛らしい妖精が、美人のゴーレムにあっさり乗り換えている事実を目撃して愕然とした。しかしアイビーと目が合ったヴェルディアナは、アステルのお腹にくっついたまま、ぶんぶんと首を横に振った。


「こちらはお構いなく、ですわ! どうぞお続けになってですわ!」

 アステルの頭に乗っているエリオスも、まるで同調するように軽く翼を広げて畳みなおした。


「……エリオス。他の生命体の頭に乗るのは止めて、こっちに」

 エイデンが眉を寄せて腕を上げた。


「何をしているんだ、お前らは……」

 会話を終えて戻ってきたシルヴェスターが呆れたように全員を見回した。

 

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