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「……どう? おかしくない?」
アイビーは恐る恐る問いかけた。エミリーがおすすめだと言って連れてきてくれたブティックは、一人では絶対に入れる気がしないキラキラとした空間だった。
試着室から顔を覗かせたアイビーに、エミリーはすかさず微笑んでくれた。
「良い感じね。さすが私、さすがアイビー。靴はこれね。履いてみて」
選んでくれた淡いピンクのワンピースに合わせて、さらに選んでくれたらしい踵の低いパンプスを足元に置かれる。アイビーは素直に従った。値札を見るのは怖かった。
「アイビー、可愛い! すっごい似合ってる! エミリーの見立て、すごいね! ……わ、私も着てみたい!」
ブルーベルはずっと目を輝かせている。エミリーがにっこりと新しいワンピースを差し出した。
「君にはこっちも似合うと思うんだけど、どう?」
「かわいい……! お姫様みたい! エミリー、すごい……!」
青と白のひらひらと透き通るオーガンジーをたっぷりと使ったそれに、本当に嬉しそうに笑っている。
「こっちで着替えてから、私に見せて?」
「うんっ!」
頷いたブルーベルが試着室の中に入っていく。妖精は人間の食事も服も必要とはしないが、好んで“持っていく”ことはできるのだ。
「アイビーは、ここに立って私に見せて」
エミリーがアイビーを手招く。優しい声だったが、なんだか目が異様に真剣だった。
「ひぇ……は、はい……」
アイビーは慄きつつエミリーに従って、大きな鏡の前に立つ。
途端に横からエミリーの手が伸びてくる。
「背筋は伸ばして、そう……リボンはもっと丁寧に結んで……結ぶときはスカートのドレープも意識してね? よし、最っ高に可愛い!」
一箇所ずつ教えるように丁寧に直されて、髪を軽く撫でつけられる。
「ほ、本当……? 田舎者っぽさ、少しはマシになってる?」
アイビーは期待して鏡越しにエミリーを見た。これはちょっと、美しい羽根が美しい鳥を作る理論ではなかろうか?
「え? アイビーは森っぽいよ?」
「もりっぽい」
……森。合っている。田舎ですらなかった。良いよね大自然。
困惑していると、エミリーはなんだか妙に丁寧にアイビーの薄緑の髪を撫でた。
「魔女の個性的な可愛さを消すなんて勿体ないよ。この髪色とか、絶対に大事にしたほうがいい」
「……エミリー?」
アイビーは、自分の髪を弄るエミリーの、真剣な赤茶色の瞳と栗色の髪を見た。本当になんとなく、気になったのだ。
ふと顔を上げたエミリーと目が合う。
「ねぇアイビー、今日の髪型手が込んでるけど……さてはエイデンと外出だから頑張った?」
「えっ……!」
アイビーは慌てた。実は平日よりも少し時間があったから、いつもの三つ編みを片編み込みにして、ちょっとだけ毛束を解してみただけである。ちょっとした気分転換というだけ。でも、エイデンがいなくてもそれをしたかというと――
「ふふ、似合ってる」
エミリーがにんまりと笑う。アイビーは観念して目を閉じた。
「ありがとう……」呻いた直後、じゃらりと元気にブルーベルが試着室のカーテンから顔を覗かせた。
「エミリー、着れたよー! 見てみて! ……アイビー、顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
靴はプレゼントだと言い張るエミリーに、抵抗すること数分。
微笑んだ店員が、ではお靴はワンピースの価格に含まれていたということで、などと言い出して、アイビーの恐縮による抵抗は強制終了させられた。こんなの後日エミリーが補填するとしか思えない。頭を抱えたアイビーに、エミリーは清々しく笑った。
「あれこれ試着して疲れただろうし、休憩しようよ。外の道をまっすぐ行った大通りにも、良いカフェがあるんだ。あ、でもあっちは行きつけってほどでもない人気店だから、私は先に行って、席が空いてるか聞いてくるね! アイビーは、ブルーベルと一緒にワンピースを受け取ってから来て!」
そう言って、ブルーベルのワンピースを支払い終えて、さらっと逃げていく。
アイビーは妙に安くなった自分の分を支払い、丁寧に検品と梱包が進められていくのを待つことにした。
「エミリーで、大丈夫そうだった?」
同じく残されたブルーベルに、小声で聞く。彼女は先ほどまでの高いテンションを落ち着かせて頷いた。
「はい。やはり、とても良い人ですね」
「仲良くなれそう?」
「大丈夫だと思います。ありがとうございます」
「……よかった。私にも、好きなときに敬語やめていいからね」
丁寧な口調で微笑むブルーベルに、そう告げる。本当はいつでも頼ってと言ってみたかった。でも、アイビーは近いうちにエイデンを殺して殺人犯になる。そのときには、アイビーの好きな人たちには、口を揃えて「そんな奴だとは思わなかったのに騙された」と言ってもらわなければならない。
「頑張りますね」と、ブルーベルが呟く。店員が近づいてきて、丁寧に袋に入れてくれたワンピースを渡してくれた。
店を出て、エミリーが言っていた通りに向かおうとする。
けれど、ほんの少し歩くと前方から不審な声がしていた。
「――いいだろ? 別に――」
「――、――、と――ので……」
「へぇ、ちょうどいいじゃん。紹介して――」
先にブルーベルが走り出す。アイビーはその背を追いながら前方を見た。エミリーが、知らない青年に話しかけられていた。
「君の友人ならきっと可愛いだろ? なあロマンス、お前の分も可愛い子が来るってよ!」
知らない青年が、少し離れて立っていた青年に話しかける。煤色の少年妖精と話していたらしい紺色の髪の青年が、つまらなさそうにこちらを見て、アイビーに気づいた。
「……よりによって」
とても嫌そうに顔を顰められた。ロマンス・パターソンは、さらにブルーベルを見て、軽く目を見張った。
「おい、オリヴァー、そいつらは――」
「あの、すみません。何してるんですか?」
さらに別の、聞き覚えがありすぎる声が、割り込んできた。
「コンラッド?」
アイビーは見慣れた金髪を見て、目を瞬かせた。そういえば今日は日用品の買い出しに来るって言っていたっけ。
なかなかの大きさの荷物袋を持ったコンラッドを見て、ロマンスが盛大に舌打ちする。
「……見りゃわかんだろ。何もしてねぇよ。つうか、しゃしゃり出てくんならその荷物は置いてこいよ、ダセェ」
「え、いや、これ中身けっこう高いんで……」
コンラッドは緊張気味に顎を引いた。オリヴァーと呼ばれていた青年が、肩を竦める。
「お前、錬金術師だろ? 女性を丁寧に誘うのが悪いと思うのか? それとも、堂々と誘える俺らが羨ましいかよ?」
途端にエミリーが動いた。素早くコンラッドの腕を抱き込み、にっこりと微笑む。
「すみません。彼、私が言っていた友人の一人なんです! ね? そうよね、アイビー?」
「……あっ、そうです。パターソン先輩もご存知ですよね?」
一拍遅れてアイビーも頷いた。ロマンスが呆れたようにため息をつく。
「……そうだな。オリヴァー、そこの錬金術師の坊っちゃんの顔を見ながら食事したいんじゃなければ、止めとけよ、そんな女」
「なんだ、缶詰屋が好きなのかよ、センスねぇな」
オリヴァーはつまらなさそうにエミリーから距離を取り、地面を蹴りながら去っていった。ロマンスが呆れた顔で後に続く。
「行くぞ、シリウス」
ロマンスの傍らにいた煤色の少年妖精が、アイビーたちに小声で「ごめんね」と囁いてロマンスを追っていった。
彼らがいなくなってから、アイビーは軽くため息をついた。
「ありがとう、コンラッド。エミリー、大丈夫?」
「あ、うん。ええと、ごめんなさい。急に掴んでしまって。初対面なのに」
「いや、いいですけど……」
エミリーは頷くと、腕を放してコンラッドにぎこちない笑みを浮かべた。それを見たコンラッドが、少し赤くなっていた顔を引き締める。
「あーあ、かっこ悪いところ見せちゃったね。ごめんね?」
エミリーは肩を竦めると、いつもよりも僅かに早い口調で話す。
「あの人、前にも私に絡んできたの。私にルルミアしか妖精がいないから、いつもちょっと偉そうなのよね」
そう言った途端。
「エミリーのバカあぁぁぁっ!」
ブルーベルが、泣き出した。
「え……?」エミリーが驚いたようにブルーベルを見る。
「なんで私のこと、呼んでくれなかったのっ? わ、私っ、エミリーのこと、守るのに……! 怖かったなら、名前、なんだっていいから、呼んでくれたら、すぐに行けたのに……契約したのに……っ、名前、欲しいのに……っ」
「ごっ、ごめんね、えっと……そっか、私、もうあなたに頼っていいんだった……」
泣きじゃくるブルーベルを宥めようとして、エミリーは戸惑うように呟いた。
アイビーは、ブルーベルの背を撫でた。そうだ、エミリーがいるときは、ブルーベルはかなり調子を上げて、明るく甘えるように振る舞っていた。
今思えば、それはエミリーに気に入られようとしていたからであり、試し行為であり、彼女なりの歩み寄り方だったのかもしれない。
「エミリー、早く名前、考えてね? 次は、私のこと、呼んでね……?」
エミリーが、ブルーベルの肩に手を添える。
「うん。そうする。ありがとう。でも、大切なことだから、もう少しだけ名前は待って……ごめんね。ちゃんと考えているから……」
「うん……」
ブルーベルの涙が少しずつ収まる。エミリーはハンカチを取り出して、ブルーベルの頬に当てた。それから、振り返ってコンラッドを見た。
「コンラッド・セルビーさんですよね? 錬金術師の」
「あ、はい。ええと」
「私、ファンなんです。その、同世代なのに、すごいなぁって思っていて。……助けてくださって、ありがとうございました。これからも応援しています」
「え? へへ、照れるな……けど、ありがとうございます」
「頑張ってくださいね」
「うん……」
コンラッドはまんざらでもなさそうに頷いた。なにやら赤らんだ頬を掻いている。
――待ってコンラッド、もしかして。
などとアイビーがコンラッドを凝視していると、エミリーが「アイビー」と呼びかけてきた。
「ごめんね。最初に行ったお店は、席がいっぱいだったの。それで、別のカフェを探そうとしていたんだけど……今日は、ちょっと疲れちゃった。この子とも話したいことがあるし、もう帰るね」
反射的に、本当に大丈夫? と聞きたくなって、止めておいた。エミリーは、たぶん自分で自分の内面を決めている。
「わかった。何かあったら連絡してね」
「うん、ありがとう。セルビーさんも、本当にありがとうございました」
「ああ、うん。気をつけて……」
コンラッドは、少し残念そうに頷いた。アイビーは泣き止んだブルーベルにも手を振って、二人を見送った。
そして、彼女たちの姿が見えなくなると、呟いた。
「……コンラッド」
「なんだよ?」
「エミリーのこと、どう思った?」
「すげー可愛かった……」
わぁ。アイビーは破顔した。信頼できる好きな友人同士で、とても良い何かが起きそうである。
露骨にニヤニヤしはじめたアイビーに、コンラッドは慌てたように両手を振って、持っていた荷物の袋を落とした。
「あ、いや、応援してくれて嬉しいなって! いやマジで! ……大丈夫だったのかな、あのまま帰して」
「うん。誰にも頼りたくないときは、あると思うし」
「そっか」
しかししゃがみ込んで袋を拾ったコンラッドは、なぜかすぐには立ち上がらずに、ため息をついた。
「なあアイビー。ナンパされたあとに、割り込んできたやつにナンパされたら、やっぱり嫌だよな……?」
「うーん」アイビーは苦笑してコンラッドが立ち上がるのを待った。「私はそうやって悩むコンラッドが好きだよ」




