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「お前、入試に自信あったか? 特に筆記、どうだった?」
「え? まあ、そこそこは……実技は問題なかったと思うけれど。筆記は、空白にするのが魔女の正解だった箇所もあったし」
「あー、歴史とかか? そりゃそうだよな……。ちなみに俺は筆記試験は加点が入って実技はそこそこ上位。そしてお前の隣の奴は魔術師なんだが、模試はずっと俺に次いで総合二位だった。つまりこれは筆記と実技試験の総合成績順だ。だからなんで俺が隣かっていうと、お前が優秀だから」
アイビーはぐるりと教室を見回した。コンラッド以外全員から目を逸らされた。つまり、コンラッドが一位、アイビーが二位、その隣の魔術師が三位。ちなみに教室には四十人ほどいて、ここがAクラス、あとBクラスがある。
「……え、この学年、ほとんど全員、今まで学校に来れなかった魔女より……?」
「その先は言うなよ? 絶対に大声で言うなよ?」
「そういうのはやるべきフリだって本で読んだんだけど」
「違うから止めろ」
そんな会話をしていると、黒板の前に、表地も裏地も黒の重厚な教師のローブを着た男性が入ってきた。
アイビーの母親くらいの年齢だろうか。淡い紫色の長髪を三つ編みにして、落ち着いた緑青色の瞳を持っている。得意な属性ははっきりとはわからない。ローブの胸元には青い記章があり、精霊術師らしい。
「――教師のベネディクト・アッシュフォードだ。クラス担任として、いつでも君たちの疑問や相談には応じる。何か質問はあるか?」
精霊術師らしい、落ち着いた声が生徒に言い聞かせるように教室に響いた。
うっすらと騒めく気配があったが、誰も何も言わなかった。アッシュフォード先生は教室中をくるりと見回して、頷いた。
「では、自己紹介をしてもらおう」そう言って、ちらりとアイビーを見て、コンラッドに視線を移した。「学籍番号順に右手前一列目から」
コンラッドが頷いて立ち上がる。
「コンラッド・セルビー。錬金術師です。将来は賢者の石を造りたいです! よろしく!」
パチパチと、まばらな拍手があった。
なるほど。アイビーは頷いた。最近の学校での自己紹介は見聞きしたことがなかったが、参考になった。コンラッドが着席する。つまり、アイビーの番だ。
アイビーは席を立った。空気が、妙な沈黙を放った。
「……アイビー・エインセルです」
アイビーは、自分が思ったよりも緊張していた。というか、入学するにあたり適当に考えた偽名を自ら大勢の前で名乗るのが、ちょっと恥ずかしかった。なので、できるだけ淡々と聞こえるように頑張った。
「魔女です」
空気が、雄弁な沈黙に変わった。
「将来の夢はありません」
空気が粘着質な重力を持ち始めた気がした。アイビーは着席した。
「次、ジュリアン・ウェストフォール」
アッシュフォード先生は淡々とアイビーの次の生徒を促した。
「……なあ、将来の夢、ないのか?」
隣から、コソコソとコンラッドの不思議そうな声が聞こえてきた。
「ないよ。だって、将来の予定は決まってるし」
「え? なんだ?」と、紫陽花色の瞳が興味津々を訴えて憚らない様子になった。
しかし残念ながら、アイビーは魔女だ。しかも標的であるエイデン・フラムスティードを殺害するために送り込まれた。つまり近い将来には――
「魔女として火炙りになる、かな」
「おまっ……! お前ぇぇ……っ!」
アイビーとしては誠実で現実的な回答だったのだが、どうやらコンラッドのお気に召さなかったらしい。だから言わないで座ったのに。
コンラッドは椅子から立ち上がり、なにやら絶句して怒っているとアピールしている。まだ他の人の自己紹介が終わっていない。アイビーは、反対隣で立ったまま困惑している自己紹介中の生徒を横目に見た。たぶんユージーンかハーバートだったか、当然だが迷惑そうな顔をしている。
「コンラッド・セルビー。着席しなさい」
案の定、アッシュフォード先生に名指しされた。
「スミマセン」
座った。
「……ごめんね?」さすがにアイビーは小声で謝った。しかしコンラッドは、なおも不満そうにアイビーを睨んできた。「もうちょっと考え直したほうがいいだろ、お前今後の身の振り方」
「そう? 魔女にそんなことを言うなんて、コンラッドは綺麗な人だね」
「……そうでもねぇよ」
コンラッドは苦々しげに目を伏せた。
アイビーは苦笑した。皮肉が通じてしまったらしい。どうやら紫陽花のような目だと思った第一印象は正解だったようだ。せっかく綺麗な場所で守られているのなら、ちゃんと星や宝石のようなものだけ目に映していればいいのに。たぶん、好き好んで曇天や雨の中をうろついて溺れ死んだ猫でも見つけて泣くような、難儀な人格なのだろう。声と存在感はうるさいけど。
全員の自己紹介が終わり、アッシュフォード先生が明日の予定を告げて去っていく。授業は明日からということで、今日はこれで解散らしい。ようやく教室の空気が緩んで、立ち上がった生徒たちがざわざわと動き出す。
「あ、そうだ。ねえコンラッド。生徒会って、どうやって入るのか知ってる?」
立ち上がろうとしたコンラッドを、アイビーは呼び止めた。コンラッドに乗せられて友人になってはいけないかもしれないが、自分から情報提供者として利用する分には構わないはずだ。
「ええ……なんで魔女を名乗って生徒会に入ろうと思うんだよ?」しかしコンラッドはさすがにちょっと引くぞみたいな顔をアイビーに向けてきた。酷い。
「入りたくはないけど。入り方を知りたいだけ。というか、生徒会ってどういう組織なの? 普段は何をしているの?」
「入りたくはないんか……えっと、まず入り方な。この学校は入試結果が出た時点で、現生徒会側から招待されるんだよ。ほら、これが生徒会の印」
コンラッドは自分の胸元を指差した。学生証の上に付いている一年生であることを示す小さな一つ星のピンの下で、大樹をモチーフにしたこの学校の学生章本体が、妙に豪華になっていた。
アイビーは自分の胸元を見下ろして、コンラッドの物と見比べた。普通の物は、銀台座に白蝶貝が敷かれて、その上に載せられた金の校章が透明で滑らかな魔晶石に覆われたブローチだ。
でもコンラッドのは、一回り豪華な金の台座に緑の宝石が敷かれ、その上に銀色の校章を浮かばせて、キラキラと七色に光るカットが施された魔晶石に覆われたデザインになっている。
なるほど、それが生徒会の証しだったらしい。
「ちなみにネクタイが色付きなのは成績優秀者。アイビーのリボンもそれ白って指定があっただろ? 普通は黒なんだよ。優秀な魔女だから白」
アイビーは自分の胸元と、コンラッドのネクタイを見比べた。
自分のは白地に細いグレーラインが入ったシンプルなチェック柄だ。コンラッドのも同じく細いグレーチェックが入った黄色のネクタイ。
後ろのほうにいる他の生徒もちらりと見てみると、確かにグレーと黒のチェックだった。
「あとは、学外活動で評価されるとベストが自由になる。夏だとベストの代わりにシャツやブラウスを変えられるから、生徒たちは積極的に学外活動もするって仕組みな。それと寮長はネクタイかリボンに緑魔晶石の装飾ピンがある。あと、見てたらわかったと思うけど、生徒会長と副会長のローブはシルエットから豪華」
アイビーは自分の制服を見下ろした。モノトーンの制服も可愛いと思ったが、三年間も着るとなれば、可愛い柄のベストを着る権利は欲しくなるかもしれない。上からローブ着用するからと夏服はブラウスそのものを可愛い物にできるなんて、そんなの絶対に羨ましくなるに決まってる。
「……学外活動かぁ……」
一瞬だけそんなふうに夏の学校生活を満喫する自分を思い描いて、アイビーは口元を緩めた。
「そういうこと。コンラッド、すごいね」
つまり二年後のコンラッドは、着崩した生徒会長のローブに派手なベストを着ている可能性が高いのだろう。
思い返すと、壇上にいたシルヴェスターもエイデンも、黒い地味なベストではなかったような気がする。おそらく豪奢なローブに見合ったデザインだったからこそ、印象に残りすぎなかったのだろう。
「俺の母さんがわりとすごいからさ。今の筆頭錬金術師なんだよ」
「そうなんだ」
「覚えといて損はねぇぞ。まあ錬金術師の筆頭は、まだ入れ替わり激しいけどな! それはそれで技術が育っていて良いことだし」
そう言ってコンラッドは胸を張った。なるほど、ぜひ頑張ってほしい。魔女の存在より珍しいかもしれない、魔女に友好的な人でしかも権力者の息子だ。地獄から応援しようと思う。
そう考えてから、アイビーはひっそりと深呼吸をした。
「ねえ、じゃあコンラッドって、生徒会のエイデン・フラムスティードと面識があるんだよね?」
「エイデン? そりゃあるけど。幼馴染だし」
アイビーは思わず前のめりになった。
「紹介して」
「へ?」
コンラッドが困惑したように口を半開きにした。
「わ、私ね……エイデン・フラムスティード先輩に……」
アイビーは、一度息を吸って、吐き出した。
「あの人に、一目惚れしたみたいなの」
そして殺さなければならないの。とまでは言えないけれど。これも一大告白である。
コンラッドが、ぽかんと間抜けな顔をした。
「……うっそだろ、おい、なあ嘘だろ?」
「おかしい?」
「……だって……あいつ、魔術師の息子だぞ……」
「そんなことは知ってるけれど。でも仕方ないじゃない。……恋なんて、初めてしたんだから」
コンラッドが苦い物を食べたような顔で口を閉じた。けれど、アイビーは肩の力が抜けた気分で心臓の上を押さえた。口に出してはっきりとわかった。
これは、恋だ。
「制御方法なんて、知らないし」
「そりゃまあ、そうだろうけど。でも一目惚れって、どこで何があったんだよ?」
「……壇上で、目が合ったの」
「ん? 壇上って……まさか、入学式で?」
アイビーは頷いた。「入学式で……」
「シルヴェスター先輩や俺が話しているときに? エイデンに一目惚れ?」
「うん。そうみたいなの。……だからコンラッドが話してたのは全然知らなかった。ごめんなさい」
「うわっ……二重の意味でうわぁ……うわ……ええ……?」
真摯に謝ったのに、コンラッドは得体の知れないものを見る目でアイビーを見つめた。それから、言いにくそうに呻く。
「……あのさ、その、魔術師は……魔女のことを……ええと、いろいろと思うところがあるんじゃないのか? 俺ら錬金術師よりも」
いろいろと。確かに五十年前に魔女狩りを主導したのは精霊術師だったが、魔術師も同調していたそうだし、七年ほど前に魔女狩りを強行したり、今の時代に魔女を弾圧したりしているのは、主に魔術師の一部である。
「……うん。そうね」アイビーは頷いた。「魔女、辞めようかな……」
「急に自我を手放すなよ!」
「魔女って名乗るなって言ったくせに」
「そうだけど……! なんでそこまで惹かれてんだよ。顔か?」
だからなぜそんなに他人に対して必死なのだ。
「目が合ったんだってば」
ただそれだけの事実を告げると、コンラッドはものすごく気づかわしげな目になってしまった。
「え……あー、その、勘違いすぎないか? 向こうは絶対なんとも思ってないぞ」
「うん。でも赤い眼がすごく綺麗だったの」
アイビーは頷いた。何もかも一方通行の感情だ。それくらいはわかっている。それでも、どうしても惹かれてしまうほど、引っかかるものがあったのだ。そして好意的に想った後でならわかった。あのときのエイデン・フラムスティードは、たぶん――
「――寂しそうで、悲しそうで。すごく怒っていて」
「怒っていて……?」
怪訝そうな顔になったコンラッドが、目を丸くしてアイビーの顔の、その後ろを見た。
「コンラッド。ここにいたのか。ジュリアンは、もう生徒会に――」
突然、柔らかな声がした。落ち葉を踏みながら歩く、秋の陽だまりのような温かさ。こんな術師たちの学校ではありえないはずの、静かな森の優しい気配のような声だった。
アイビーは振り返って、その人を見た。近くで見ると、その美しさがよくわかった。落ち着いた秋の赤に染まる髪。そして惹き込まれた鮮やかな赤い瞳と、また目が合う。
「こんにちは」
綺麗な形の唇が、ゆっくりとアイビーに向かって動いた。
「こっ……こ、こんにちは……!」
あり得ないくらいに上擦った声が出た。だって、話しかけてもらえるとは、思っていなかったのだ。
「ええと、君は魔女のアイビー・エインセル、で合ってるよね?」
「はいっ!」
突然名前を呼ばれて、アイビーは頬が火照るのを感じながら、何度も頷いた。本名ではないけれど、自分が認識されているなら何でもいい。
彼はくらくらと高揚しているアイビーを馬鹿にする様子もなく、優しげに微笑んだ。
「僕は、エイデン・フラムスティード。よろしく」
紛うことなきエイデンがそこにいた。
「……よ、よろしくお願いします……」
しかもよろしくされてしまった。もうこの声を支えとして何度も反芻させて、短い学校生活を全うするしかない。
「おお……?」とコンラッドが怪訝そうな顔でこちらとエイデンを見比べている気がするが、気にしている場合でもない。
「これから大変かもしれないけれど、頑張ってね。コンラッドと仲良くなったなら、大丈夫かもしれないけれど」
「は、はい! 頑張ります!」
「うん。コンラッド、そろそろ行こうか。じゃあ、またね」
「……っ、はいっ!」
またね。またねと言われてしまった。次があるなんて、お世辞でも嬉しい。
「じゃあな、アイビー、また明日」
「うん!」
コンラッドが片手を上げて去っていく。それにもはしゃいだまま返事をして、アイビーは赤い髪の少年の背中をもどかしい気分で見送った。




