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スノードロップは不死鳥を殺せない ―暗殺を命じられた魔女は、標的の少年に恋をした―  作者: 鶴川紫野
三・白の魔女

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14/21

3-4

「さすがに俺のときより人が多いな!」

 演練場の客席で、コンラッドが感心したように周囲を見回した。

 ローブの色からして、魔術師が多くて精霊術師がそこそこ、錬金術師は少ない様子だ。それとなんとなく、三年生は多くないが一年生と二年生は多い気がする。しかも、コンラッドのときよりも明らかに野次馬で集まっているようだった。


「……緊張してるのか?」

「してる……」

 アイビーは、客席に座り込んで頷いた。実技演習と同じく、戦闘用のロングジャケットとパンツとブーツに着替えて、さらに今回は防寒用のショートケープも羽織っていた。もちろん白だ。とても目立つそれらは今回はアイビーにとって戦闘中の不利にはならない予定だ。でも、今はやっぱり目立つし奇異な目で見られれば気落ちもする。


「一撃でも食らったら、喜ばれそうで……」

「そうでもないけどな。この学校は、術師として研究熱心な奴が多いから、この対戦カードが見たいんだよ」

「嘘だよ、そんなこと思ってくれてるのはコンラッドくらい真面目な人だけだよ……たぶんほとんどの人は、お菓子を自分の口と決闘場のどっちに放り込むかしか考えてないよ……」


 既にアイビーのほうを指差したり、単に談笑したりしながら、クリスプスやらナッツやらチョコレートバーやらを食べている集団がやたら目立つのだ。コンラッドもそれには気づいていたらしく、一見して精神統一しているようなポーズで、実態は俯いているだけのアイビーを見下ろして苦笑する。


「うーん、まあ大半が面白がってるのは事実だな。術師を腐す問題児と学校から追放されたはずの魔女なんて、どっちが負けても気分良いだろうし。でも、ここですげーところ見せたら評価変わるぞ?」


 アイビーは顔を上げて、気軽に前向きな発言をしてくるコンラッドを睨んだ。

「……魔女の魔法って引かれない?」

「放っておけよそれは」


 引かれないとは言ってくれなかった。その代わりに、審判席のほうを指差してくる。

「そんなことより、エイデンが来たぞ。どうでもいい奴らより、アイツのことでも気にしてればいいんじゃないか?」

「まあ、それはそうなんだけど……」


 アイビーは審判席についたエイデンを見つめた。偶然だろうが、顔を上げてくるりと周囲を見回したエイデンが、アイビーに気づいてくれた。右手が肩口まで浮いて、それからゆっくりと下ろされる。どうやら手を振ろうとして、自分が審判であることを思い出して止めたらしい。


 代わりに「がんばれ」といったように口が動いた。なんだか頑張れる気がしてきた。手の強張りが解けて、呼吸が深くなる。


「勝ってこいよ。別に負けても友人ではいてやるけどさ」

「うん。ありがとう」

 コンラッドにもお礼を言って、客席を立つ。何度落ち込もうと、結局は自分が好きな人たちの言葉のほうがよく知らない他人の言葉より大切だと思い直すしかないのだ。



 けれど、下階に降りると、残念なことに向かい側からネリリンたちが歩いてきていた。

 今日はブルースターだけでなく、背の高い男子生徒を従えている。よく見なくても堂々とした派手な容姿の魔術師だった。といっても、今も謎の魔改造制服姿で戦闘服に着替えてもいないネリリンとは違い、制服はたぶん細かく気取っている程度のようだ。


「年貢の納めどきよ、魔女!」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 ビシリと人を指差してきたネリリンは、さすがに今日はブレスレットを付けてはいなかった。その後ろで、ブルースターは緊張気味らしい。


「……私が勝ちます」

 アイビーはそれだけ答えてすれ違おうとした。それ以上言うことはなかったし、せっかく好転させたばかりの感情を、荒らしたくなかった。


「まあ待てよ。魔女」

 しかし、全然知らない派手な男子生徒のほうが呼び止めてくる。

 アイビーは仕方なくその男子生徒をまともに見た。紺色の長い髪を高くポニーテールにして、襟足の一房に赤いポイントカラーを入れている。

 長身が映える立ち姿、自信ありげな態度と三年生であることを表す胸元の三つ星のピン。赤い魔術師のローブに、赤とグレーのネクタイ。

 タイには緑石の寮長章。グレーとシルバーの千鳥柄に、ダブルブレストのメタルボタンが目立つベスト。


 紺色のポケットチーフも目立つが、その華美な制服が相応の実力者であることも表している。後ろに控えていたわりに、ネリリンよりも正規で厄介そうな相手だった。

 そして、よく見れば彼の傍らには、全体的に煤色の、マントと王冠をつけた少年姿の妖精が寄り添っていた。


 派手な魔術師は、金色の瞳でアイビーを検分するように見下ろした。

「考えてみろよ、魔女。仮にコイツが負けてお前が妖精を奪ったとしても」「ハァアァ? アンタも私が負けると思ってんの?」「落ち着けよ。仮にって付けただろ? ちょっと黙ってろ」


 噛みつくネリリンに肩を竦めて、派手な魔術師は優雅そうに嘲笑を浮かべた。

「いいか? コイツが負けても、どうせ俺がお前を決闘で負かして、お前を転学させることになるんだ。だから、お前はさっさとコイツに謝って、元の田舎に帰ったほうがいいと思うぞ? 森の中にも学校くらいあるだろ?」


 アイビーは困惑しながら派手な魔術師を睨んだ。煽りなのか本当に知らないのか、判断がつかなかったからだ。

「……ありませんよ? 魔術師にすべて焼かれたので」


 かつては森の中に点在して暮らす魔女の子供が、六歳から十八歳まで幅広く集まる、小さな学校ならあった。

 けれど、難しい問題の解決方法を優しく教えたり一緒に考えてくれたり、無事にまた学校に顔を見せに来ることばかりを宿題にしていた先生も、アイビーと歳が近かった魔女の子供たちも、みんな――みんなアイビーが九歳のとき、家と母親以外の家族を焼かれたのと同時に、同じような目に遭っていなくなってしまった。


 派手な魔術師が、片眉を上げて顔を顰めた。

 アイビーと母親だけが助かったのは、たまたま弟を産んだばかりの母親が「今日は体調が良いし、久しぶりに採取に行こうかな? アイビーも手伝ってくれる?」と言って、アイビーに学校を休ませたからだ。


 弟のベビーベッドが置いてあった場所の前で折り重なる黒い何かを見た母親は、ふらついてからアイビーの頭を抱き締めた。


 だからアイビーは、どの部分が父ではなく、妹や小さな弟だったのかまでを理解することはなかったけれど――その日から、アイビーの静かで幸せな生活は、全部なくなってしまった。


「なによその目! そんなの私がやったんじゃないんだから知らないわよ! それで魔術師全体を恨んでるわけ? 逆恨みもいいところね!」

 ネリリンの甲高い声が響く。アイビーはグッと唇を噛んでから息を吐き出した。


「……あなたを恨むほど、私は暇ではありません」

「ハァアアァァ? アンタね、私を馬鹿にしているの?」

「……決闘を申し込んできたのもあなたですし、父親の権力で従えた妖精を殴っていたのも、今すぐ私を殴りたいのも、あなたのほうですよね?」 


「ハァ? 私が父親の権力を使っているみたいに言わないでよ! 私はね、あの父親に抗っているの!」

「ふっ」

 ネリリンの後ろで、派手な魔術師が馬鹿馬鹿しそうに笑った。


「なによ! アンタも父親と同じよ! 私は一人で戦えるんだから!」

 派手な魔術師が、呆れたようにネリリンから俯いているブルースターに視線を動かした。


「一人ねぇ……そうは言ってもな。仕方ないだろ? こっちはお姫様に従えって命令されてんだよ。別にやりたくてやってるわけじゃない」

「そんなもの、嫌なら反抗しなさいよダッサイわね!」

 派手な魔術師が、笑みを消した。 


「……反抗で生き残れるなら、誰でもそうしてるだろ」

「ハァ? なによ、何で私を睨むわけ? 私の父親に仕えてるくせに!」

 大きな舌打ちが響いた。アイビーは、うっかり派手な魔術師に同情しかけて、慌てて頭を振った。


 しかしネリリンは、派手な魔術師が黙った理由をどう解釈したのか、胸を張って言い放つ。

「私はね、親父ともアンタとも違うのよ。妖精を縛って、無理矢理言うことを聞かせるなんて、酷いと思わないの?」


「……じゃあ、ソイツはお前を慕って、望んでお前に従っているわけだ」

「当たり前でしょ! 私は親父やアンタみたいな不正行為には手を染めたりしないんだから! そうよね、ブルースター?」


 突然話を振られたブルースターは、諦めたように微笑んだ。

「……はい。ネリリンさんがそういうなら、そうなんだと思います」

 派手な魔術師が、ぼそりと呟く。

「不正行為の塊だろ」


「な、何よ……私に文句があるわけ? 私を何だと思っているの? とにかく、家柄に拘るアンタと私は違うの! 私のブルースターは、そこの田舎者なんかに負けないんだから!」

「一字一句が天上に射掛けた矢みたいな台詞だな、お前」

 派手な魔術師が、ついにはっきりと顔を歪めた。しかしネリリンは、なぜかしっとりと呟いた。

「ふふ、バカね……今さら褒めてももう遅いのよ。私はアンタの相手をしてあげるほど軽い女じゃないの」


「あの、もう御用がないなら、先に行きますね」

 あまりにも無残な仲間割れに、アイビーはようやくそれだけ言って入場口に向かった。

 明らかに不穏な目をしている派手な魔術師も、もう止めてこなかった。

ただ、彼らを止めたそうにしていた煤色の少年が、アイビーのほうを向いて手を振ってくれた。


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