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決闘は、翌日の放課後に決まった。
当然、それまでは普通に授業を受け続けることになる。
全寮制のパルマケイア魔導高等学校では、一晩で全ての噂が学校中を回るらしく、翌朝になれば、アイビーがネリリンと決闘することは、大半の生徒にとって既知のようだった。
おかげでアイビーは、食堂に入っても廊下を歩いても教室に入っても、一瞬ざわめかれてから小声の会話のタネにされた。
けれど、そんなことはもはやどうでもよかった。
その日の午前中に割り当てられていた実技演習は、もちろん学校生活の花形授業だった。
しかし週に一度、九十分ずつの第一講・第二講連続授業しかないその初回は、当たり前に口うるさい安全講習で潰されていた。
だから新入生たちは、学園生活二週目にして、ようやく演練場に立つことが許されたのだ。緊張気味に高揚している生徒は少なくなかった。
「それで……なんで生徒会長がいるの」
高揚を通り越して一人だけ荒んだ気分のアイビーは、教師陣と話しているシルヴェスター・オーデンを半眼で見た。彼以外にも、数人の三年生らしき生徒がいる。
ちなみに今は履修する生徒全員が、普段のローブより動きやすい戦闘用のロングジャケットとパンツとブーツに着替えている。アイビーだけは、もちろん白だ。
「補助指導員の資格に関わる単位だからだな」
隣のコンラッドは、まったく気にした様子もなく答えてくれた。
アイビーとてそんなことは知っている。先日の安全講習で三年生が指導員の補助として参加すると聞いて、そのときもコンラッドに聞いたからだ。
でも、シルヴェスター・オーデンは来なくていい。こだわりとして仲良くなりたくないので。
「ああいう人は自分の実技訓練で単位取ったほうが良くないの?」
「んー……」
コンラッドは真面目に数秒悩んでくれたあと、肩を竦めた。
「個人的な実技訓練で伸ばせるところがもうあんまりないんじゃないかな」
「え、怖い」
そんな状態ならもう精霊術師は、暗殺も彼にやらせたほうが早いと思う。
アイビーが眉を顰めていると、ようやく教師陣と三年生たちが、ひそひそし続けていた一年生の元にやってくる。
「先日教えた通り、今日からの実技演習は、少数班に分かれて三年生の補助員を入れて行う。既に入学時の防衛術の評価で、班は決めてある。一班から順に名前を呼ぶから、呼ばれたら指定の三年生の元に移動しろ」
声を張り上げた教師は、続けてこう言った。
「一班、アイビー・エインセル」
その瞬間、かなりの人数がアイビーを見た。妙な間ができた。シルヴェスター・オーデンが、すっと手を挙げた。
「一班は俺の元に来てくれ」
「……アイビー。呼ばれたぞ」
コンラッドに腕を肘で軽く突かれた。愕然としていたアイビーが渋々歩き出すと同時に、他の生徒たちの名前が呼ばれていく。
「——次。二班、コンラッド・セルビー」
終わった。非常に短い学校生活だった。さようならコンラッド。アイビーはシルヴェスターを見上げた。シルヴェスターはまるで穏やかな人格者のように微笑んだ。
「よろしく頼む」
怖い。なんで一年生が三年生によろしく頼まれたんだ。
「よろしくお願いします……」したくない。
しかしシルヴェスターは後から来た他の生徒たちにも、全員に同じように微笑みかけている。よほど一年生の誰とでも仲良くしたいようだ。
そうして集められた同じ班の生徒たちは、精霊術師の女子が一人と男子が二人だった。もしかしてアイビーは、とりあえず精霊術師の枠でカウントされたのだろうか。元々友人なのか緊張気味に小突きあっている男子二人はともかく、女子一人は班を見ながら泣きそうな顔をしていた。明らかにハズレを引いてしまったのだ。
わぁ、可哀想。主な原因であるアイビーは、とりあえず同情しておいた。
「アイビー、ユージーン、ハーバート、ルイーズ。とりあえず、使える防衛術の属性を教えてくれるか? 安全第一だからな」
慣れた様子でさっそく指示を出すシルヴェスターに、アイビーは渋々申告した。
「……木です」
続いて浅葱色の髪の男子が答える。
「水です」
「俺は火です」
橙色の髪の男子がそう言ったあと、たぶんルイーズであろう女子がおずおずと告げた。
「土です……風も少しだけ」
「なるほど。良い分かれ方だな」
シルヴェスターは嬉しそうに頷いた。
「では最初はアイビーとルイーズに、木と土の盾を作ってみてもらおう。こっちに移動だ」
そう言って、演練場の右へと移動していく。
「もう知っているかもしれないが、演練場は、周囲の四隅を起点に結界が張られていて、観覧席のほうには攻撃が飛びにくいようにしてある。もちろん万能ではないが、決闘中にあえて相手ではなく結界を意図的に攻撃することはないからな」
端の方までくると、シルヴェスターは軽く周囲を見回した。
「目下の問題は、こういう演習中に、誤って他所の班のほうに攻撃魔法を飛ばしてしまうことだ。これが一番怖い。絶対に集中を切らさないようにしてくれ。万が一、不注意で他人に怪我をさせた場合は、この一年生必須の授業で単位を貰えないと思っていたほうがいい」
橙色の髪の男子が、ごくりと唾を飲んで顔を引き締める。なお彼がユージーンなのかハーバートなのかは、まだアイビーには確信がなかった。
「ではアイビーはここ、ルイーズはここに盾を張ってみてくれ」
シルヴェスターが歩きながら指定してきた。ルイーズで確定した女子が「はい」と頷く。
アイビーは、ポケットから小さなブリキの飴缶を取り出した。
「わかりました。種を使っても構いませんか?」
「もちろんだ。ある程度の原状回復が可能だと助かるが」
「大丈夫だと思います」
……演練場の整った芝生でやったことはないが。缶の蓋を開けて、中からヘーゼルナッツを取り出す。
「それは、ローストされていないか?」
シルヴェスターが若干怪訝そうな様子になった。
「はい。一昨日購買で買いました」
ちなみに塩気もある。美味しかった。
「売っているのは把握しているが……そうか。使えるならいい。そこから木に再生できるなら素晴らしい才能だ」
シルヴェスターは、何やら感慨深そうに頷いた。
だがアイビーとて、殻付き生ナッツはもちろんストックはしている。日持ちはするけれど嵩張るから、美味しそうな殻無しのヘーゼルナッツも常備することにしただけである。
ちなみに飴缶は、先日学生街の雑貨屋でつい購入してしまった、パステルカラーのリボン柄である。だって可愛かったので。飴玉は五粒しか入ってなかったけれど。缶代なので良いのだ。
ヘーゼルナッツをぽとりと一粒地面に落として、魔女らしく願う。
『——お願い、盾になって』
ふわりと心地良い緑色の光を灯したヘーゼルナッツが、しゅるしゅると枝を伸ばして広がる。
「二人とも、展開が早いな」
シルヴェスターの言葉に横を見ると、アイビーから物理的に距離を空けて土の盾を命じていたルイーズも、しっかりと厚みのある壁を構築していた。
「しっかりと形を保てる属性は、物理面で有利だ。武器による攻撃を防ぐことができる。そして術攻撃による干渉も、されやすいが侵食は遅い」
そう言って、シルヴェスターはルイーズの土壁に触れた。
「デメリットは、この盾を作るのに時間がかかりやすいことと、攻撃術に転じる際にも僅かな時間がかかることだな」
回ってきた教師が、順調そうだな、みたいな顔で頷いて去っていった。
「とはいえ二人とも、そのデメリットはあまりなさそうだな。ただ、ここで止まらずに、盾の展開練習は常に続けるほど良くなる。運動前後のストレッチや呼吸法、瞑想のようなものだな。地味だが効率的だ」
シルヴェスターが、アイビーの木の盾に触れた。密度を測られているのか、攻撃には満たない微かな水の魔力の気配がした。
それでも不快だとムッとしかけたアイビーに気づかないまま、シルヴェスターは話を続けた。
「今年度の生徒会副会長であるエイデン・フラムスティードも、それで実力が伸びたと言っていた」
「えっ、そうなんですか? エイデン先輩も?」
アイビーは反射的に口を開いた。
シルヴェスターが、大抵エイデンと二人で食事をしていることは知っていた。だからアイビーは、食堂でエイデンに近づく無謀ができなかったのだけど、今は有益な人に思えた。
「そうだ。彼は才能に奢らず地道な訓練を厭わない、俺の自慢の友人なんだ」
素敵すぎる。私も見習って、毎日やらないと……じゃなかった。どうしよう、暗殺対象の守りは固いらしい。
謎の友人自慢の部分は聞き流しておくと、シルヴェスターは「次はユージーンとハーバートだな」と男子二人に声をかけた。
そして安全確保のためか周囲を見回して、あれ、と顔を観覧席のほうに上げた。
「お祖父様……理事長が来ているのか」
独り言のように呟かれたその言葉に、アイビーも思わずそちらを見た。いかにも重そうなローブを羽織った老人に、たぶん校長か教頭だった気がする者が、軽く手を動かしつつ、観覧席から施設を案内しているようだった。
……あまり、似ていないのかもしれない。
老人を観察して、アイビーは、まずそう思った。
セオドリック・オーデンは、白髪混じりの青髪を長く維持しており、老人としてかなり姿勢が良かった。そこは孫も同じだ。
だが、長年染み込ませてきたのであろう恰幅の良い姿から滲み出る重厚な威圧感は、森に長年住む大熊に似ていた。そうなると、率先して自ら動きたがる気配しかないシルヴェスターは、まだ若鹿のようなものなのだとわかる。
セオドリック・オーデンが、見上げているこちらに気づいた。隣にいたシルヴェスターが、軽く会釈をした気配があった。アイビーとは露骨に目が合わなかったので、そのまま観察してみたが、特に何事もなく視察は終わったらしく、ゆったりと観覧席を去っていく。
仕方なくシルヴェスターのほうに目を戻すと、彼はなんだか照れくさそうに口元を数回動かしていた。
……これが、本で読んだ授業参観か。生徒会長だけ高等学校でも発生していたのか。
「ええと、ユージーンとハーバートに盾を作ってもらうんだったな」
シルヴェスターは気を取り直したように、先輩面を再開した。
火の盾を作った橙色の髪の男子に「火の熱は前に飛ばすのではなく、先に圧縮させたまま安定させろ、ハーバート」
水の盾を作った浅葱色の髪の男子に「ユージーンも同じだ。水流の盾は大きく渦巻かせようとするな。中心に集中して巻くイメージを持つほうが、密度が上がる」
とシルヴェスターが言ったので、ようやくアイビーは彼らの名前を認知した。
そして、あとから見せられたシルヴェスターの基本四属性の盾は、全てが大きく、物理攻撃がまったく通らないほどに安定していた。高度すぎる同属性の盾を見せつけられた全員が心を折られていた。
木属性は使われなくて良かった。教師の才能があるのかないのかわからないシルヴェスターから、アイビーは無言で目を逸らした。




