第7章 最強わがままたちの、単独の極み
黒森の奥でカイが重力執行者との戦いを終えたその頃——
大陸の各地で、同じパーティに所属する“最強”たちが、それぞれの戦場で暴れていた。
彼らは決して集まらない。
集まる必要などないと思っている。
それが『アーク・レヴェリオン』の、変わらない流儀だった。
北の雪山・氷晶の頂
剣聖レンは、古代ドラゴンの死骸を背に、ゆっくりと剣を収めていた。
彼の名はレン・ヴァルハラ。
二十四歳。
大陸史上最年少で「剣聖」の二つ名を得た男。
持つのはただ一本の直剣『天裂き』。
スキルも魔法も使わない。純粋な剣技だけで、すべての理を切り裂く。
今、彼が立っているのは標高五千メートルを超える氷の頂。
周囲には、古代ドラゴンだけでなく、その配下である氷竜の群れが三十体以上、すでに斬り伏せられて横たわっていた。
「ふん……魔王軍の斥候が、こんなところに巣を作っていたとはな」
レンは血の付いた剣を軽く振る。
一振りで、吹雪が止まるほどの風圧が生まれた。
突然、残った最後の氷竜——体長二十メートルを超える親玉が、咆哮を上げて急降下してきた。
口から極寒のブレスが噴射され、周囲の空気が一瞬でマイナス二百度に落ちる。
普通の人間なら即座に凍死する攻撃。
だがレンは動かない。
ただ、足を軽く踏みしめた。
「遅い」
次の瞬間、彼の体が消えたように見えた。
いや、消えたのではない。
一歩で五十メートルを超える間合いを詰め、
氷竜の首と胴の境目に剣を滑り込ませていた。
剣聖奥義・『一刀・世界断ち』。
一閃。
音も衝撃もなく、氷竜の巨体が真っ二つに分断された。
凍てつくブレスすら、剣圧で霧散する。
レンは剣を肩に担ぎ、雪を踏みしめて歩き出す。
「カイの奴……また派手に反転を連発しているらしいな。
あの軽やかな動き、俺の剣とは正反対だ。
だからこそ、いつか一緒に戦うのが楽しみだ」
彼は独り言のように呟き、雪山を下り始めた。
背後には、魔王軍の前哨基地が完全に沈黙していた。
西方の忘却遺跡・最深部
聖女ミアは、白銀のローブを優雅に翻しながら、遺跡の守護者たちを前に立っていた。
ミア・セラフィム。
二十二歳。
神託を直接受け、奇跡を現実に変える当代最強の聖女。
彼女の癒しは死者すら蘇らせ、
彼女の聖光は魔王軍の闇を一瞬で浄化する。
今、彼女の周囲には、遺跡を守る古代ゴーレムが十二体。
それぞれが魔王軍の最新型魔導兵器を埋め込まれ、
単なる石像ではなく、魔法と物理の融合体だった。
「神よ……この者たちも、救済の光に包まれますように」
ミアは静かに祈りを捧げた。
瞬間——
十二体のゴーレムが同時に動き、魔力砲を一斉に発射。
遺跡全体を揺るがすほどの破壊の光がミアを飲み込んだ。
だが、光が収まった時、ミアは微動だにしていなかった。
彼女の周囲に浮かぶ七色の聖なる円陣が、すべての攻撃を無効化していた。
「『絶対聖域』……神の加護は、物理も魔法も問わず、
私に危害を加えるすべてのベクトルを、優しく受け止めてくれます」
ミアは微笑み、片手をゆっくりと掲げた。
「そして——」
聖女奥義・『天罰の浄化』。
純白の光が爆発的に広がった。
十二体のゴーレムが、触れただけで砂のように崩れ落ちる。
魔導兵器の核すら、聖光に触れた瞬間に浄化され、
魔王軍の技術が跡形もなく消滅した。
ミアは光の中を歩き、遺跡の最奥にある石碑に手を触れた。
「カイ……あなたの反転は物理の極み。
私は神の極み。
でも、きっと相性は良いはずです。
神も、そう言っています」
彼女は優しく微笑み、通信結晶に軽く息を吹きかけた。
もちろん、すぐに返事は来ない。
それが彼女たちの流儀だ。
魔導王の孤塔・最上層実験室
ゼル・クロノヴァは、空中に浮かぶ無数の魔方陣を操りながら、ため息をついた。
ゼル・クロノヴァ。
二十五歳。
大陸を統べる魔導王。
魔法の理論を極め、既存の全属性を超越した「時空魔法」を独自に編み出した男。
彼にとって、戦闘は「実験」の延長に過ぎない。
今、彼の目の前には、魔王軍が密かに送り込んだ暗殺部隊——
影の魔導兵団が二十名、結界の中に閉じ込められていた。
「ふん……斥候ごときにこの塔を狙うとは、笑止千万だ」
ゼルは指を軽く鳴らした。
瞬間、実験室全体の時間が歪んだ。
魔導王奥義・『永劫の刻牢』。
二十名の暗殺部隊が、動きを完全に止めた。
彼らの体は一秒間に千回以上の時間ループに囚われ、
攻撃を放つことも、逃げることも、息をすることすら許されない。
ゼルはゆっくりと歩み寄り、一人ひとりの額に指を当てた。
「解析終了。魔王軍の最新影魔法……興味深いが、
私の時空の前では、ただの子供のおもちゃだ」
彼は指を離す。
二十名全員が、時間から解き放たれた瞬間に意識を失って崩れ落ちた。
ゼルは窓の外、遠く黒森の方角を見やった。
「カイ……お前の反転は物理の極致。
俺は魔法の極致。
だが、いつか四人が揃った時、
この世界の『理』すら、軽くねじ曲げてやれるだろうな」
彼は小さく笑い、再び実験机に向かった。
通信結晶は机の隅で、相変わらず沈黙を守っていた。
黒森の木の上。
カイは通信結晶を握ったまま、ぼんやりと空を見上げていた。
「……みんな、相変わらず最強すぎるな」
彼は笑った。
「俺も負けてられない。
この森の斥候を全部片付けたら、
次はもっと大きな舞台で、みんなと……」
反転の疾風は、まだ止まらない。
最強わがままパーティの、単独の極みが、
静かに、しかし確実に、魔王軍の脅威を削り続けていた。
(第7章 終わり)




