第8章 斜めの軌道、反転の無限角
黒森の最奥部は、もはや完全に魔王軍の領域と化していた。
木々の密度がさらに増し、地面からは常に黒い霧が噴き出し、視界を悪くしている。
カイはそんな森の中を、木から木へ跳躍しながら慎重に進んでいた。
「重力執行者の奴……次はもっと本気で来るだろうな」
彼は双剣を軽く握り直し、通信結晶をポケットに押し込んだ。
みんなは相変わらず返事がない。でも、それでいい。それがアーク・レヴェリオンのスタイルだ。
すると、前方の霧の中から複数の気配が現れた。
今度は五体の重力執行者型魔人。
先日のガルドより一回り小さく、連携を重視した部隊のようだった。
彼らは一斉に重力場を展開し、周囲の空間を歪め始めた。
「目標捕捉。反転スキル保有者、カイ・ヴォルト。
生け捕り優先」
カイは笑みを浮かべ、高く跳び上がった。
「来いよ、みんな。
今日は新しい遊びを教えてやる」
落下を開始。重力に加速されながら、カイは体を斜めに傾けた。
真下ではなく、斜め前方へ向けて落下軌道を取る。
執行者たちが重力弾を一斉に撃ち出してきた。
だがカイは——
「反転!」
斜め落下の最中、自らの体を反転させた。
瞬間、斜め下への勢いが完全に逆転。
カイの体は斜め上へと爆発的に跳ね上がり、
執行者たちの頭上を大きく迂回するような弧を描いた。
「なっ……!?」
執行者たちが慌てて上を向く。
だがカイはすでに次の動作に入っていた。
上昇中に再反転。
今度は斜め下降の軌道で急加速。
真上からではなく、斜め四十五度の角度から一気に突っ込む。
「これが新しい『斜め天空反転刃』だ!」
双剣を交差させた状態で、斜めからの高速突撃。
執行者の一体の肩口に深く斬り込み、
そのまま体を回転させて次の標的へ滑るように移行。
重力場がカイの体を押し下げようとするが、
斜めの軌道を取っているため、予測が狂う。
執行者たちの重力操作は「真下」「真上」を基準に調整されているらしく、
斜め角度の変化に追いつけない。
「二体目!」
カイは木の幹を斜めに蹴り、さらに斜め方向へ飛ぶ。
落下→反転→斜め上昇→再反転→斜め急降下。
森の中が、まるで三次元の立体迷路になったかのように感じられた。
カイの体は直線ではなく、常に角度を変えながら跳ね回る。
執行者たちの攻撃は空を切り、
カイの双剣だけが的確に急所を抉っていく。
「三体目……四体目!」
最後の一体が必死に重力の壁を展開した。
全方位を覆う圧倒的な重圧。
カイは敢えてその壁に向かって斜めに突っ込んだ。
「反転!」
壁に触れる直前で反転。
後方へ少し飛んだ勢いを即座に再反転させ、
壁の斜め側面をすり抜けるような軌道で回り込む。
「物理の壁なら、角度を変えれば抜け道ができる!」
最後の執行者の背後を取ったカイは、
斜め上空から螺旋を描くように急降下。
双剣が閃き、執行者の核を正確に両断した。
五体全てが、黒い霧と共に崩れ落ちた。
カイは地面に着地し、息を整えながら双剣を収めた。
額に浮かんだ汗を拭い、満足げに微笑む。
「真上からだけじゃない……斜めから、横から、螺旋から。
反転の角度を変えるだけで、無限に攻撃パターンが作れるな。
これ、かなり使える」
彼は近くの木に背中を預け、空を見上げた。
「レンだったら、こんな動きを全部一刀で切り捨てそうだな。
ミアなら聖域で全部受け止めて浄化。
ゼルなら時間止めて一瞬で終わらせる……」
カイは小さく笑った。
「俺は俺のやり方で。
物理だけを、角度を変えて極めていく。
それで十分、最強パーティの一員でいられるはずだ」
森の奥から、さらに強い魔力の波動が近づいてくるのを感じた。
おそらく次の部隊。あるいは重力公爵本人が偵察に来ているのかもしれない。
だがカイは動じない。
双剣の柄に手をかけ、軽く地面を蹴った。
「斜めの反転……もっと磨いておくか。
みんなと揃った時に、驚かせてやる」
反転の疾風は、角度を変えてさらに加速した。
黒森の戦いは、まだ始まったばかりだった。
(第8章 終わり)




