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誇り高い悪役令嬢は冷たいのではなく、不器用なだけです 〜それを理解するのはライバル令嬢だけ〜  作者: 花田一郎
第3章:社交界接続

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第26話「同盟なら許す、恋なら潰す」

 夜会に流れる音楽は、人を和ませるためのものではなかった。張りつめた私の心が、この場の残酷な真実ばかりを照らし続ける。

 一曲目が終わる頃には、誰が誰を見て、誰が輪の外へ置かれているのかがはっきりし始めていた。胸元の白薔薇さえ、金色の灯りの下では少しくすんで見える。

(いつも以上に、取り繕った笑い声ばかり…家名を背負う人間として、一族の機嫌を推し量られないようにしているのでしょう)

 若い令嬢同士の歓談は一見すると華やかだ。けれど、ここで余計な感情を見せれば、背後の家名にまで憶測が及ぶ。この場で本音をさらけ出しているのは、私を前にしたラフィーくらいのものだろう。

 そんなラフィーも、訪れる人々にはとってつけたような微笑みばかり見せている。本来の美しさを隠しているようで、胸の奥が少し空いた。

「右手奥の侯爵夫人、こちらをしばしば見ておりますね」

「完全な無視はできない席ですもの。そういう相手をいちいち警戒し、数えることはありませんわ」

「心得ております。過度の警戒はしておりませんが、すでに数え終えました」

 私の斜め右後ろにいるラフィーは、この近すぎず遠すぎない距離を保ちつつ、必要なときだけ小さく言葉を交わす。内緒話に見えるような露骨さはなく、不仲を勘繰られもしない自然な会話だった。

 主従にも親友にも見えない、曖昧な共闘関係。周囲が好きに意味を足せる危うさを秘めているのに、同時に『補佐』や『随行』という顔も持てる。

 この夜会は、すでに仮面舞踏会じみていた。


「まあ、アストレアのお嬢様がヴァルドシュタイン家のお近くに。いつの間に仲良くなられたの?」


 ほどなくして、年嵩の伯爵夫人が話しかけてくる。好奇心を隠した微笑みは、私ではなくラフィーへ向けられていた。

「ええ、補佐役としてご一緒させていただくことが増えましたので。本日も北棟入場組として、紹介順の確認が多く、補佐を務めております」

「あらまあ…便益を図ってらしたのね。さすがですわ」

 便益。その言葉はラフィーの優しさではなく、能力だけを無感情に褒める響きを持っていた。思わず口元をしかめそうになり、扇子で覆い隠す。

 幸い、伯爵夫人はそれ以上踏み込まず、上品な挨拶だけを残して去っていく。そつなく応じたラフィーへ視線を向けると、彼女は眉一つ動かさずに頷いた。

(…今夜の私たちを、正しく認識してくれる人はいない…仕方のないことですわね)

 私もまだ、この子をライバルだと思っていて、それでも共闘者として認めていて、その先に何があるのかは分からない。だからせめて、ラフィーに余計な疑義がかけられないよう堂々としているしかなかった。

 私は背筋を伸ばし、まだ始まったばかりの夜会へ向き直った。後ろを振り返れば、余計な感傷まで連れてきてしまいそうだった。


 *


 開宴の挨拶も無事に済み、最初の歓談が広がり始めた頃だった。


「アイゼングラーフ宰相が、少々お言葉をとのことです」


 王太后側近の女官が、礼儀正しくそう告げる。

 だが、その声には断れない用件だと言わんばかりの低さがあり、後ろでラフィーが身構える気配がした。

(…やはり来た、と言うべきでしょうか)

 驚きもなく立ち上がり、やや重い足取りで向かう。予想していたことと、気乗りするかどうかは別問題なのだと思い知った。

「光栄ですね、宰相閣下と謁見ができるなんて」

「ええ、学生という身分には余る光栄ですわ」

 ラフィーは自分も呼ばれたといわんばかりについてきて、私も案内役も制止しなかった。おそらくガガルドは、彼女が来ることも見越していたのだろう。

 初めて目が合った瞬間を思い出す。私だけでなく、隣にいるラフィーにも投げつけられた鑑定のような視線。思い出すだけで紋章が疼き、熱を帯びた。

 それはラフィーと二人でいるときの熱とは違う。強敵と向かい合ったときの、あの張りつめた感覚に近い。胸の奥で、決して心地よくはない高揚がわずかに疼いた。

 案内されたのは、主広間の華やかさから半歩だけ外れた回廊の角だ。音楽はまだ届き、人目も完全には切れていない。だからこそ、逃げ場を探しにくい場所だった。


「ヴァルドシュタイン公爵家令嬢。よく来てくれた」


 歓迎するような言葉を、無感情な低い声音に乗せて告げる。

 窓際に立つガガルドは、近くで見ると肩幅よりも目の置き方のほうが印象深かった。こちらの顔を見ていながら、その奥で私たちの家や利害まで数えているような重圧がある。

「無駄な世間話はやめよう。今宵の配置、よく耐えておるな」

「…恐れ入ります」

「そして」

 鼻を鳴らすような笑いとともに向けられたのは、必要な分だけの敬意だった。『ヴァルドシュタインの名に恥じない』ではなく、『子供の分際でよくあがく』という目だ。

 皮肉の一つも返したくなったが、後ろのラフィーがいつもの合図を送ってきて、私は声を押し殺した。

 けれど、次の言葉には思わず反論しかける。

「隣の娘…アストレア侯爵家令嬢の使い方も悪くない。ヴァルドシュタインらしい硬さを、アストレアが和らげる。学園での厄介な噂は耳にしているが、自分に適した人間をそばに置くのは賢いな」

「っ…彼女は優秀ですので。互いに切磋琢磨し、貴族として協力すべきことは協力しているまでですわ」

 この男は、私を試している。

 ならばこちらも、言葉の刃を交えるまでだ。

 宮廷では誰を想うかより、誰と並んで何を動かすかを先に数えられる。たとえ私とラフィーが利害を超えて意見を重ねていても、この場では“効能”として翻訳されるのだ。そうやって価値づけられ、使い道を決められる。

「若い令嬢同士で協力すれば、これ以上余計な噂を立てずに済む。情や好悪の名で騒がれるから面倒なのだ。実務上の連携相手こそが、この世界で生き延びるための力となる」

「ご助言、痛み入ります。しかし閣下は、随分と他家の動向にご関心がお有りなのですね」

 実務。連携。生き延びるための力。

 なるほど、実に為政者らしい見方だ。どれだけ悪い噂が流れても踏みとどまる私たちを、社交デビューしたばかりの学生としては優秀で扱いやすいと見ているのだろう…ラフィーがどんな思いで私に手を貸しているか、それも知らずに。

「関心というよりも管理だな。この場を賢く切り抜ける若い世代には育ってもらう必要がある」

「わたくしたちは、今夜の招待状に従って随行者を選んだまでです。過剰な評価は恐縮ですが、主催者の規定に従っている以上、宰相閣下の私的な解釈を受け入れるかどうかは別問題ですわ」

 この返答も、ガガルドにとっては想定内なのだろう。

 それでも、ラフィーとレイナの高潔な決意まで歪められたくはなかった。

 回廊の空気が、少しだけ息苦しくなる。だがガガルドは頷き、値踏みするように私たちを見た。

 この男がそう解釈した、という事実そのものが、宮廷では一つの前例になりかねない。噂より厄介な“定義”を与えられようとしているのだ。

「うむ、そうやって他者と線引きするのも必要なことだ。しかし宮廷では…線を引く者と、その線を解釈する者は別に存在する。仮にお前たちの線引きが、“情”によって生まれたものだとしたら」


「ご懸念には及びません、ガガルド様」


 そこで、これまでおとなしく控えていたラフィーが一礼し、ついに口を挟んできた。

 やはり笑っていた。けれどそれは、茶会や教室で見せるものとは違う。周囲を和らげるためではなく、笑うことでそれ以上つけ入られないための…私と並び、共に剣を構える顔だった。

「今夜の私は、ルミア様の随行補佐として記名されております。動線、紹介順、席次などの確認を補助している、それ以上でもそれ以下でもございません」

「模範解答だな。だが、それで納得してもらえると?」

「誤解はいくらでもできます。しかし、それを覆すために補佐を務めさせていただいております」

 ガガルドの関心が、私からラフィーへ移る。

 焦燥感は覚えても、自ら戦う人間を邪魔はできなかった。

「皆様が解釈を増やすおつもりなら、お止めすることは致しません。ですが、それを周囲に吹聴なさるのでしたら、その前に主催側へ問い合わせ、ガガルド様ご自身の名でもって別の意味へ塗り替えることになるでしょう」

 口調はどこまでも穏やかだ。

 それでも彼女は宰相相手に一歩も引かず、沼へ踏み込むなら相手も巻き込むと言わんばかりの流儀で交渉していた。

 …それでも「この子にはきれいなままでいてもらいたい」と思うのは、わたくしのエゴなのでしょうね。

 ラフィーとガガルドは、そのまましばらく見合っていた。白手袋の指先だけが、わずかに強く重なって見えた。

「…噂よりも感情的に見えるな」

「そうでしょうか? 少なくとも今は、手続きの話しかしておりません」

「まあ、よかろう」

 短い沈黙の後、ガガルドは身を引く。遠くで鳴り続ける音楽が、ようやく耳へ戻ってきた。

「お前らは優秀だ。ゆえに“同盟”という形ならば価値はある。しかし」

 それは低く、独り言めいていた。

 けれど私は、一言一句聞き漏らさない。

「“恋”などという情に絆された形で騒がれれば、ただの瑕疵となるだろう。王国のために働く身分であれば、それを忘れないことだ」

「こっ…い、いえ、冗談にしても悪趣味では?」

 紋章が熱くなる。遅れて心臓が鳴った。

 …どうして、そういう形で見抜くのです。

 上ずりかけた声を、浅い呼吸で押し込める。ラフィーですら、笑顔のまま一拍だけ呼吸を失ったように見えた。

「今宵はここまでにしておこう。王国のために尽くせ」

 私の情けない反応にはなんの関心も見せず、ガガルドは説明を切り上げた。あとは自分で考えろ、そうとでも言いたげに。

 そして彼は回廊の向こうへ視線をやり、私たちもそれに釣られる。

 そこにいたのは、オレオン。忠誠の対象であるはずなのに、ガガルドは私たちへ向けたのと同じ目を、遠慮なく彼にも向けていた。

 オレオンは私たちに気づくことなく、儀礼局の記録官らしい男と話している。手元には細長い白表紙の綴りがあり、式次第らしき札が挟まっていた。

「殿下は早いな。誓約の形式を押さえつけておられる。証人順、立会人欄、紋章確認…もう集めたか。さて、お前たちはどう戦う?」

 それだけを言い残し、今度こそガガルドは去った。晴天の海原を通りかかる嵐みたいな男だった。

「…聞きましたわね」

「ええ、“敵”のほうが先に次の舞台を押さえているようです」

 広間を眺める。オレオンは何事もなかったように聖堂側の列と歓談し、ひときわ白く輝く存在…リオネを気遣っていた。

 なんと絵になることだろう。それに対し、暗がりで次の戦いのために観察を続ける私たちは、夜会らしからぬ陰湿さに見えただろう。

 それでも私は、ガガルドの言葉を意に介さぬように応じたラフィーを信じるしかない。その変わらぬ様子に、私は次の舞台へと背中を押された。

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