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誇り高い悪役令嬢は冷たいのではなく、不器用なだけです 〜それを理解するのはライバル令嬢だけ〜  作者: 花田一郎
第3章:社交界接続

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第25話「夜会の入口」

 レイナと一緒に夜会の支度を進めていると、着飾るというよりも『壊されないための整え』という気分になってくる。

 夕刻の私室、鏡台には金の招待状が伏せられたまま置かれていて、朝とは異なる輝きを放っていた。

 まもなく、夜が来る。沈みゆく太陽を受けて鈍く輝く金の封蝋は、その訪れを否応なく意識させる。

「美しいです…お嬢様こそ、この世の誰よりも白薔薇が似合うと断言いたします」

「…あなた、ラフィーと褒め方が似てきておりませんか? これは飾りというよりも目印、そこまで評価されるものではありません」

「美しいものを美しいと褒めない人間が、この世のどこにおりましょうか」

 レイナが選んだ一輪の白薔薇は、私の胸元へ控えめに留められている。清楚というほかない白さなのに、これから夜会の帳で汚されると思うと、美の儚さにため息が出そうだった。

 …それよりも、レイナの過剰な賛美のほうに頭を抱えたくなりますが。見え透いたお世辞ならよかったのに、本気で言っていることがわかるのが答えに窮した。

「締めつけは最小限、呼吸のしやすさを優先しております」

「レイナ、わたくしは夜会へ向かうのです。フェンシングの試合に挑むのではないのですよ?」

「夜会もまた戦い。ならばお嬢様の壮健さを願うべきだと」

 これはレイナなりの冗談…なのかどうかは、いつも通りの真顔によって判断しかねた。幼い頃から一緒にいても、この子はすべて見透かせるほど浅い人間でもない。

 鏡に映る自分を見る。ドレスは白ではなく、星空を思わせる深い紺色、そこに落ち着いた銀刺繍が施されていた。

 白をまとえば従属に見え、金を増やせば媚びになる。だから、そのどちらでもない色を選んだのだと、着替えさせる前にレイナは事務報告のように説明した。その選択に、以前の言葉を思い出す。


『私の忠誠は王国ではなく、ヴァルドシュタイン家にのみ捧げております』


 …今思うと、この子もなかなかに私と似ているらしかった。

 胸元の白薔薇だけで『ドレスコードに従っています』と断言する剛毅さは、私専属のメイドとして申し分ないのだろう。

「…まるで戦装束ですわね」

「ですが、礼装でもあります。貴族にとって夜会は戦そのもの、礼装もまた戦装束と言えるでしょう」

 反論の余地はなく、黙って白手袋に手を通す。

 このヴェールによって隠された紋章は、戦いの前だというのに静かだ。普段であれば自分の意思に反して勝手に熱くなるというのに、改めて魔法が理外の力だと思わされる。

「ラフィエラ様のお支度も、同様に進んでいると聞いております。同伴者になってくださったこと、本当に嬉しいです」

「…あの子なら、わたくしが呼ばなくとも権謀術数を用いて潜り込みそうですが」

「かもしれません。しかし、制度を味方につけ、自らのご意思で選ばれたことに意味があると信じております」

 ラフィーもレイナも、私に対して奇妙なまでに強い忠誠を誓ってくれている。共闘を受け入れた今でも、胸の真ん中がむずむずしてしまう。

 それでも私以上に私を信じてくれるレイナを見ていたら、自分の選択が正しかったと思い込むのも悪くないと感じた。

「本日の招待状の控え、お戻りになるまでここで保管しておきます。お嬢様が戻れる場所として、私が」

「今日のあなたはとくに大げさですのね…けれど、その心遣い、嬉しく思います。わたくしは負けません、あなたやラフィー、屋敷で待ってくれている皆のためにも」

 物騒さすらある真顔でレイナに言われ、私は呆れる。けれど、口元は自分でもわかるくらい緩んでいた。

 社交界が始まる。そう噛みしめつつ、私たちは夜を待っていた。


 *


 王城北棟の白階段は、光の反射具合まで整えられているようだった。

 磨かれた石は足音を固く返し、壁際の燭台は訪れる人の序列を浮かび上がらせる。そこを歩いていると、私個人ではなく家名そのものが歩いているように感じた。


「ヴァルドシュタイン公爵家令嬢、ルミアリエル様…随行補佐、ラフィエラ様。お待ちしておりました」


 案内役の恭しい声が、広場の手前へ良く通る。

 私たちの名前はわずかな間を空けて読まれており、そこに計算が含まれているように感じるのは気のせいだろうか?

(…知っている顔ばかり。でも、味方がいるわけでもない…)

 左右の列には貴族たちが控え、完璧な礼を保っている。

 けれど、こちらを見る目は隠し切れない。その露骨ではない値踏みの視線から、いくつもの意思が感じ取れた。

 学園で流れた噂や模擬裁定のことまで、これまでの出来事が私の後ろについて回る。若い夫人の一人が扇子の影から「ヴァルドシュタイン」とだけ小さく口にして、それ以上は語らなかった。

(口にはしない、だからこそ好きなだけ憶測を足せる…社交デビューへの洗礼としては、なかなか勉強になりますわね)

 私もラフィーも澄ました顔でそれを受け流しながら、案内役へ招待状を渡した。

 金の封蝋と白薔薇の印が照合され、王家級の招待客として認められる。隣では伯爵夫人が先に通されていて、今宵は若さよりも家柄、そして家柄よりも“この場における使いやすさ”が順番として優先されるのだと理解した。

「参りましょう、ルミア様。まずは席次表を」

「ええ、ラフィー」

 ラフィーも微笑みは絶やさず、さりげなく次に向かうべき場所を示す。衆目を減らそうとする心遣いへ、穏やかに返事をした。

 広間の手前にある夜会用の席次表は、学園の掲示板よりもずっと存在感がある。厚みのある紙に金の罫線が引かれ、その中に家名と役職が並んでいた。

 開宴の合図があるまでは、各家はここで自分の位置と紹介順を確認し、立ったまま顔を見せ合う。夜会は席に着く前から、もう始まっていた。

(王太子席は中央上段、その周囲に宰相、王太后側近、聖堂次席、外務筆頭…その下に白薔薇奉灯補助としてリオネ、婚約者席はなし。正当な配置のつもりでしょうが…悪質なのね、オレオン)

 リオネの名前と位置を確認したところで、小さく呼吸を漏らした。聖堂の無垢を利用するその性根に、お互いが元には戻れないことを悟る。

 視線を移動すると、オレオンは着席前の中央列で宰相側と言葉を交わしていた。少しのあいだ眺め続けても見向きもされない事実に、冷遇どころか『存在していないもの』という扱いを再確認する。

 学園とは異なる、洗練されたやり口だった。

「ルミア様の席はこちらですね」

「西列、二席目…ぎりぎり文句をつけさせない位置ですわね」

 やや後ろに控えつつも、ラフィーの案内は喧騒にかき消えることはない。そしてたどり着いた場所で、戦場を一望してみた。

 完全に排除するつもりはないのだろう。紹介もされるし、失礼にも当たらない。

 けれど、婚約者であるのに王太子の隣でない…その半端さが悪質だった。

「ラフィー、どう思いますか」

「学園内であれば席を奪い、宮廷ならば項目ごと消す…社交界の厳しさに、大人になることが怖くなっちゃいます」

 呼吸を整えるように、ラフィーへとぼんやりした質問を投げる。すると彼女は笑うような息遣いで軽口を叩き、大人びた横顔で冷たく現状を分析した。

 その落ち着きっぷりが少し前だと腹立たしく、今となっては頼もしい。手のひら返しがあからさまな自分に悔しくなった。

「随行者の席は首席から二列後ろでした」

「…遠いわね…あ、いや…寂しいという意味ではないんですのよ? 声が届きにくいと共闘もしにくい、という意味で…」

 ラフィーは規定を確認し、自分が座る位置を教えてくれる。正直に感想を漏らす自分が、どこか滑稽だった。

 言い訳も中途半端になってしまったけれど、ラフィーは嬉しそうに目元を柔らかくして、近くにいた案内役に一枚の紙を見せた。

「同伴一名の但し書きです。それと、北棟入場組は紹介順の確認のため、補佐を近くに置けますよね?」

「ですが、今夜はお席が…」

「わたしはルミア様の同伴というだけでなく、補佐でもあります。その名目であれば問題ありませんよね? 必要なら、過去の補佐役としての仕事を開示いたしますが」

 それは柔らかくも圧力の強い、包囲網を完成させた人間の詰め寄り方だった。

 案内役は紙と席次表を見比べて迷ったものの、今日は忙しいのか、諦めたように私の席の一つ後ろ、斜め右を補佐役の席として差し替えた。

「…まだ夜会は始まってもいないというのに、目立つ真似は控えてくださいまし」

「せっかくルミア様の隣でも恥じない装いにしてきたのです、準備してきたものはすべて使いますよ?」

「しかしあなたの場合、毎回…」

「それなら慣れていただかないと。あなたの前に出すぎないとは約束しましたが、隣にいるための手段なら無制限だと解釈しております」

「…うぬぬ…」

 悪びれない言葉に、唸るしかなかった。

 けれどラフィーがすぐそばにいるとわかった瞬間、夜会の冷たさに凍りついた喉の引っ掛かりが緩む。そうした自分の感情が『安堵』であることは、もう否定の余地はなかった。

(…あれは? 軍人、にしては装いが)

 足がかりができたところで、私たちは広間を見渡す。その最中、奥にいる男と目が合った。

 いや、合ったというよりも…先に値踏みされていたのに気付いた、と表現すべきか。

 アイアンブラックの短髪、彫りの深い目元、屈強な肩幅…華やかに取り繕われた夜会の中で、一人だけ正真正銘の戦に臨むような重圧を放っている。

 周囲の貴族も注意深く距離をとっているように、その立場の強さは明らかだった。

「ガガルド・ヴァルドマー・フォン・アイゼングラーフ様ですね。宮廷保守派の実力者、その苛烈さで畏れられている宰相です」

「…ラフィー、少し下がりなさい。狙いはわたくしだけ、とは言いがたいようですから」

 その男の視線は私一人だけでなく、隣に立つラフィーにも向けられていた。

 私はその目を知っている。あれは好奇ではなく、“利用価値”を推し量る人間特有の、効能や組み合わせだけを追求している冷たさだ。

 それは学園の庇護下にあった私たちにとって、あまりにも異質な温度だった。だからラフィーを一歩後ろに下がらせようとしたけれど、ガガルドと呼ばれた男は何も言ってくることはなかった。

 それから夜会名簿へ一度だけ視線を落とし、側近になにかを告げる。どうやらありがたいことに、こちらの顔を覚えたらしい。

「…まったく。あなたは目立ちすぎますわね」

「うふふ、ルミア様がそれをおっしゃるのですか?」

「…やぶ蛇でしたわ。ただ、警戒はしなさい」

「ええ、もちろん。向こうがわたしたちに興味を持つのなら、こちらも相手について調べないのは非礼ですよね」

「わたくしの話、聞いてましたの?」

 自分も見られていることを悟ったラフィーはいまだに不敵で、仕返しとばかりに情報収集のことを考えているみたいだった。

 夜会の開始にはまだ時間があるというのに、私の周囲で始まっている戦いに頭を抱えようとしたら、ラフィーの胸元で咲く一輪の白薔薇が目に映る。

 きれい。素直にそう思えた。そして私は、この白い無垢を守りたい。封蝋が放つ金色の無遠慮な光から、あるいはこの子の価値を知らずに値踏みする視線から。

 でも、一人で戦っても勝ち目はない…それがわかっただけでも、この夜会に来た意味はありそうだった。

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