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誇り高い悪役令嬢は冷たいのではなく、不器用なだけです 〜それを理解するのはライバル令嬢だけ〜  作者: 花田一郎
第2章:共闘の始動

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第15話「模擬裁定の予行演習」

 弁論教室に訪れると、その席順に特殊な意図を感じずにはいられない。

(会話のためではなく、“視線”のために作られている…こんな場所でも見せ物になるんですのね)

 ため息が漏れる。

 半円形にせり上がった座席、中央の発言台、左右へ分かれた意見席。討論のための教室だと言われたらその通りだけれど、実際にその配置を俯瞰してみると、誰がどこから見られ、どこで息を詰めるのかまで計算されているのがわかる。

 各机には採点表が置かれていて、項目は四つ。

 論理、構成、礼節、説得力…最後の一項目だけ、妙に字が濃い気がした。


「この演習では、正しさそのものだけでなく“正しく見せるための手つき”もまた成績に入るのを忘れないように」


 担当教官は出欠よりも先に言い、教室の空気に薄ら笑いが混じる。

 教官の言葉は冗談ではなく、むしろ“正しく見せられる人間こそ正義”という本音を知っているかのようで、お腹の奥がきゅっと小さくなるような感覚があった。


「では、今日の議題は“学園祭当日の来賓導線と一般生徒との通行規制”について。先日の来賓茶会のことも踏まえ、有意義な議論を願う…始め」


 一見すると華やかな催しを支える議題に見えるけれど、来賓茶会を思い出せばこの話し合いの意図もわかる。

(誰を優先して、誰に我慢をさせるか…こういう議論で犠牲になる人間なんて、分かり切っていますわ)

 学園祭での噂は簡単に外へ出ていく。それは先日の茶会のおかげで嫌というほどわかった。

 そして、どんな人が犠牲になるのかも。ゆえに私は綺麗事では済まさないと開始早々に決めつつ、意見席の左側に自分の名札を置いた。

 正面には同学年の令嬢や令息、後方には見学名目で上級生までいる。拍手の代わりに羽根ペンが紙を擦る音が響き、議論内容を採点表へ落とし込む準備は万全そうだった。

 ちなみに──どうでもいいですが──今日のラフィエラは反対側の席に座っていた。目が合うと、やっぱり微笑まれた。


「来賓の方々には、まず学園の活気をご覧いただくべきと考えます。導線を分けすぎるとせっかくのにぎわいが途切れて、閑散とした印象を与えかねませんもの」


 最初に発言したのは、華やかさを重視していると思わしき令嬢。

 彼女の柔らかい提案には小さな笑いと頷きが起こり、早々に反対しにくい空気へ変わる。

(聞き手の気分を先に撫でて、心地よい場にして主導権を握る…見掛け倒しですわね)

 それでも私の評価とは裏腹に、賛同するような意見が重なった。


「多少の混雑は祭りのうち、せっかくの特別な催しなのですから細かく止めるのはよくないでしょう。学園が外へと開く日なのですし、窮屈だと思われないようにすべきかと」


 次の令息の言葉が終わると、教官までもが満足そうに頷く。

 すでに論理の中身よりも、この場がほどよく温まり、滞りなく終わることを望んでいる顔だった。

 そんな中で、私の番が来る。

(教師を味方につけたとて、それが正しいわけではない…ならば、やるべきことは決まっていますわ)

 発言台の前へ立つと、視線が一斉に集まる。評価するための無遠慮な目が、針のように突き刺さった。

 私は採点表に何が書かれるのかをあえて無視し、堂々と口を開く。


「来賓導線と一般生徒の通行は、原則として分離すべきです」


 教室の空気が、冷やされた鉄のように引き締まる。

 ここまでは予想通り。あとは、私がヴァルドシュタインとしての責任を果たすだけ。


「温室、サロン、本館正面はいずれも滞留が起こりやすい。そこへ自由移動を許せば、転倒、接触、案内の錯綜が起きるでしょう。とくに下級生を補助へ回す以上、責任の所在を曖昧にしたまま混在させるべきではありません」


 来賓茶会で萎縮していた下級生の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。失敗そのものより、失敗を待っていたような視線に怯えていた子たちの顔だ。

 ならば、そうした問題が起こらないよう未然に防ぐまで。私は続ける。


「見栄えより先に安全を整えること。導線を絞る代わりに案内札と補助配置を増やすこと。必要なら一部展示の公開時刻をずらし、来賓滞在と一般生徒の動線を重ねないことを提案します」


 筋は通っている。下級生を守ることは、上級生や学園の品位を守ることにもつながる。

 そう思っていたのに、反対席の令息はすぐさま手を上げた。


「お言葉ですが、公開時刻をずらせば下級生の展示や出店への人目がなくなります。そこまで制限してでも整えるべきなのでしょうか」


 何たる愚問。

 口には出さず、すぐさま返事をした。


「その通り。見栄えを重視すると、事故や混乱が起きた際の損失が大きくなりますわ。華やかさというのは、安定した環境あってこそ。見られなかった不満はあとで埋められても、失敗の記録は残り続けるでしょう。未来ある下級生に、それを背負わせるべきではありません」


 けれど、言い終えた途端にわかってしまう。

 下級生を守るための理屈だったはずなのに、この教室では「結局は下級生の機会を切り捨てているのでは」と変換されていく。

 だからこそ拍手は起こらなかった。沈黙はどこまでも素直で、空気の温度は真冬のように冷え込んでいる。

 採点中の生徒が「厳しすぎる」と息を漏らした。私はそれを背に発言台を下り、次の人間へと場を渡す。

(…弱い立場の人間に失敗を押し付け、華やかさを取り繕う…それが貴族の為すべきことだというのですか?)

 言ったことは正しいのに、人は動かない。その事実は、慣れていたつもりでも胸を鈍く打った。


「先ほどのルミア様のご意見は、祭りを窮屈にするための規則ではありません」


 直後、反対側の席でラフィエラが静かに立ち上がる。

 その瞬間、肩がわずかにこわばった。助け舟だとわかるからこそ、ひりつく。

 今日も、“翻訳”をされる。この子は、いつでも隣へいようとする。


「たとえば導線を分けることも、来賓を特別扱いしたいからではなく、皆様の大切なご家族が安心して見に来て、そして笑顔で帰れるようにするための心配りです。こうした配慮こそが、責任感のある下級生の萎縮も防いでくれるでしょう」


 いつも通りの、聞き飽きた柔らかな声。

 だけど、柔らかいだけではない。この場にある意見すべてへ触れ、納得させたうえで黙らせようとする力があった。


「公開時刻を分ける案も“見せない”のではなく、“どの催しもきちんと見てもらう”ための順番づけです。それぞれの展示に機会を与え、案内役の負担も軽減できる…つまり、来賓にも在校生にも損をさせないための調整と考えるべきでしょう」


 周囲の様子を見るように、ラフィエラは一呼吸置く。

 誰かが頷き、採点の手を止める。私に反対していた令息ですら、言葉を控えて聞く姿勢になっていた。


「下級生の出店も、混乱を抑えて順番を整えたほうが評価されます。学園祭を守るためには、誰か一人に責任を押し付けずに済むことが大事…そしてそれは、華やかさを削ぐことと同義ではありません」


 ラフィエラが語ることで、主語が変わったのだ。

(…わたくしが言えば『規則』になる話でも、ラフィエラが置き換えれば『皆が困らない方法』に変わる…)

 それは届ける先が大きく異なる、まさに彼女の持つ『調停』の魔法みたいだった。

 教官が「結構」と言う頃には教室の空気はすっかり熱を取り戻し、それを讃えるように小さな拍手が鳴り響く。

 私の意見が採用されたとも言えるのに、胸の内側には屈辱だけが残った。


 *


 討論終了後、採点表が回収される。その脇を通りすぎた際に、自分の欄も見えた。

(論理と構成は高評価、礼節はまずまず、説得力は…手厳しいことで)

 わかりやすい結果に、乾いた笑いすら絞り出せなかった。

 視線をそらすと、次に見えてきたのは王太子側近と話す上級生たち。

 その低い声に耳を澄ませると、誰がよく頷いたか、誰が露骨に顔を歪めたか、そういった内容で名簿を作るかのように打ち合わせていた。

 その取り巻きたちは議論の勝ち負けには興味がないようで、『客席でよく響く声を持つ生徒』を見繕っているように感じられた。次の公開の場で、どこで拍手させ、どこで空気を傾けるかまで決めるつもりなのだろう。

(…あれは、ラフィエラの短評。『わかりやすい』『皆にとって有益な話にしてくれる』…ええ、その通りですわね)

 机の端に視線を戻すと、まだ回収されていない採点表が残っていた。

 そこに書かれていたラフィエラの短評は私とは真逆、それでいて的確な評価が下されていた。悔しくないといえば嘘になるけれど、真実を認めないほど狭量ではない。

 そしてその評価から、模擬裁定の公開演習について思うところがあった。

 あれは単なる授業ではなく、まずは観客を揃えるところから始まっていて…。


「ご不満そうですね、おひい様」


 ラフィエラの声が届く。授業中とは違い、今は無遠慮に隣に立っていた。

 ただ隣にいるだけでなく、採点表の控えまで作っているのが実にこの子らしい。

「不満なものですか…あと、その呼び方はやめなさい」

「これは失礼…では、屈辱を感じられていますか?」

 ぐ、とそんな声が漏れそうになる。

 代わりに沈黙を保ったら、ラフィエラは追い討ちまではせずに書類作成を継続した。

「ルミア様の意見、最初から最後まで正しかったです。声もきれいで揺らぎがなく、ハープのように美しい」

「ですが、あの拍手はあなたのものです。どれだけ正しくとも、美しくとも、勝者は常に一人…今回はあなたです」

「かもしれません」

 認めるんですのね、と少しだけ驚く。

 勝ち負けに執着していないように見えるラフィエラは、書類から顔を上げて私を見た。

「公開の場では、正しいかどうかと受け取ってもらえるかどうかが別なんです」

「言うようになりましたわね。勝者の余裕ですか?」

「ルミア様に『勝者』と言っていただけましたもの、ならば受け取らないわけにはまいりません。しかし」

 足は止めず、廊下へと向かう。ラフィエラも言葉を途切れさせず、後ろから問いかけるように続けていた。

「ルミア様が最初に戦ったからこそ、わたしは勝利を掴みました。あなたがいなければ、わたしの言葉は単なる八方美人で終わっていたでしょう…『正しい』と『取り繕う』は別物です。そして強さは前者に宿るのです。いつか勝利の美酒をあなたと交わせること、今も願っています」

「…お互い、お酒を飲める年齢ではないでしょうに」

 廊下に出ると、先ほどまで教室にいた人間たちがすでに別の話を始めている。

 誰の言い方がよかったか、誰が怖かったか…討論の内容は、そこに含まれない。

 ラフィエラがどう言ったとしても、あの場での私は負けていた。理屈では勝っていても、勝負としては負けている。

(…わたくしの言葉だけでは、勝てない。けれど、ラフィエラは簡単に勝利へと導いてしまう…)

 今日も助けられたという事実が全身に重くのしかかる。それに対してありがたいとは言えない自分が、ひどく矮小な存在に感じられた。

 教室の扉が閉まる直前、後方で王太子側近が何人かの名を呼ぶのが聞こえた。見学態度が優れていた者に、次回の公開演習でも前列を任せたい…そんな言葉に、私もラフィエラも振り返らなかった。見ずとも、それが拍手やざわめきすら選び取るための下準備だとわかったから。

 そのくせラフィエラは「お酒に酔ったルミア様、見てみたいです…」なんて能天気極まりないことをのたまっていて、私は「この女の前でだけはお酒を飲まないようにしよう」と固く誓った。

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