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誇り高い悪役令嬢は冷たいのではなく、不器用なだけです 〜それを理解するのはライバル令嬢だけ〜  作者: 花田一郎
第2章:共闘の始動

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第13話「学園祭の招待状」

 あんなことがあった翌朝の挨拶、これほど体裁に困るものはない。

(…あれほどはっきり拒んだとしても、教室に入れば同じ空間で過ごすことになる。自分が招いたこととはいえ、ままなりませんわ…)

 席の配置も、窓から入る光の角度も昨日のまま。それなのに、私とラフィエラの関係だけが変わってしまった気がして、「何も変わっておりません」という顔を作るのがひどく面倒だった。

 少しでもその空気に慣れるべく、席について教本を開く。すでに知っている情報の羅列は退屈で、頭の中にはオレンジ色の図書館に佇むあの女のシルエットが浮かんだ。


「おはようございます、ルミア様」


 シルエットが質量を持つように、ラフィエラが教室に入ってくる。単なる通りすがりを装うように、ごく普通の挨拶まで添えて。

 顔を上げる。彼女もまたいつも通りの制服姿で、挨拶もいつも通りの丁寧さ。そこに昨日の拒絶を引きずる様子は、まったく見えない。

 なかったことにしたい。それが昨日のことに対する私の本音だった。

 拒絶したことを撤回したいのではない。ただ、あの瞬間だけ切り取って消してしまいたい。そうとしか言えない自分の語彙力のなさに敗北感を覚える。

「……おはようございます」

 自分でもわかるほど硬い声で、返事をするしかなかった。

 平然としているラフィエラのせいで、逆に逃げ場を塞がれたように感じる。その姿は、いつも通りの厚かましさでこう語っているように見えたのだ…。


『なかったことにはしませんよ? これまでのわたしたちの積み重ね、そのすべてを』


 それでもラフィエラは追いすがることはなく、実際には何も言わずに自分の席に向かった。机へ鞄を置く所作まで見届ける私は、いつもより遠慮がちな距離の取り方がありがたい反面、落ち着かない。

(…腹立たしい。それがあなたのやり方なのですか、ラフィエラ)

 私と同じように教本を開くその姿へ勝手に苛立ちながら、少しでも早く授業が始まることを願っていた。


 *


「これより、学園祭来賓用招待状の仮配布をおこないます。名前を呼ばれたら取りに来てください」


 一限の前、担任が厚い封筒の束を抱えて教室に入ってくる。

 その要件を口にした瞬間、教室にいた生徒の多くが息を呑んだ。ざわめきに発展することはなくとも、空気がきゅっと細くなる。

(これがただの入場券であればよかったのですが、そうと信じる人のほうが少ないでしょうね)

 学園祭の招待状は、“誰を外に見せたいか”の宣言でもあった。

 封蝋の色と台紙の格で、家の立場や学園が与える面目が露骨に表へ出る。担任はそれに頓着しないふうで、ただ名前を呼び、一人ずつ封筒を渡していった。

 前列では受け取った令嬢が目を伏せたまま席に戻り、余計な勘繰りをされまいとしながらも、指先で封の色を確かめている。

 程なくして、私の名前も呼ばれる。

(…軽いのね)

 前に出て封筒を受け取る。その一瞬で、軽さが指先から全身へ伝わった。

 厚みではなく、扱いの軽さだ。

(白地に近い、どこかで見たような薄い台紙。封蝋の色までもが、水で薄められたような青…本当に使うとは)

 飾り罫と祝祭用の紋章が刷られているぶん、その薄さはいっそう惨めに見えた。仮配布、見本紙の再利用…そう言いたげな委員会の顔が浮かび、軽んじるにしてもやり方があるでしょうにと言いたくなる。

 それを目ざとく見届けた人間たちにより、教室の空気がまた揺れた。青はまだ「内輪へ入ってもいい」という色だけれど、ここまで白に近づいた紙を押し付けられる意味は明白だ。

(『外へ見せる価値なし』、そう言いたいのでしょう…ラフィエラ、あなたの言う通り委員会も信用には値しませんね)

 図書室で珍しく毒を吐いたラフィエラの横顔を思い出し、悔しくも同じ感想を抱いた。

 手のひらが妙なまでに冷えて、封筒は閉じたまま机に置かれる。

 それでも斜め後ろからは、遠慮を感じない囁きが聞こえた。


「本当に白に寄っているわ…委員会も小粋なことをなさるのね」

「でも、学園祭でまで…よいのでしょうか…」


 そこに含まれているのは私への侮蔑だけではない。少しばかりの安堵と納得、そして良識を捨て切れない疑問。

 私は前を向いたまま、何も聞こえなかった顔を装う。ここで弱さを見せれば、その時点で負けを認めたと思われるだろう。祭りの華やぎまで、誰かの序列を飾る額縁にされているのが腹立たしかった。

 昨日図書室で先に見本紙を見たことが、こうした冷静さにつながっているのだろうか。

 だとしても、あの女に礼は言わない。絶対に、言うものですか。

 ラフィエラも呼ばれて封筒を取りに行く姿を眺めつつ、私は忌々しさを込めた視線を投げつけておいた。


 *


 授業が終わると同時に、教室のあちこちで封筒が開かれ始める。

 その中身には、学園祭当日の来賓受付時間、担当区画、同伴可能人数の規定…そうした情報が入っている。

 色だけでなく、書かれた条件までも格付けの続きとなる。読む前から気が滅入った。

 もちろん逃げずに、しっかりとした手つきで封筒を開く。

(…同伴欄は最小限。担当区域は本館正面ではなく、北側回廊に近い控えの受付机…あくまでもわたくしを見せないおつもりで)

 少なくともそこは来賓を最初に迎える場所ではなく、表から少しずれた場所だ。露骨に存在を見せない配置に、陰謀まみれの茶会を思い出す。違いがあるとすれば、『仮に失敗しても目立ちにくい』という点くらいか。


「うふふ、わたしのおひい様が不作法に見られることがなさそうで安心しました」


 その声に、条件反射で封筒を伏せる。でも遅すぎたこともすぐに理解して、睨むようにそちらを振り返った。

「勝手に覗かないでくださる? 見るにしても、もう少し配慮が欲しいですわね」

「あら、覗きではありませんわ。私の担当表にも、同じ北側回廊の記載がありましたもの」

「……は?」

 そこで初めて、私はラフィエラの手元を見る。

 その封筒は私よりも濃い、ちゃんとした青が残っていた。けれど、それよりも目立つのは…開封済みの書類、そこに貼り付けられた付箋の数々。

「来賓対応補佐、記録兼進行補助、ルミア様の補佐役にふさわしい名誉です」

「…いつの間に仕込みましたの?」

「仕込むだなんて、人聞きが悪い。昨日の放課後、“必要になりそうなこと”を進めただけですよ?」

「な、なんと身勝手な…!」

 こともなさ気に抜き出して、学園祭委員会の補助配置届を見せてくる。

 担当者の欄にはたしかに私とラフィエラの名前が並び、その下には教員印まで押されていた。

 …揚げ句の果てに、聞き耳を立てていた一部の人間が「そういえば昨日、ラフィエラ様に詰め寄られて困っていた先生がいたような…」とか「アストレア様の目、マジですわ…」なんて囁くのが聞こえた。

 アストレアの名でそこまで押し通したのかと思うと、腹立たしさとは別の重みが胸に落ちる。私のために、とは認めたくないのに。

「あの見本を見たときから、必要になることは明白でした。それに…正式な申し立てとして受理されたのですよ? ルミア様は正規手続きであっても異議を唱えられるのですか?」

「…おぉ…!」

 呻く。情けない姿だとはわかっていても、声が出てしまう。

 書類に書かれた名目は『北側回廊は来賓導線が狭く、混雑時には記録係兼案内補佐を一名置ける。よって、円滑な案内のために立候補した』。規定上は何も文句が言えない。

 …なおかつ、すでに紋章は一息つくように熱を帯びているのが、余計に。

「すでにお伝えしたように、わたしは“勝手に”隣にいます。しかし今回は“正式な形で”隣に入らせていただきました。必要な場所に必要な人間が入る、それだけです」

「…よくも言いますわ…!」

 腹立たしい。こういうところだけ隙がないのが、輪をかけて。

 かといってここで私から取り消しを求めれば、自分の配置が不当だと言い立てることになる。そうすれば、『悪役令嬢のわがまま』として捉えられるだろう。

(…ラフィエラが隣にいれば、“必要とされない人間”とは見られにくい。なぜ、そうまでして…わたくしを追いますの…)

 もしも私一人であの席にいたら、目立たない場所で孤立させられる程度の人間と見なされる。

 けれど補佐役がいるだけで、“必要だからそこに配置された”という形は保たれる。その事実に思い至ると、少しだけ強がりができた。

「わたくしは、一人でもこなせます」

「存じております。ですが、“一人で十分”と“悪い条件を押し付けられる”は別物です」

 なにより、一人で十分なら二人いることで、もっと良い結果になりますもの…ラフィエラは、これ以上は言い返させないとばかりに笑った。

 本当に、言い返せない。ただ私に出来たのは、私を孤立へと誘っていた封筒の端を押さえることだけ。

 勝ち誇るように、ラフィエラはまた別の書類を差し出してきた。

「…来賓名簿の抜粋ですか?」

「ええ。家名や続柄もそうですが、同伴者のところもご覧ください」

 言われるがまま、そこを眺める。どの名前を見ても、肩が重くなりそうな相手ばかり。

「今年は保護者だけではありません。学園評議会に顔の利く家、王都の有力商会、後援寄付の大きい一族…外からいらっしゃる方が増えました」

 社交界で席次に口を出せる家、婚約話に余計な価値をつける家、噂を面白がって持ち帰る家。中には、王都で婦人茶会を主宰する家まである。

 ああいう場所は正式な夜会よりも、よほど早く話が広がるだろう。有閑の民ほど、学園内の噂を笑い話に仕立て上げ、“外”へと好んで運び出すのだ。

「学園祭は華やかな行事です。でも、それは外向けの体裁でもある。ここでついた噂は、席次や招待状の色と結びついて持ち出されるでしょう」

「…そして社交向けの言葉に翻訳されたら、否定する側のほうが無様に見える」

 ラフィエラの言わんとしていることが、手に取るようにわかる。だって私は、当事者なのだから。

「今回の件、学園の中だけでは終わらないでしょう。だからわたしは、あらぬ噂が流れ出す前に形を整えたいのです…アストレアの人間として、ヴァルドシュタイン様のお手伝いをしたい。それでもダメですか?」

 私の机の上には、まもなく白に塗りつぶされそうな招待状。

 その横には、ラフィエラが持ち込んだ教員印付きの補助配置届。

 その二枚が寄り添う様子は、『離れたくても制度によって離してもらえないつながり』に見えた。

 胸の奥で張っていたものが、ほんのわずかに緩む。それを自覚した瞬間、余計に腹が立った。

 私は諦めるように目を閉じ、せめてもの仕返しにわざとらしいため息をつく。

「…当日は、手際よくなさい」

「それは命令ですか?」

「いいえ、指示です。あなたはもう補佐役となった、ならばわたくしの指示に従っていただくまで」

「! 承りました!」

 これまでの小賢しいやり口を吹き飛ばすような、子供っぽい笑顔だった。

 たったそれだけのやりとりでも、昨日の拒絶した瞬間より胸の音がうるさくなる。

 またしても助けられたこと、それは腹立たしいままだけど。

 その腹立たしさは、『この子は間違いなく力になってくれる』という事実の裏返しだ。

 私は…だからこそ、助けられてしまう事実が憎らしい。

 せめてそんな自分の弱さに抗うように、制度によって決まった補佐役を今一度睨んでおいた。私の視線に込められた感情を無視するように、ラフィエラは恭しい礼をして見せた。

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