おまけのおまけ
「グレイ団長」
「サイモンか」
「先程、我が国とかの国の調印式が終了したようです」
「・・・そうか」
サイモンのその言葉に、グレイは空を見上げる。蒼穹と呼ぶにふさわしい青い空が視界一杯に広がった。
・・・あれから、どれくらい経過したのだろうか。グレイはその記憶が曖昧だった。きっと、傍に居るサイモンも同じだろう。それくらい、彼らは奔走し続けた。
国の英雄、イザベラは退団した後も、国の為に影から色々と行動していた。悪即斬とまでは行かずとも、彼女の行動によって自粛する貴族が増えたのは確かだった。
そこからグレイたちは徐々に勢力を削り落とし、もう二度と悪だくみできないようにしたのは王と一部の軍人、そして政府関係者だった。時間をかけて、本人にすら気取られない様に慎重に事をなすのは骨が折れた。
彼女の頼みとはいえ、流石に悪態をつきそうになったものだ。
「・・・ベラ、やっとお前のところに行けるな」
そういうグレイの目じりには皺が走っている。真っ黒だった髪も、所々白くなっている。しかし、それらはグレイの色気を増長させただけだった。未だに結婚していないグレイは、国内のご令嬢から町娘まで一度は夢見る相手の一人となっているのだ。
「一人では行かせませんからね、団長」
「ははっ、当たり前だろう。お前が居てくれたおかげで、ここまで来れたのだからな」
「当たり前でしょう、あの人の頼みなんですから、頑張りますよ」
サイモンは、あの後副団長の座まで上り詰めた。
イザベラ退団後、グレイが団長となり副団長の座は空席のままだったのだ。そこに行くために、サイモンは血反吐を吐くような訓練を行い、周囲に認められて副団長と相成った。
「しかし男ばかりで本当に夢の無い調印式でした・・・」
疲れたように言うのは、ここ数年で信頼を置ける部下となったゼノ。あのサヤカの同期だ。もちろん、サヤカの事は話してある。一物抱えたままで軍に居られても困るからだ。そしてゼノが考えた結果、彼はこうして軍の上層部にいる。
そもそも彼はイザベラに心酔していたからそこまで悩まなかったらしいが。
「殿下、いえ、陛下も大変そうでしたね。あんな面白くもないとこに数時間も拘束されて・・・、御いたわしい・・・!!」
「絶対思ってないですよね、先輩」
「そんなことはありません。前に一騎打ちで負けたからザマァなんて思ってないですよ」
柔和な笑みを浮かべながらどす黒い事を言うのはジャックだ。ゼノの二年ほど前に入団している。そして会話のネタになっている陛下ことアベルダインは、この国の王子でありながらイザベラに心酔して入団してきた経歴を持つ人物だ。
ここにいる誰もが、今のこの国を象徴する人物となっている。
すべては、イザベラという英雄に憧れてだ。
「それにしても、団長も本当に酷いです。正直嬲り殺したいくらいです」
「先輩。思ってても言ったらダメですよ」
「大丈夫、俺も前に同じこと思ってるから。団長マジ殴りたいって」
「本当ですか!?サイモンさんも!?まぁ、団長それだけのことしてますからね」
「・・・お前らに私を敬うという気持ちはないのか?」
「「「ありますけど、それとこれは別」」」
「・・・」
部下の余りの酷い言いように、グレイは心の中で涙を飲んだ。そしてイザベラに問いたくなった。どうやったらこんなに灰汁の強いのをまとめられるんだ、と。
「・・・とりあえず、陛下に時間が出来たらみんなで行こうか」
「やっとですか!!」
「やばいやばい、ここ数年で一番テンション上がる!!」
「ああああ、アベル早く終わらせてくれないかなー。早く行きたいーー」
「・・・お前らは、本当に・・・」
英雄イザベラ退役後、グレイが団長の座についた。彼はイザベラのやっていたことをそのまま引き継ぎ、国の為に精力的に尽くした。それに続くようにサイモン副団長、ジャック、ゼノ達若い軍人が台頭してきてさらに盤石なものとする。
王子だったアベルダインは、数年の軍役後に王として擁立されることが決定、そのまま皇太子となった。イザベラの意思を継ぐことを強く望んだ彼は、自身も国の基盤を強くするために尽力する。イザベラのお陰で大部分は削れたとはいえ、まだいたためだ。
息子の努力を買った王は、引退することを決め今は隠遁生活を送っている。そしてアベルダインは、即位し王となった。
そしてかつて十年戦争の相手となった他国と講和条約を結ぶことを決意。同様に他の国にも貿易条約を結ぶようにした。
それは、イザベラを始めとする数多の国民が望んだ世界だった。
***
「---ベラ、遅くなって悪かったな」
「・・・ここが」
そこは、小高い丘だった。王都が一望できるそこは、イザベラが生前、埋葬するならここがいいと望んだ場所。何もない、ただの丘。ただ一つだけ丸いそこらにあるような石がやけに目についた。それが、イザベラの墓石だった。
「っ、た、たいちょ、」
「イザベラ、団長・・・」
サイモン、ジャック、ゼノ、そしてアベルダインは、そこでようやくイザベラという英雄がこの世から去ったことを理解した。
話には聞いていた。分かっていた、だけれど。こうしてみると本当に自分たちが尊敬したその人がこの世から去ったことを痛感させられる。
「イザっべら、団長っ、おれ、俺ら、頑張ったんですよ・・・、団長が、守ってって、言った国、ここまでにしましたよ・・・!!」
「団長、団長、僕は、貴女に憧れて、ここまで来ました、やっと、やっとここまで・・・っ」
「~~~っ、ううぅ、」
「・・・イザベラ、団長・・・、貴女が居たから、ここまで、これた・・・っなたが、ここまでしてくれたから、私達は・・・!!」
四人はぼろぼろと涙をこぼしながら必死に話す。いっぱい、話したいことはあった。言いたいことも、聞きたいことも。でも、もう出来ないと理解してしまった。
グレイとサイモンが会いに行った一年後、イザベラは息を引き取っていた。グレイだけがそれを知り、そして埋葬した。四人が知ったのは、それから更に一年後のことだ。
そこから三年、彼らは頑張った。イザベラが誇れるような人になる為に。
「・・・お前らに、ベラから最後の手紙を預かっている」
「「「「!!!!」」」」
グレイは、ずっと懐にしまい続けた手紙を出した。まだ封の切られていないそれは、グレイすらまだ読んでいないものだ。
「---我が軍団員へ。
これを呼んでいる時には、既に私はこの世にはいないという事だろう。そして、君たちの頑張りのお陰でグレイがこれを開封してもいいと判断した、という風に取っておく。
そこにいるのは誰だろうか。グレイ、サイモン。アベルダインもいるのか?あぁ、ジャックにゼノも頑張っていたな。フローレンスはどうだろうか。テュールは、マリーネットは。
知っての通り、私は団長なんて座にいたが、生まれは平民で孤児だった。何の因果か、魔法使いとなって戦争に行き、覚醒した。君たちの事だからグレイから覚醒者の事は聞いていると断定しておこう。
苦しいことも、悲しいことも沢山あった。
私の敬愛するオリヴァ―隊長、ルーカス、アイザックがいなくなってからは国を壊してやろうかとすら考えたものだ。だが、それを止めたのはグレイで、留めてくれたのはお前たちだ。
私の愛する部下たち。
お前たちが暮らすこの国を、少しでも良くしたかった。私の元でそう思ってもらいたかった。・・・かなうなら、一緒に居たかった。
・・・っ、もうそれが叶わないことは、わかっている。だからといって、かつての私の行為を後悔はしない。だが、最後の軍令の君たちに出そう・・・、・・・っく、・・・」
「だ、だんちょう、なに、なんて」
「-----しあわせに、なりなさい」
グレイはそれを詰まる息で何とか吐きだす。一つ深呼吸をすると目頭に力を入れて続きを読んだ。
「幸せになりなさい、私の分までとは言わない。私は幸せだ。最後の最後に、ようやく覚醒を止められた。凍結させた感情を思い出せた。愛している、私の大切な人たち。
それを思い出せただけでも、私は自分の事を果報者だと思う。幸せになる為には、苦労も辛いことも知らねばならん。だから、感情と止めるな。苦しくても足掻けば、幸せを知る事が出来る。
最後に、私が我儘なことは知っていると思う。だから、国を良くしてくれ。沢山の幸せを作れるように。結果として二つも出してしまったが、ここまで来たお前たちであれば出来ると信じている。
慢心せずに、元気でやりなさい。
-----軍団団長 イザベラ」
「「「「---」」」」
誰も、言葉を発する事が出来なかった。
ただただ、流れる涙が熱かった。
長く一緒にいたわけではない。むしろ人生から考えれば短い方だ。それでも、かの人の思い出は色鮮やかに自分たちの記憶に残っている。
どれだけの苦痛と、苦労をあの人は背負ってきたのだろうか。最後は、一人になってまで奔走してくれたその人。
「~~~~~イザ、ベラだんちょおおっ、お、おれたち!!まだ、頑張りますからぁあっ!!だから、見守って、ください!!そんで、いつか!!褒めて下さい!!」
ゼノが、空を仰ぎながら必死にいう。死後の世界なんてあるかわからない。でも、それでも言わずには言われなかった。
ゼノの言葉に同意するかのように、涙に塗れた四人の表情は引き締まって行った。
のちに、この時代は黄金期と呼ばれるようになる。
賢王と名高いアベルダインは、隣国から嫁を娶り国同士の繋がりを更に強くする。貿易も軌道に乗り、豊かとなった国は栄華を極める事となる。
軍団団長であったグレイは、その座を部下のサイモンに譲った後、内政に関わりその手腕を振るう。しかし彼は生涯独身を貫いた。
新たに団長となったサイモンは、軍を増強するも国境警備や賊退治に精を出す。そんな矢先貴族の娘に一目ぼれをされ、見事貴族の仲間入りを果たした。
ジャックは副団長として就任するも、武官より政務官の方が向いていると言ってグレイの元につく。彼は外交においてその力を遺憾なく発揮した。しかし、彼は道半ばで病に伏し、早すぎる死を悼まれた。
ゼノは、武官として功績を上げた。彼は下を育てる能力に定評があり、尊敬される上官に常に名を上げられるようになる。彼の出した教本は後世長く使用された。
しかし、五人は揃いもそろって言った。自分たちがここまで来たのは、ある人のお陰だと。
実在したとされているが、その人の功績は水増しされているのではないかと言われる英雄、イザベラ。
十代前半で戦争に参加したと言われているが、今の国の状態から考えればまず嘘だろうと言われている。しかし、十年戦争を圧倒的な力をもってして終わらせたというのには信ぴょう性がある。魔法使いであった彼女は覚醒者だったとの記述が残っているためだ。
彼女は退役後も、国の為に奔走したと言われているが、真実は定かではない。英雄扱いした人々がねつ造したのではないかとも言われている。しかし、彼女の名は国内のみならず国外でも知られるほどに大きく強かったのは確かだろう。
彼女の名前のお陰で、国が黄金期を迎える事になったのは確かなのだ。そしてその立役者である五人はいついかなる時もその人を心に思い浮かべていたと記録されている。それが事実かどうかまでは、分からない。歴史とは事実を伝えるだけであってその人の心情まで伝えるものではない。
「----これがおおよそ百年前の事だ。五人に関しての文献は多いが、英雄と呼ばれたイザベラの記録は少ししかない。理由は不明だが、もし彼女の功績がねつ造されたものであればそれも納得がいくという専門家もいる。---あぁ、もうこんな時間か。今日はここまで」
***
ざぁ、と風が吹き抜ける。
その小高い丘は、いつだって変わることなくその国を見守るようにそこにあり続けた。
「ベラ、私は、ずっとお前に言いたかったことがある」
グレイはイザベラの好きだった酒を片手にゆっくりと話し始めた。年のせいか、視界は霞むし、節々も痛い。真っ黒だった髪は今では真っ白だ。剥げていない分ましなのだろうが。
手を見れば、皺が目立つ老人の手となっていた。苦労が染み出ている手だが、グレイは誇らしく思った。きっと、イザベラも同じように言ってくれるだろうと思って。
「・・・ジャックは、逝ってしまった。アベルは王として頑張っている。サイモンも団長として風格が出てきた、ゼノは教えるのが上手でな。今では先生と慕われているよ」
石の近くに咲いていた花が風に揺られている。
「---ベラ。
今更だと、君は言うのかもしれない。でもやっと、言える。
私はな、ベラ、君の事が、ずっと――――」