Ⅱ
カシウスが叫び、身をすくめる。
カツン! ドサリ。
乾いた音を立てて、私たちの真ん中に——円のちょうど中心に、いくつかの物体が落下してきた。
埃が舞い散る中、私たちは一斉にそこへ視線を注ぐ。
そこに転がっていたのは、頑丈な革で作られた大きな水袋と、油紙に包まれた塊だった。
「水……? それに、食料か!?」
カシウスの目がギラリと光る。彼は立ち上がり、足をもつれさせながら中央へ駆け寄った。
リヴィアもまた、目を輝かせてその後に続く。
「まあ! カシウス様、助かりましたわ! 悪魔め、余興のつもりか知りませんけれど、わたくしたちに降参したのですわね!」
「ふん、当然だ! 余を飢え死にさせれば、アウレリアヌス王国が黙っていないことくらい、悪魔とて理解したのだろう!」
カシウスは威勢よく言い放ち、落ちてきた物資を引っつかんだ。
そして、油紙を雑に破り捨てる。中から現れたのは、硬く焼かれた保存用のパンと、塩漬けの干し肉だった。
「よし! これで飢えは凌げる! おい、フェリクス、水袋の栓を開けろ!」
「は、はいっ! ただいま!」
フェリクスが這い寄り、震える手で水袋を受け取る。
だが、その時。
私は上空から落ちてきた物資の「数」を、正確にカウントしていた。
油紙の包みは、三つ。
革の水袋も、三つ。
そう。
ここにいる人間は、四人。
しかし、届いた物資は——どう見ても「三人分」しかなかった。
どこからともなく、低く、ねっとりとした嘲笑が耳元で響いたような気がした。
姿は見えない。だが、遥か上空の暗闇から、あの悪魔の視線が私たちを注視しているのをはっきりと感じた。
『足りない時はどうする?』
悪魔の声が脳内に直接届いたのか、それとも幻聴か。
カシウスたちには聞こえていないようだった。だが、カシウスもまた、手元にある物資の数に気づいたらしい。動きがピタリと止まる。
「む……? なんだこれは。パンが……三つしかないぞ? 水袋も三つだ」
カシウスの言葉に、空間の空気があっという間に凍りついた。
三つ。
四人の人間。
深く狭い、脱出不能の井戸の底。
救助がいつ来るかも分からず、あるいは永遠に来ないかもしれない閉鎖環境。
「三つ……? そんな、数が合いませんわ、カシウス様……」
リヴィアの声から、先ほどまでのあざとい甘やかしが消え、露骨な焦燥が滲み出た。彼女の視線が、瞬時に私とフェリクスを往復する。
「……ふん、まあいい。数が足りないなら仕方がないではないか」
カシウスは鼻で笑うと、当然のような顔でパンの包みと水袋を二つずつ抱え込んだ。
「余は二人分いただく。王族であり、この中で最も高貴な余が体力を維持することは、国家的な命題だからな。そして、もう一人分は……余を支える愛しいリヴィアの分だ。これで三つ。完璧な分配ではないか」
あまりにも堂々とした横領。
カシウスは自分とリヴィアの分として、三人分の物資をすべて独占しようとしたのだ。
「カ、カシウス様……? あの、僕たちの分は……?」
フェリクスが消え入りそうな声で尋ねる。涙ぐんだ目でカシウスを見上げる様子は、哀れそのものだった。
「頭が高いぞフェリクス! 雑用係の貴様が余と同じ食事を摂ろうなどと、おこがましいにもほどがある! 貴様は余たちが助かるまで、唾でも飲んで耐えていれば良いのだ! それとも何か、余に餓死しろとでも言うつもりか!?」
「ひっ……! いいえ! そんな、滅相もありません……!」
フェリクスは即座に頭を床に擦り付け、身体を小さく丸めた。
そして、カシウスの冷酷な視線が、今度は私へと向けられる。
「アウレリア。お前も文句はあるまいな? 日頃から余に冷淡で、妻としての勤めも果たさず、挙句の果てに余をこのような目に遭わせた元凶のお前だ。食糧を与えられないのは自業自得というもの。まあ、もしお前が今ここで余の足にキスをし、今までの不遜を心から謝罪し、リヴィアの下僕になると誓うなら……そうだな、リヴィアのパンの端切れくらいは分けてやっても良いぞ?」
カシウスは嫌らしい笑みを浮かべ、つま先を私の方へ突き出した。
リヴィアもまた、カシウスの背後でフッと口元を歪め、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
私の胸の奥で、冷たく黒い歓喜の感情が渦を巻いた。
カシウス。あなたは本当に、救いようのない愚か者だ。
そしてリヴィア、あなたも自分の置かれた立場を何も理解していない。
ここは、王宮ではない。
兵士も、召使いも、あなたの威光を恐れる貴族たちもいない。
権力という背景を失った裸の人間が四人、狭い穴の底に転がされているだけなのだ。
この状況下において、食糧という絶対的な資源を奪い、二人を完全に敵に回すことが、どれほど愚かな「選択」か。
悪魔が投げ込んできたのは、単なる食料ではない。
これは——互いの猜疑心を煽り、欲望を剥き出しにさせ、内部から崩壊させるための「毒」だ。
そして私は、その毒を最も効果的に煽り立て、相手を地獄の底へ叩き落とす術を知っている。
「……分かりました、カシウス様」
私はゆっくりと立ち上がった。
ドレスの裾をエレガントに整え、完璧な淑女の微笑みを仮面のように貼り付ける。
「おっしゃる通りですわ。高貴なカシウス様と、可憐なリヴィア様が優先されるのは、あるべき姿かもしれません」
「ふん、最初からそう言えば良いのだ。物分かりが良いのはお前の唯一の長所だな」
カシウスは満足そうに鼻を鳴らし、水袋の栓を抜こうとした。
だが、私は心の中で、静かにカウントダウンを始めていた。
三人分の水と食料。
四人の愚者。
底の抜けた井戸の中で繰り広げられる、醜くも苛烈な生き残り劇。
カシウス、リヴィア。
あなたたちが私に与えてきた数々の侮辱、見下した視線、そしてこの理不尽な現状。
すべて、返して差し上げますわ。
あなたたちが自分たちの手でその喉を締め上げ、乞い願い、絶望に身をよじるその瞬間まで——私は、じっくりと楽しませていただきます。
私の目の奥に宿る冷酷な光に、誰もまだ、気づいてはいなかった。




