第四十話-蛇・卑弥呼
遅れましたが、四十話です!
とうとう戦いが始まります。
回想シーンが長かったのはご了承願うしかありません…
時は現代、場所は火上へと移る。城下町では、朝早くから市場の店主が、火上あたりでは珍しい高級魚のマグロを包丁で捌きながら呼び込みをしていた。この世界のマグロはひと際大きく、人間よりも一回り以上も巨大だ。
その横では肉屋が新鮮な肉を並べ、宝飾店が美しい石を飾り付けるなど、幅広い品出しが行われており、城下町は朝とは思えないほどの賑わいを見せていた。
その空気とは裏腹に、城の中では蚊の羽音も許さぬほど静寂に包まれており、灯りもないので薄暗い部屋に、たった一人の女性が座っている。
彼女はこの火山地帯を統べる「姫様」であり、国中から畏怖される戦国の姫。その姿は、まるで神を降ろす巫女のようであり、同時に国を支配する絶対的な権力者でもあった。
まとっているのは、呪術的な気品を漂わせる白と真紅の絢爛な和装。
清浄な白の小袖の上に、地熱で煮え立つマグマを思わせる鮮烈な朱色の羽織を重ねている。豊かに波打つ黒髪はかんざしで妖艶にまとめられ、首元にはこの火山地帯の奥深くで採掘されたという、大ぶりの黒曜石の勾玉が怪しい光を放っていた。
片手には、金の台紙に炎の模様が描かれた大きな扇。
彼女が静かに扇で顔の半分を覆うと、隙間から覗く瞳が火山の火口のように怪しく、冷たくきらめいた。その圧倒的なオーラは、彼女がただの人間ではないことすら予感させる。
「さっさと姿を見せい、忍者よ」
彼女がそう促すと、いつのまにか一人の男が壁にもたれかかっていた。七大技王トーナメントで地田に敗北した男・高橋である。
高橋は一歩前に出ると、そのまま左へ向いて一歩ずつ彼女のもとへ歩く。
「蛇姫、調査が済みました」
高橋は遠くを見るようにして続ける。
「まず、新たな七大技王・杉山連枝が今火前にいます。近いうちに、火中、火上を攻め込むつもりです。敵戦力は七大技王と紅蓮の息子蒼蓮。それに、使えそうな家臣が三人…いえ四人でしょうか」
「で?勝算はあるのですか?」高橋は姫の方を向いて問う。残念ながら、顔を扇で隠していて、目や額しか見ることは叶わない。
「愚問よな。もう良い、下がって良いぞ」
高橋はそれを聞いて、噛み付くように言った。
「それはできませんよ姫、まだ報酬を頂いておりません。渡して頂かないと困ります」
「妾は下がれと申した」姫は高橋の言葉に耳も貸さず、もう一度命令した。
その行動に、高橋はいよいよ頭にきたと、彼女の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「良い加減にしてもらえないでしょうか。もらえないのであれば私も、貴方を殺してしまいそうです」
「ふん、人間風情が意気込みよって」腕で吊されても変わらずの態度で蛇は話す。
「まるで、あなたが人間では無いような言い方をされますね、蛇・卑弥呼」
高橋の挑発的な言葉に表情は一切変わらず、重たい声で言葉を放つ。
「手を離せ、阿呆」
「ここまでしても尚平然としている。ならば、手を下すしかあるまいな」
高橋は掴んだ手で卑弥呼を後ろへ投げ飛ばす。卑弥呼は宙に浮いたまま隙だらけになった。
「後悔するんだな」
懐に手を伸ばすと、くないを取り出す。以前の戦いで学んだのか、接近することなく、その場でくないを卑弥呼めがけて投げ飛ばした。
その瞬間、卑弥呼の右腕が得体もしれぬ形に変化したかと思えば、まさに竜の顔のように変形してくないを飲み込む。
肘の関節を境に、腕は膨れ上がって、先端には竜の頭がついている。緑色の鱗が竜の胴体を覆う。龍頭に目をやると、血で染まったような赤い目に、その竜すら生きているように、大きな鼻が膨張と収縮を繰り返している。くないを飲み込んだ口は、その気になれば人ひとり飲み込むことさえ可能なほど大きく開いている。
高橋は忍者の勘からか、今すぐにでもこの場からいなくなることが最善だとすぐに判断した。しかし、得体の知れない化け物に足がすくみ、後ろへ一歩踏み出せばすぐに逃げられるはずが、その一歩を踏み出せなかった。
「な、なんです……!?それはあぁ!?」高橋は恐怖のあまり、声を荒げた。
「貴様は妾の逆鱗に触れたのよ」
卑弥呼はそう言い残すと、右腕を、まるで馬に鞭でも打つように動かすと、電気が走ったように竜が即座に突進した。
高橋の悲鳴の後に聞こえたのは、潰されるような、擦り切れるような音。竜が主人の元に戻ってくるように蛇の元へ行くと、高橋のと思われる痛々しい血飛沫だけが畳に染み込んでいた。薄暗いせいで、血痕がより濃く目に映った。
「何事ですか!」
突然襖が大きく開き、卑弥呼は咄嗟に振り返る。開いた襖から姿を見せたのは、絵に鏑矢を背負った平凡な雑兵。
「すまんね、少しはしゃいでしまったよ。忍者の伝言で、今日にでも攻め込むのが吉だと分かった。屈辱を晴らそう。全ての兵に、火前に攻めるよう伝えよ」卑弥呼は、いや、この得体の知れぬ化け物は、何事もなかったかのように、顔を扇で隠して姫を装った。
「あ、はい…!了解であります!」
男はそう言って襖を閉めずに走り出すが、直ぐに立ち止まって、他に用でもあるのかもう一度顔を見せてきた。
「そういえば姫、最近何かありましたでしょうか?」
卑弥呼(?)はぴくりと震えた。
「以前はもっと慎重な方だと思っておりましたが……い、いえ申し訳ございません。勿論、無用の考えと存じますとも」男は無意識のうちに本音を漏らしたかと思えば、すぐに自分を遜って、場を収めようとする。
「うむ、安心せい。汝の無礼を許そう。妾も少し、無茶が過ぎた。今後は気をつけよう」そう言って卑弥呼は扇の後ろでにっこりと微笑む。さっきの恐ろしい姿とは全く違って、柔らかい笑顔を見せつけた。
それを見て肩の荷が降りたのか、男も「ありがとうございます」と頭を深々と下げた後、また走り去っていった。
「ギャハハーーッ!!!」
卑弥呼は微笑んだ顔をさらに、口角を大きく釣り上げて甲高い笑い声を上げた。聴くだけでも鳥肌が立つような気味の悪い高音。扇で隠された口は、人間には無い骨すら噛みきれそうな牙が生えていた。
この火山地帯で、卑弥呼が何者なのかを彼女自身を除いて、最も知っているのは一度決戦を挑んだことのある、藤山秀真だろう。
場面は、火山地帯をたった一人で駆け抜ける秀真へと移る――。
――そろそろ着く頃だな。
私なりに覚悟してきたつもりだが、いざ戦うとなると手が震えてきたな。それもそうか。まさか蛇軍にあんな化け物が隠されていたとは知らなかったからな。
透を逃がしてから二週間後、私は紅蓮の指示通り、大軍を引き連れて火上に進軍した。しかし、そこで見たのはまさに神話の化け物だった。
――いや、あれは神話の化け物とは違う。だが、まさかあそこまでだったとは……。
火前の主将・蛇は、西国最北の“冬嵐”国より南方に位置し、絶神海にも面している“覇州”国と同盟を結んでいる。
覇州は昔から気と念の研究が盛んだったが、最近は食物から一転して動物と人間の融合実験が進んでいた。そして、覇州は火上に、実験体を同盟を結んだ記念品として送った。それがまさかあの七本の首を持つ蛇…?いや竜だ。
火上に近づくにつれて、秀真の表情はシュッと引き閉まり、同時に緊張から冷や汗をかき始めた。
あの時、私は化け物に兵を率いて猛攻したが、七つの首は手強く、結局勝つことはなかった。死を覚悟したが、間一髪のところで山口に助けられて、火前に逃げ帰った。
しかし逃げ帰ったところで、紅蓮殿に死罪にされるのだろうと固唾を呑んだが、紅蓮は突然の病に倒れ、その後すぐにお亡くなりになり、私が処罰されることはなかった。
秀真は火上にどんどんと近づいていく。やがて、男は遥か左に見えた光景にどきりと震えた。
なんとすでに、火上の兵たちは火中の山を登り切ろうとし、そのまま火中の外輪の縁を通って火前に上から攻めようとしているのではと仮定をつける。
まずい!早く皆に知らせなければ、大惨事に…。
――いいや、これはチャンスだ……!
秀真の考えが一転する。
今の火上は手薄。これならあの化け物と一対一でやりあえるはずだ。そして私が勝てば…。
秀真は少し悩んだ末に、そのまま直行すると結論づけて、馬に鞭を打った。
夕暮れどき、やっとのことで、秀真は火上へと到着した。少し高いところから、遠くの街を見下ろしている。
秀真は馬から飛び降りると、馬の頬へ手をやった。
「一等馬には感謝しかないな。朝から晩まで休む間もなく走ってくれたのだから。あとは私に任せてここで待っておれ」優しく褒めるようにして頬を撫でてやった。
「ヒヒーン!」一等馬も力強い鳴き声で答えてくれる。
秀真は崖から飛び降りると外壁を滑るようにして着地した。数歩ほど前へ歩いた後、気を解放させる。
――気極の衣。
気に陽極と陰極の概念を作り出す衣。
一般的な気はすべて、磁性に引かれる『鉄』も同然となる。敵の放つ気を強烈な引力で吸い寄せ、その軌道を歪め、さらに、衣の陰陽に触れ続けた敵の気は一時的に陰陽の気へと磁化する。
腕を伸ばすと、片腕に陽気、もう片方に陰気を纏わせる。手の先には普通の気を溜めた。
「気極砲!」
その叫びと共に胸の辺りから大量の気を押し出して、手の先に溜めた気弾に衝突させた。
凄まじい音が響くと同時に、気弾は真正面の街にある、火上の城へと飛んでいった。
「何か来る……っ!」城の中にいた卑弥呼はすぐに立ち上がった。
次の瞬間、大きな爆発音があたりに響くと、城の下にいた民衆は咄嗟に、街の中心にある城へ目を向けた。
気弾が城にぶつかった衝撃で、城を築いていた石や土が街に降り注ぐと、民衆は城から離れようと我先に逃げ出した。
「何事だ!」と雑兵の男が叫ぶ。
突然の強襲に、城の中にいた武士らは城から慌てて外へ飛び出し、城の様子を確認した。
「んぬっ……!!」
そこには、城の上部が全て破壊され、上が大きな空洞となってしまった蛇城があった。
「くそ火前の奴らめ、もう攻めてきおったというのか」
武士らが愚図愚図と状況判断に手間をとっている間に、秀真は火上の街の中に足を踏み込んでいた。
「だ、誰だ貴様!まさか、この攻撃の正体は貴様か!?」
「そうだ」相手に威圧するように言ってやる。
五十代ぐらいのその雑兵は、一瞬の逡巡の後、「あいつを殺せぇぇっ!」と命令を下し、武士らは一斉に刀を抜いて向かってくる。
武士は先ほどの進軍でほどんど残っておらず、城の崩壊で生き残ったのも含めて、そこには百人未満の武士しか立っていない。
秀真は鞘から刀を抜き、右肩の上に刀を構えた。
地面にヒビが入るほど力強く左足で踏み切ると、瞬きの間に、その雑兵に肉薄していた。雑兵も流石に戦国の世を生き残った強者か、あと少しのところで男の刀が邪魔をする。
「やるな、某以外はもう死んでしまったか?」
この雑兵、相当の手練れのようだな…。私の斬撃を目で追えるとは。
刀と刀が交差したまま停滞している中、周りの武士たちが突然ばたりと倒れた。首が転がり、断面から血がシャワーのように吹き出した。いましがた私が放った斬撃の結果がこれだ。
だが、そんなことはどうでも良いぐらいに、今はこの男を殺すことに集中せねばと悟る。
刀の持ち手を上に立てるようにして相手の刀を滑らせると、そのまま刀を横に構えて斬り込む。だが、相手も流石で、気をフル回転させて後方へ下がった。
「くそ、これ以上の戦いは時間を食い過ぎる。一気に決めるぞ!」
再び気極の衣を纏わせようとした時、雑兵の男の後ろから、声が響いた。
「待ちな」
妖艶さの漂う整った面に、その鮮烈さとどこか不気味さを合わせ持った装いは、十二年前と変わらず、同じ女性を浮かべた。しかし、何かが違っていた。
――卑弥呼!?だが何故あの化け物を連れていない!?
「ひ、姫!?何故おいでになられたのですか!?」
雑兵は真っ先に彼女の元へと駆け寄る。
「よくぞ戦ってくれた。あとは休むが良い」
「何を仰るか!ここは拙者が時間を稼ぎます上、姫はあの兵器を呼び起こしてくだされ!」
その時、秀真の脳裏にわずかな違和感が走った。男が“兵器”という言葉を放った瞬間、卑弥呼の気がほんの少しだけ漏れ出した。
前の卑弥呼は気を操ることはできず、あの生物兵器に頼り切りだったが、気を操れるようになったというのか?
違和感の正体を突き止めようと考えていた時、頭に生物兵器と戦っていた時の記憶が蘇った。
「そこの男、逃げろぉぉ!その女は、卑弥呼ではない!!」
秀真の裂かんばかりの絶叫に、二人は咄嗟にこちらを振り返った。
やったぁここからやっと戦えるぜえ。
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