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第四十一話-念合獣

第四十一話です。どうぞ!

 突然、切羽詰まったように叫ぶ声が辺りに響いた一瞬の間のあと、ようやく状況を整理したか、雑兵(ぞうひょう)が頭に血を上らせて噛み付かんばかりに口を開いた。


 「な、何を申すか!貴様!」歳のいった雑兵(ぞうひょう)が怒鳴る。


 「その化け物はお主の知る卑弥呼などではないと申したのだ!」秀真(ひでまさ)は再び叫びながらもその視線は雑兵の右にいる女に釘付けだった。目を離したらどうなるか、火を見るよりも明らかだった。


 「ええい撤回しろ!この方が、(それがし)の主殿をおいて誰だと申すのだ!」


 「よく見ろ!その女を」


 秀真(ひでまさ)がそう促すと、男は目線を卑弥呼の方へとずらした。以前と変わらない洗練された衣装は、確かに彼女を卑弥呼であると認識させる。だが、肌が白い。普通では考えられぬほど、肌が白かった。


 さらに秀真(ひでまさ)には、もう一つの確信があった。


 ――思い出したぞ。この場に現れた直後、奴が口を開きかけたあの瞬間だ。


 ほんの一瞬、顔を覆う扇がわずかに下がり、その奥に潜む景色が秀真の網膜(もうまく)に焼き付いていた。そこにあったのは、およそ人間のものとは思えない光景だった。


 「その化け物の扇を外して、口元を見てみろ!」


 秀真のただならぬ視線と、主の異様な肌の白さに、雑兵の背中には冷たい汗が伝う。男はゴクリと唾を飲み込むと、震える声を絞り出した。


 「ひ、姫……。恐れながら、その扇を外して、口元を見せてはくださりませぬか……?」


 卑弥呼(?)の瞳が、冷徹(れいてつ)に雑兵を見下ろす。


 「無礼であろう。(わらわ)に命令するつもりか。下がれと言うに」


 低く響く声は静かだが、有無を言わせぬ拒絶が込められていた。


 しかし、一度生じた疑念はもう消せない。雑兵(ぞうひょう)は自らの不敬に歯をガタガタと震わせながらも、疑いを晴らしたい一心で、必死に床へ頭を擦りつけた。


 「滅相(めっそう)もございません!な、なればこそ……この火前の者の妄言(もうげん)を打ち砕き、(それがし)の疑いを晴らすため、どうか……どうか一度だけで結構にございます!その口元を……っ!」


 張り詰めた静寂が、城内の薄暗闇を支配する。


 やがて、目の前の「姫」だったものは、とうとう諦めたように小さく息を漏らした。


 「ふん……愚かな人間め」


 彼女はニヒルに、(いびつ)に唇を釣り上げた。


 ゆっくりと金の扇が下ろされる。露わ(あら)になったその口内には、人間の白い歯などどこにもなく、肉を裂き骨すら噛み砕く、ぎちぎちに狂い生えた(おぞ)ましい牙が並んでいた。


 雑兵が恐怖で息を呑む暇さえ、奴は与えなかった。


 「――ギ、ギギ、ギャァアアアアハハハハハッ!!」


 狂ったような甲高い笑い声が、地鳴りのような猛々しい咆哮(ほうこう)へと変化していく。


 それは、秀真(ひでまさ)が十二年前に目撃した、覇州(はしゅう)国が産み出した最悪の生物兵器の覚醒だった。


 引き裂かれた衣服の奥から現れたのは、人間離れした屈強な肉体だ。胸筋や腹筋が鋼のように幾重(いくえ)にも浮き出た巨大な胴体。地面に深く爪を立てる四肢は、城の石垣をも容易く踏み砕くほど太く頑強に発達している。胴体だけでも二メートルぐらいは下るまい。その背後からは、硬質な緑の鱗に覆われた太い尾が、意思を持つ(むち)のように畳を激しく叩いていた。


 そして、何より悍ましいのは、その一本の胴体から、うねるように生え伸びた七つの巨大な首だった。


 中央の首は、鋭い眼光で秀真を睨みつけ、人間など骨ごと噛み砕くであろう凶悪な牙を剥き出しにしている。それを囲むようにして生えた残りの六本の首は、まるで生き物のようにそれぞれが独自の意思で(うごめ)き、天を仰いで(あぎと)を大きく開き、あるいは左右へと首を振って周囲を激しく威嚇していた。それぞれの首の頭部には、竜の証である猛々しい角が二本ずつ天へと突き刺さるように生え揃っている。


 「な……なんだ、これは……ッ!?」


 先ほどまで秀真(ひでまさ)と刃を交えていた手練れの雑兵(ぞうひょう)が、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


 かつて秀真(ひでまさ)の兵を全滅させ、死の恐怖を植え付けた怪物が、今、破壊された城の残骸(ざんがい)の中で、七つの口から同時に生々しい熱気を吐き出しながら完全にその姿を現した。


 「ギャハハハハ、我が名は七岐大蛇(しちまたのおろち)――覇州(はしゅう)国にて作られし“念合獣(ねんごうじゅう)”の一体だ」


 ――念合獣(ねんごうじゅう)


 念の研究の賜物(たまもの)として造られた、動物を対象に人間、または他の生物を融合させて新たな生物のことを言うが、まさか覇州(はしゅう)にはこんな化け物がゾロゾロいると言うのか…?秀真(ひでまさ)の背に、冷たい電流が走った。


 「ひ、卑弥呼様……?そうだ!本物の姫はどこへやったと申すか!」


 「卑弥呼?ああ、あの女か。育ちも良かったのだろう、美味しく頂かせてもらった」


 残酷にも姫が怪物に食べられた事実に、雑兵(ぞうひょう)は悲鳴も上げられず頬に涙を伝わせた。


 「正体を見破るとは実に見事だ。だが見破ったところで何も変わらぬ。貴様らは死ぬのだ」


 「シューゥゥゥ」


 中央の首の、蒸気を噴き出す大釜のような深い鼻息が、争う前の警告のように響く。その(おぞ)ましさに、二人の全身に鳥肌が立った。


 「まずは貴様だ!!」


 そう言って七岐大蛇(しちまたのおろち)は真っ直ぐに雑兵へと肉薄し、中央の首で噛みついた。間一髪、秀真(ひでまさ)が男を抱えてそのまま攻撃を回避し、地面に転がる。


 「な、なぜ助けた……?」雑兵が咄嗟(とっさ)秀真(ひでまさ)に問うた。


 「そんなことはどうでもいいはず、お主は逃げるのだ!」


 「敵に守られたままみすみす逃げろと申すか!そのような恥ずかしみを受けるくらいならば、この身、あの化け物に喰われた方がましよ!」


 秀真は立ち上がって再び口を開く。


 「いや、一度完全に戦意を失った者は、もう二度と、立ち向かうことは出来ない」


 男は一瞬の葛藤(かっとう)の末、立ち上がり刀を構えた。


 「戦意など、失ってたまるか。(それがし)が長年仕えた(おろち)一族の姫様である卑弥呼様は、私にとって娘のような存在だった。その方が、あの化け物に殺されたとあれば、仇を取るまで。恐怖などあるものか、あるのは延々と込み上がる怒りだけよ!」


 その怒声を聞いた瞬間、秀真の唇が不敵に吊り上がった。


 「――ふっ、言うではないか、老兵」


 秀真は右肩の刀を握り直し、一歩、大蛇の方へと踏み出す。その全身から、先ほど城を吹き飛ばした以上の濃密な気が、柱のように天に向かって伸び上がり、夕闇(ゆうやみ)を切り裂いて鮮烈な輝きを放った。


 「気が変わった。お主のその怒り、私の背中で預かろう。あの化け物の首をすべて叩き斬るまで、死んでも刃を折るなよ!」


 「御意……! 火前(かぜん)の武者殿、背後は任せたぞ!」


 老いた雑兵の目に、かつて国を護るために戦場を駆けた全盛期の鋭さが戻る。


 二人の人間の身から放たれる圧倒的な闘気と殺気が、うねる七岐大蛇の七つの首を真っ向から押し返した。



 「シューゥゥゥゥ!」


 大蛇が、耳障りな羽虫をせせら笑うかのように、すべての口から同時に悍ましい咆哮(ほうこう)を放つ。


 「行くぞ!!」


 秀真の号令とともに、二人の影が地面を爆裂させて同時に跳んだ。


 二人は怪物・七岐大蛇を討ち果たすべく、今、二本の刃が、狂い踊る牙の嵐へと突き進む――。

次回は、雑兵と秀真が共同で七岐大蛇と戦う一方で、火前の連枝らと、何も知らない火上の兵が刻一刻と近づいています。

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