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第三十九話-残月に愛子を隠して

定期テスト前に書いたよ!

最悪だよ!勉強できなかったよ!

* * * * * * * * * * * * * *


 いつからだろう――息子()とまともに話せなくなったのは……


 息子を紅蓮様のところへ連れて行ったあの出来事から、何か予期せぬ運命の歯車が動き出してしまったのではないかと、私は心の奥底で静かに怯えていた。


 息子に異能が開花していたことに気づいてしまった時にはもう遅かったんだろう。あまつさえ、私はそれを公表してしまった張本人。紅蓮様が透に行った厳しい訓練を、私は見守ることしかできなかった。


 長い月日が流れた。とうとう私は、息子の表情さえ気まずくて見られないぐらいに状況は悪化していった。


 私はどうすれば良いかと毎日、昼夜問わず思考を巡らせたが、ついに満足のいく答えには辿り着かなかった。



* * * * * * * * * * * * * *


 火前を奪ってから、初めての「火上国進軍軍議」が行われた。透の姿がないこと以外は、火前奪取前と座る位置はあまり変わらなく、十二の針に郷田、時計回りに山口、父、千歳の構成で座っている。部屋内はピリついた空気が充満していた。


※左右の男たちはそのまま書くとわかりづらいので、先に名前を名義しておきます。


 「火前を蛇軍から奪取したのは良いが、まさかここまで土地が悪いとは……」


 「蛇の奴らは火上が本拠地ですからな。火前の整備は後回しにしていたのでしょう。代わりに、温泉の開発だけは積極的に行っていたようだ」


 山口と千歳が顔を見合わせて話している。二人の苦しげな表情を見て、私も顔を俯かせた。


 「山口よ、民の管理は其方に任せていたが、調子はどうだ?」


 私は不意に右側を向いて、山口に話しかけた。


 「もちろんでございます。新たに源泉を掘り当てました上、百姓たちが無制限に浸かることのできる温泉にしました。おかげで、民の信頼も確固たるものになりましたぞ」


 山口は一礼しながらそう告げる。


 「ご苦労であったな。山口は引き続き、源泉の確保と、民の掌握に努めてくれ」


 私はほんの少し安堵した声で言った。


 物申すように千歳が手を挙げる。


 「火上を攻めるにしても、来年が好機かと…」


 全員の目線が千歳に集まった。


 「今は十一月上旬。火前を奪ってまだ一年も過ぎておりません。“気”を使うことで火山灰などからの復興はすでに終了しておりますが、時季にこの地域では冬の寒波がやってきます。そんな状況下で民に戦わせるなど愚策も過ぎます。決行は翌年の春。雪が完全に解け切った時がよろしいでしょう」


 「うむ。私も賛成だ。郷田殿はよろしいでしょうか」


 郷田に同意を求めた。


 全員が郷田に視線を集めて一拍おくと、突然郷田の口が歯をむき出しにして、口角を大きく吊り上げた。


 濁った目に、今にも飛びかかってきそうな恐ろしい表情に、三人は鼓動をどくんと大きく鳴らした。


 「来年…?そうだな、それがいい。ただ、それでは時間がかかりすぎる。我は勝てる戦いにそんな長い時間を費やす気はないぞ」


 郷田の言葉に待ったをかけるが如く、山口が声を張った。


 「な、何をおっしゃいますか!勝てる戦いですと……?蛇軍には恐ろしい生物兵器がいるという情報も入っております!今戦っても勝つ見込みがどこにありますか!?それよりも……」


 「勝算はあるではないかぁぁっ?」


 山口の言葉を遮るように、郷田はそう言ってまた続ける。


 「透を連れていくだけで、状況は一変するだろう」


 「もうおやめくだされ!!」


 ――し、しまった……!


 とうとう、心の中の気持ちが無意識に溢れ出てしまった。


 青ざめた表情で、そのまま硬直してしまった。それを見て郷田は嘲笑い出す。


 「とうとう本性を表したか秀真よ。おっと安心しろ。私は貴様を叛逆の罪で処罰するつもりはない」


 その言葉に、私の表情は少しだけ和らいだ。


 「我は透の異能を用いれば、蛇軍をたった一日で一網打尽にできると確信している。これまでの訓練で、やつの異様なまでの成長力からそう判断した」


 深く息を吐いてから、落ち着いて口を開いた。


 「しかし……、殿は知っているはずでございます。異能には、若くしてその力を振るいすぎると、身体が異常に反応して、その身を滅ぼしてしまう。それを知っていてなぜ?」


 「――異能中毒、そんなもの承知の上だ。それでも我は、子供一人の犠牲を払ってでも蛇軍を倒したいのだよ。きっと透も、ますますの国の発展の歯車になれて本望だろうさ」


 その言葉を聞くやいなや、過酷な訓練を強いられ、苦しんでいる透の光景が私の頭の中に浮かんだ。


 「いいえ、透はそんなこと、一度も思ったことはないでしょう」


 敵を見るように鋭い眼差しを郷田に見せた。


 「そうだな、このままだと透は二十にならぬうちに死んでしまうかもしれない。それが本望じゃないと息子が感じている…そう思うなら父である貴様が救うべきだろう。だが、透の代わりは全て貴様がやることになるがな、秀真」


 私はその挑発的な発言に、歯を食いしばりながら、聞いていることしかできなかった。


 「ふん、まあいい。火上進軍の決行日は再来週ごろ。その前には決心づけておくことだな」


 郷田はそう言い残すとスッと立ち上がって、後ろを振り返るとそのまま直進して襖の向こうへと消えていった。




* * * * * * * * * * * * * *


 十二年前の惨劇……。今思うと、情けない話だ。自分が不甲斐ないばかりに、息子を地獄に突き落とすような真似をしてしまったのだからな。


 ()は腰に一本の刀を挿して馬に跨り、たった一人火山地帯を走り抜けている。天狗山から朝日が顔を出して、嘲笑するようにその騎馬兵を照らしている。


 ――もし、私がこの戦で生き残ったなら、全身全霊で謝罪したい。そして、もし許されるのであれば……この情けない私の死を、どうか見届けてほしい。



* * * * * * * * * * * * * *


 私は会議が終わった日の夜、ゆっくりと自分の屋敷に足を運ぶと、玄関から中に入った。下駄を脱いで畳の上に乗り、歩いてすぐの突き当たりを左に曲がる。最初に目にしたのは、部屋の真ん中のテーブルに置いてある、暗闇を強調するように灯りを放つ行燈。そして、右側にポツンと正座している透の姿。


 ゆっくりと透に近づいていく。


 「父上……、戻られましたか」


 透の全身には、ところどころ傷跡が痛々しく残り、赤い衣は血が滲んでいるかのような気持ち悪さがあった。目には隈がかかり、このごろ眠れていないことが(うかが)える。


 「ちょうどよかった透。身体の傷が早く癒える薬を新しく作ってな。飲んでおけ」


 そう言って私は懐から折り畳んだ紙を取り出して透に投げた。


 透はそれを両手で受け取る。


 それを見た私はそのまま奥の襖から向こうへといなくなろうと足を踏み出した。


 「父上!」


 襖をちょうど開こうとした瞬間、透が私を呼び止めた。私はゆっくりと振り返る。


 「どうした」


 「あ、あの……!その…、あ、ありがとうござい…ます……」


 透は声を詰まらせるが、蚊の鳴くような声で、それでも精一杯言葉を絞り出した。


 私はそれに胸がぎゅーっと締め付けられる感覚に襲われ、思わず歯を食いしばって、また後ろへ振り返った。


 「今日は早く寝ておけ」


 私はそれだけを言い残して襖から部屋を抜ける。


 自分の部屋に入ると付書院の前で腰を下ろし、紙を付書院(つけしょいん)の上に置いて、筆に墨汁をつけた。それと共に、窓から溢れた月の光を灯りにして、ゆっくりと筆を動かした。


 ああ、これできっと全てが終わる。少々手荒ではあるが、これで確実に透だけは生き残れるだろう。


 これをして、私が今後まともに生きていけるかはわからない。即刻処罰されてしまうかもしれんな。それでも、お前が生きてくれれば私は本望なんだ。


 透よ。どうか、一生この国には戻らないでくれ。戦いから一線離れた普通の生活を送ってくれ。お前が一番辛い時に、何の力にもなってあげられないこの情けない父親だが、本当にお前のことを愛しているよ。


 ――今までありがとう。


 私は筆を置いて顔を上げ、窓から月を眺めると、左頬から伝うように、涙が自然とこぼれ落ちてきた。慌てて、袖で頬を拭い、スッと立ち上がる。


 襖から透の部屋に戻ると、透はぐっすりと寝込んでいた。それを見て安堵したように微笑む。


 「睡眠薬が効いたな」


 私は右角に置いてある、透が移動時によく使用していたバッグの中に、透の服と、件の手紙を詰め込んだ。そして、一ヶ月は何とか持つであろう額のお金を詰め込んで、眠っている透を腕に抱き、バッグと共に外へ運び出した。


 玄関から出ると、すでに手配しておいた御者に、透とそのバッグを一緒に預けた。


 「東の比較的安全な国へ連れていってくれ。お願いできるか」


 「わかりました」


 「それと、息子が目覚めて、もしあなたに質問してきたら、バッグの中を確認しろと伝えてやってほしい」


「了解しました。それでは」


 そう言って御者の男は馬車に乗り、手綱を強く引いた。静まり返った夜の空気に、パチィンと鋭い音が響き渡る。


 蹄の音が夜闇を叩き、車輪が砂利を噛む重い音が、静かに、しかし確実に私から透を遠ざけていく。勢いよく走り出した馬車は、月明かりに照らされた一本道を、まるで吸い込まれるように東へと進んでいった。


 私はただ立ち尽くし、小さくなっていくその影を、瞬きさえ忘れて見つめ続けた。


 車輪の軋み。遠ざかる蹄の音。


 それらが一つ、また一つと夜の静寂に溶けて消えていくたびに、私の胸のうちはぽっかりと、取り返しのつかない巨大な空洞に蝕まれていくようだった。


 もう、あの頼りない「ありがとう」の声を聴くこともない。傷だらけの細い背中を見て、胸を痛めることもない。すべてを遠い異国へ、私や郷田、他の者の手の届かない安全な場所へと送り出したのだ。


 「……元気でな、透」


 完全に音が途絶えた暗闇の向こうへ、届くはずのない言葉あぽつりと漏れ出した。

 冷たい夜風が吹き抜け、硫黄の蒸気が、私の頬に残った涙の跡をちりちりと乾かしていく。



* * * * * * * * * * * * * *

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