第三十七話-昔から今へ、異能と過ごした二十二年
やっと作り終えました。本当は月曜に投稿する予定でしたが、
切りよく終えられなかったので少し長引いてしまいました。
第三十七話ですどうぞ!
周囲はその光景にただ愕然とし、震えた瞼で扇と幼子を見比べていた。透は動揺しながら、扇を見下ろしている。
「大丈夫か!透!」
父の声に思わず、声の方へ振り返って「は、はい」と適当に返事をした。
「それよりも、これをお前がやったのか」
「いや、えっとぉ…」
藤山はひきつった笑みを浮かべながら、上体をのけぞらせる。そのまま隠れるように、扇の方へと目を逸らした。
なんで扇が床に落ちているんだ?あの状況、間違いなく扇は僕の額に直撃していたと言うのに。僕が気を操ったから…?いや、そんなことをした覚えはない。第一、父上はああ言っていたが、僕自体は気なんか操れないし。
そうか!郷田殿が当たる直前に気を解いてくれたんだ。
藤山は閃いたように顔を上げ、郷田に向かって力強く平伏する。
「あ、ありがとうございます!当たる直前に気を止めてくださるとは」
郷田の方へ周囲の視線が集まった。
「そう言うことでしたか?しかし、私とて焦りましたぞ!」父は肩を落として言った。
藤山は顔を上げて、覗き込むようにして郷田の顔を見つめると、完全に目が合ってしまった。郷田は目を大きく開き、真っ直ぐにこちらを見つめている。
一体…何でこんなに見つめられてるの?僕、変なこと言ったかな…?
オドオドとする藤山をよそに、郷田の左頬を、一滴の冷や汗が畳に流れ落ちた。
「殿、どうかされましたか?」左の男が声をかける。
「小僧、どうやら貴様の実力は本物のようだな」
郷田はそう言って、鋭い目と不敵な表情を見せつけてくる。
「どう言う意味でしょうか」藤山が問う。
「確かに我は扇が貴様に当たる直前、別に気弾を飛ばして守ってやることもできた。しかし、そんな事をせずとも、貴様はその扇を防いだ。それも、不思議なことに、私の気を上書きしてな」
周りの人に、一気に動揺が走った。
「普通、気同士が衝突すれば爆風は避けられない。しかしこいつは爆風を出さずに扇の勢いを完璧に押さえ込んだ。こいつは扇が激突する寸前に我の気をそれに勝る気で上書きしたに違いないのだ」
「しかし、この者は一度も身体に扇など当たっていなかった。それに気の上書きなど、並の武士が使えるものではありません。まして、こんな子供が」右の男が食いつくように声を出した。
「生物には公平に気というものが存在する。気が無くなれば生物は死に至る。気は天命に直結し、それはまた、天命も同じこと。気は魂同様、目には見えんが確かに身体中に漂っている。扇は確かに貴様の体には触れなかったが、代わりに、貴様の気に触れたんだ。透よ、感じるんだ。貴様の周りで流れる気の波動を」
藤山は郷田の言葉に、一瞬身体がどくりと震えた。
感じるったって、どうすれば良いかわからないよ…肉眼では見えないって言ってたし…耳で気の音でも聞けっていうのか?
そもそも、五感で感じられるものなのだろうか。――よし、一旦全ての五感を閉じてみよう。まずは試すしかないんだ。
藤山はそう考えると目を閉じて、息も身体の微細な情報も全て遮断した。
「やはり此奴、驚くほど筋が良い」郷田は心の中で声を出す。真剣な表情のまま、藤山から目が離せずにいた。
郷田殿のお言葉を思い出せ、重要そうなのは――気の波動。気は魂であり、魂は気なんだ。ならば気は、この肉体のように、思い通りに動かせるもの。
気も肉体と同様に、脳からの電気信号で動くとしたら…肉体はその電気信号を流すのに神経細胞を必要とする場合、気に必要なのは魂、つまりは強い意思。――意思を、魂の波動として気に呼応するんだ!
次の瞬間、藤山を中心に、凄まじい気が旋回し始めた。
周囲は思わず立ち上がり、後退りする。襖は風に乗ってガタガタと音を立てて揺れた。
少しすると風が止み、周囲は額を守っていた腕を下ろす。藤山が目を開いてまず見えたのは、険しい表情を浮かべた三人と、ただ一人大きな笑みを浮かべて大きく笑う郷田だった。
「いや見事見事!ここまでの才能を私は見たことがないわ。気を制御するには大抵、二年以上の修行が必要だが、まさか一瞬にして気を制御してしまうとは。恐るべし!そこで秀真、貴様に問うが、此奴に気以外で訓練をさせたことはあるか?」
「いえ、一度も。まずは基礎の戦術や勉学に力を注いでおります」
「ますます面白い。鍛錬せずとも、この気の総量を有しているとは…まさか異能でも開花しているというのだろうか」
郷田は続けて「冗談冗談!」とまた大きく笑うが、父は身体を震わせたまま声を出した。
「いや、その可能性があるかもしれません…」
全員が父に目線を移す。
「異能を持つ人の中に昔、驚くほど勘を鋭くする力を持つ者がおりました。透は養子ですが、もしかしたらその血を継いでいるのかもしれません。その異能の名は――天才…でございます」
「ほほう、“天才”か。少々安直な名前だがよかろう」
郷田は藤山に鋭い眼差しを向けて続けた。
「普通の武将なら、ガキが異能を持っていたとて、それを信じて託すことなど絶対にしない。しかし、我は貴様に賭ける。貴様のその異能に我々の運命を託してみよう。この地域では不定期に火山が起こるのだが、次の火山はいつ来る!」
郷田はそう声を張って、藤山に詰め寄ってくる。郷田の目線は、謎の期待と、自信に満ち溢れていた。藤山は無意識の内に、上体を後ろに逸らし、全身に鳥肌を立てる。
「待ってください!そんなこと、当てられませんよ!?」と藤山。
「て、天才という確証もございません!」と父。
「どうか落ち着いてください!」と右にいる男。
周りは郷田を止めるが、郷田は押し通すように続けた。
「いいや答えろ!我らは今、西天狗から、火前を侵略しようと考えているが、天狗山から金鉱は依然見つからず、我が戦力は凄まじく乏しい。西天狗から火前に侵略するためには火山の噴火が必須だ。全ては貴様にかかっている。読め!火山が噴火する時を!」
藤山は、凄まじい緊張からか頭が働かず、口は開いてまま塞がらなかった。藤山は苦境を浮かべたまま俯いた。
「……一年後の三月三日」
藤山は自分の声に驚愕する。
なんで!?今僕は、自分で口を動かしたんじゃない。勝手に口が動いて、そう言ったんだ…
藤山は両手で口を覆う。
「ほ、本当なのか、透!?」父は藤山の肩に手を乗せて、顔の前でそう叫ぶ。
「わ、わからない…です」藤山は目元を真っ赤に腫れさせながら、蚊の音ほど小さい声で絞り出した。
湯気の中でじっと目を閉じている藤山の語りは、静かに、そして重く、運命のあの日へと進んでいく。
* * * * * * * * * * * * * *
月日は残酷なほど速く流れ、ついにその日――一年後の三月三日が訪れた。
火前の空は朝からどんよりと曇り、いつも以上に濃い硫黄の匂いが立ち込めていた。当時、火前を支配していたのは獰猛なる敵、蛇軍。
圧倒的な戦力差を前に、郷田軍は手出しもできず、誰もが固唾をのんで天を仰いでいた。
幼い藤山は、自分の言葉が外れる恐怖と、当たってしまった時の恐怖の狭間で、押し潰されそうになりながら震えていた。
そして正午。大地が、まるで底から引き裂かれるような轟音を立てて激しく身震いした。
――ドォォォォン!!
火中の大火山が真っ赤なマグマを天高く吹き上げた。燃え盛る火山灰が太陽を覆い隠し、地を這う火砕流が火前の街へと押し寄せる。
この完璧すぎる天災の到来に、油断しきっていた蛇軍は完全にパニックに陥った。
その中を、さらに郷田軍が火矢を放って攻める。蛇軍は陣形を整える余裕すらなく、彼らはただ命からがら、隣国である火上へと逃げ惑うように敗走していった。
郷田軍の火前奪取。戦況をたった一言で覆した透は、一躍、軍の未来を救った“英雄”として祭り上げられた。兵たちは幼い彼を囲み、神を称えるかのように歓声をあげる。父もまた、涙を流して息子の無事を喜び、その才能を誇った。
誰もが勝利の宴に酔いしれる中、透はふと、上座に座る郷田と目が合った。
周囲の歓声が、その瞬間だけ遠のいた気がした。
郷田の顔には、いつもの豪快な笑みはなかった。その双眸は、まるで見たこともない冷徹な深海のように濁り、透を人間ではなく、ただの便利な道具として値踏みするような、恐ろしい光を宿している。
「次はいつだ? 次はどこを攻めれば、我らは勝てる?」
言葉にせずとも、その鋭い眼差しが透の肌をチクチクと刺すように語りかけていた。天才の異能を確信した郷田は、この日を境に、透を戦略兵器として見るようになったのだ。
「……あの日から、俺は郷田殿から、まるで兵器のようにみられることになっちまった。あの人の目は、日に日に恐ろしくなっていったんだ」
藤山の声は、立ち上る硫黄の湯気の中に消え入るように響いた。
杉本は胸までお湯に浸かったまま、言葉を失っていた。普段は冷静沈着な藤山が、これほどまでに重く、暗い過去を一人で抱え込んできたのか。火前の熱い湯が、今はどこか冷たく感じられるほどだった。
藤山は湯面を見つめたまま、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「そして……その日は突然やってきたんだ。俺が十になる頃、すべてが終わりを迎えたあの日がな」
藤山が再び静かに目を閉じると、湯気が大きく揺らぎ、二人の視界を白く染め上げていく。時間はふたたび、残酷な過去の記憶へと引き戻されていった。
* * * * * * * * * * * * * *
予言の日以来、幼い藤山の日常は、文字通り“地獄”へと変わった。
郷田の指揮の下、気の訓練と軍略の勉強が、休む間もなく藤山の小さな身体に叩き込まれた。
それは成長を促すための教育などではなく、ただ戦略兵器としての性能を限界まで引き出すための調教に感じた。日に日に険しさを増す郷田のしごきと、過度な期待。
藤山が体調を崩そうが、気を暴走させて倒れようが、周囲の大人たちは誰一人として助けの手を差し伸べなかった。
「こいつは天才だ。きっとまた奇跡が起こる」
向けられる眼差しはどれも、人間を見るものではなかった。ただ役立つかどうかを見極めるだけの、冷徹で現金な恐ろしい目。
そんな日々が続くうち、藤山の心は徐々に磨り減り、息をするのさえ苦しいほどの絶望が彼を支配していった。いつしか、藤山の心の支えであった父の秀真さえも、腫れ物にさわるような目で自分を見るようになっていた。
そうして迎えた、運命の日の朝。
藤山が目を覚ますと、そこはいつも眠っているはずの、宿舎の布団の上ではなかった。
ガタゴトと不規則に揺れる振動。板壁の隙間から差し込む、微かな朝の光。自分が走る馬車の中に寝かされているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「ここは……?」
身体を起こすと、傍らには見覚えのある自分の黒いバッグがひとつ、ぽつんと置かれていた。前を見ると、馬の手綱を引く一人の男が背中越しに座ってるのが見える。
「ここはどこですか?父上は!?皆んなは!?」
藤山は焦った様子で、口早に男に問う。声は戦慄に近く、所々裏返った。
「秀真様は、透様が起きたらバッグの中を確認して欲しいと言っておりましたな」
男は余所余所しい声で、低く伝える。
藤山は食いつくようにバッグの中を確認すると、わずかな着替えの衣服と、子供がしばらく路頭に迷わない程度にはなるだろう、決して多くはない数枚の硬貨。
どんどんと物を出していくと、その衣服の間に、一枚の白い手紙が挟まれていた。
震える手で紙を広げる。そこには、見慣れた固く冷たい筆跡で、たった一言だけが記されていた。
『もう二度と帰ってくるな』
その文字の横に添えられていたのは、他でもない――藤山秀真、という父の名前だけだった。
なぜ捨てられたのか。天才の力が恐ろしくなったのか、あるいは郷田の狂気から自分を遠ざけるための、父なりの歪んだ慈悲だったのか。理由は何も書かれていなかった。
ただ分かっているのは、自分を縛り付けていたはずの「藤山」という家からも、故郷からも、文字通り一瞬にしてすべてを拒絶され、追い出されたという冷酷な事実だけだった。
馬車は藤山の涙も絶望も置き去りにしたまま、見知らぬ土地へ向かって、ただただ走り続けていた。
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