第三十六話-天才の呪縛
三十六話です。ここから藤山の過去をどんどん振り返っていきます。
そう考えると、戦うシーンって、もっと先になっちゃうかも…
その後、どんよりした空気感から、会話は一向に進まず、時間だけが過ぎていった。
夕暮れ時、連枝はひとまず近くの温泉宿に泊まる。武将には一人一部屋与えられる豪華な対応。
美しく敷かれた畳に、目の前にはぺたんこの布団。壁には布団をしまうための押し入れがあり、床の間の掛け軸には赤々と燃え上がる火山の絵が描かれ、その下には生花が飾られている。
杉本は深いため息と共に布団の方へ身を投げる。
まさか、藤山に父さんがいたなんてな。それもなんか嫌な雰囲気だったし。あいつそんなこと一度も言ってこなかったじゃねえか。っけ、今更俺に内緒事かよ。
それに、藤山の父さんは当然として、他の二人も途中から勘づいてたし、郷田に関しては勘づくの遅えし。最後まで分かんなかったのは俺と出井だけかよ!
杉本はくるりと体をよじると、天井を見上げる。
いや違うか…あいつは別に言いたくないから言わなかったんじゃない。言うタイミングじゃなかったんだろうな。きっと。
杉本は目の上に右腕を持ってきて、目に覆い被せる。
今日は寝よう。明日になったらなんかわかるかもだし、今わざわざ知る必要もない。
杉本は自分に言い聞かせるように横になり、無理やり目を閉じる。
それでもモヤモヤに耐えられなかった杉本は、暴れ出すように起き上がって部屋を飛び出した。
一拍過ぎた頃には、温泉の出入り口から裸の杉本が現れる。
「一度入ってみたかったんだよな、温泉!これで少しは気が楽になるだろう!」
杉本は揚々と声を張ると、真っ直ぐに湯のそばまで足を運ぶ。
硫黄の濃い香りと、黄金の泉のような美しさを兼ね備えた湯につい見惚れそうになっていたが、ふと、先に湯に浸かっている男に目がいった。
次の瞬間、杉本は驚愕する。男がこっちを振り向くと、目に映ったのは藤山だった。
「透っ!」「翔!」声が重なる。
何故このタイミングで透、お前がいんだよ。めっちゃ気まずいじゃん!…あ、それは向こうもか…もうなんか冷や汗止まんねえし暑いし、この場を穏便に沈めるには俺が出た方がいいよな…
杉本は出入り口の方へ体を回すと、藤山の方を振り返り、頭の横に掌を掲げた。
「なんか俺、ちょっとぉ…今日は風呂、遠慮しとくわ!硫黄で酔っちまったかな!?あはは、あはは」
杉本は不器用すぎるくらい下手くそな嘘をつくと、苦しげに笑ってから向き直す。
逃げるように歩き出したその時。「待て」と後ろから声がした。
杉本はビクッとして、恐る恐る振り返ってみせると、藤山はため息を吐く。
「良いから入れよ」藤山はこちらに向けて手招きをした。
「あ、ああ」杉本は言われるがまま、ゆっくりとお湯につかる。
何だってこんな状況になってんの!?何で透は普通に、俺を湯に浸からせたわけ!?
杉本は混乱しながらも、必死に平然を装った。そのおかげか、心の方も落ち着いて来た。
それにしても透は落ち着いてんな。あの時は親父に対して怒りの感情爆発させてたくせに。透にとって親父は苦い思い出ってわけじゃなかったのか?
「な、なあ透。ここの温泉ってめっちゃ良いな」
藤山の本音を聞こうとして口を開くが、結局は平凡な質問を投げてしまった。
「良いよそう言うの。知りたいんだろ、俺の昔の話」
その言葉に、一瞬ビクッとなる。
さすが透、勘が鋭いな…
「…ああ」
藤山はそれを聞くと微笑して、視線を山にずらした。
「あれは俺が当時、まだ物心も付いてないような時の話だ…」
硫黄の湯気が二人の間を遮るように揺れた。
* * * * * * * * * * * * * *
藤山は真っ暗な通路を、秀真に手を引かれて、ひっそりとした板張りを軋ませながらズカズカと進んでいく。
※藤山秀真を例外はありますが、父や親父、父上で統一させていただきます。
藤山は今よりも半分くらいの背しかなく、ずっと幼い顔つきをしていた。
服は郷田が着ていたものをそのままサイズを合わせたようで、板張りの隙間に度々引っかかる。
父は構わず進んでいき、突き当たりの襖の前で立ち止まる。
スーッと襖が父の手によって開かれて、藤山が中を覗くと、三人の男が座っていた。
両端に座る二人は連枝が部屋に入った時に父の隣にいた二人の若かりし姿だ。
右にいる男が口を開く。
「遅かったな、藤山」
父は部屋に足を踏み入れるとすぐに平伏した。真似するように藤山も土下座する。
「お許しくだされ。なにぶん、息子を連れている故、どうしても到着が遅れてしまいました」
「まあ良い。顔を上げろ」
そう促されると、二人はスッと顔を持ち上げて真っ直ぐに殿を見つめる。
郷田紅蓮…父上から聞いていた通り背は父上より低いけど、首が太いな。目も凄い尖ってるし、赤い羽衣がよく似合ってる。
「おい小僧。名を申してみよ」
それを聞いて藤山は一瞬ビクッとする。
「わ、私は藤山透と申します。紅蓮様のお話は以前、父から聞かされていました。お目にかかれて光栄です」震えた声で答えた。
「ほう、透と申すか」
「この子が、先日話した通り、幼くして気を操るのです」
秀真がそういうと、郷田は探るような目で、透を見つめ出した。
透はそれにまたびくりと体を震わせる。
「こんな子供がか?」左に座る男が疑問を吐く。
それを聞いた郷田は「試してみるか」とだけいい、懐から折り畳まれた扇子を取り出すと、気を込める。
「何を!」父が止めようとするが、構わず郷田は藤山に扇子を投げる。
扇子は真っ直ぐに藤山に近づいてくる。逃げることのできない藤山は頭の中で思考を巡らせた。
何で僕、扇子投げられて。どうすればいい?弾けるか…こんな速度で飛んでくる物体を。無理だ、僕なんかじゃ…まずい…何も動けない…おでこに扇子が当たる…
藤山は身構えるように目を瞑った。
――だが、いつまで待っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開くと、扇子は自分の足元に、ぽつんと落ちていた。
どうでしたか。次回は、どうやって弾いたかを話すところからスタートします。
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