第三十五話-藤山の過去➀
昨日は部活の大会があったことにより投稿できませんでした。
言い訳くさくて申し訳ございませんが、とりあえず全速力で作らせていただきました。
第三十五話です。
連枝率いる杉山軍の騎馬兵らは、龍ノ津に生える熱帯特有の森林など諸共せず、目的地に向かって力一杯に進む。
杉本が前、藤山が右、郷田が左で三角形の隊形になって走り、その後ろを他の武士が追いかける。
「それにしても凄いな、この馬。こんな蔓が生い茂ってようが足場が悪かろうが関係なく進みやがる」郷田は自分が跨っている馬を見つめて不思議そうに言った。
三人が跨る馬は周りとは一風変わり、毛の一本一本から湧き立つように気を放っている。
「馬も訓練すると、気を扱うようになるんだよ。気を操る馬は 一等馬って言って、速度も馬力も段違いさ」藤山が満足げに答えた。
森の奥で、馬の無機質な足音でもかき消えないぐらい、鳥の甲高い鳴き声が響き渡った。
「痛って!」突然、一人の武士が声を荒げてそう叫んだ。
三人は思わず背後を確認する。隊列の後方付近、左手を胸に寄せて馬の上で蹲っている一人の武士を見つけた。
「蜂に刺されちまった…!」男は震えた声でそう言った。
「何してんだ、すぐその腕切り落とせ!」
「全身に毒回ったら死ぬぞ」
周りの武士たちがそう促すと、痛みを我慢しながらも右手で鞘から刀を抜き、刺された右腕を肘関節から切り離した。
「うっがあぁぁっ!」
武士の悲鳴があたりに響いた。武士は瞼を滲ませつつも、懐から青い布切れを取り出して左肘にギュッと巻きつける。
その光景を遠くから目の当たりにした三人は、目を鋭くさせて前を向き直した。
「蜂か…蜂の毒はとにかく強力だからな、あの兵の判断は正しい」郷田が乾いた声で言う。
「どうすんだよ、蜂がいるんだし道変えるか?」杉本は藤山を振り返って質問を投げかけた。
「いや、もうすぐ森は抜ける。道は変えなくていい」
一拍過ぎて、先に広がる森は、地平線付近で途切れていた。
「よし、一気に駆け抜けるぞ」杉本がそういうと、杉本の一等馬もそれに呼応するようにヒヒンと大きく声をあげ、森の向こうへ全速力で駆け抜けた。
森を抜けると、そこには広大な草原に、辺りを照らす日光があまりに眩しく、一同は立ち止まり思わず額を片腕で覆った。
ひとまず眩しさが収まると、杉本は周囲を一瞥してから藤山を見て、「今どこら辺だ?」と問いかけた。
「そうだな、ここら辺が龍ノ津の中心ぐらいだな。この先に見える天狗山脈を西に進むと火山地帯に入る。そこまで行ったらもう火前に着いたようなもんだよ」と藤山。
「わかった。んじゃこのまま進むぜ」杉本はそういうと前へ振り返り、手綱を打って馬を再び走らせる。
森とは違い、馬の無機質な足音以外は何も聞こえず、静寂が広がっていた。
その静寂を壊すように、杉本が口を開く。
「そういえば、龍ノ津と言やあトーマスはどこ行ったんだ?」
「トーマスは…行方をくらませたよ…」藤山は俯きながら儚げに答えた。
それを聞いた杉本も悔しさを滲ませた。
暗い空気の中を割り込むように、郷田は努めて朗らかに声を出した。
「いつか倒せばいいだろ」
その言葉に、連枝はふと目線を郷田に向けた。
「殿が剣聖になる以上、トーマスがどれだけ神出鬼没だろうがきっと衝突は避けられない。焦らずとも、いつかは決戦の日が来るさ」
その言葉と屈託ない表情に場の雰囲気は少しばかり和んだ。
「そうだな。今は考えても仕方ない。まずはこの戦いを片付けてからだ」藤山が普段通りの声で言った。
三人は手綱を打つと、呼応するように一等馬は速度を上げる。それにつられて、騎馬兵も前から順に速度を上げた。
五日の月日が流れて、ようやく杉山軍は火前に到着した。
街の奥の方へゆっくりと進みつつ、周りを一瞥してまず目につくのは、何軒もの温泉宿。天からの光を遮るように立ち上る薄い湯気は、まるで大地が大きな息を吐き出しているかのようだった。硫黄の濃い匂いが鼻に入って消えない。
絶神海に面していて水には困らなさそうだが、天狗山脈と火中の大きな火山に囲まれているせいで空は一切の雲が遠おらず、大地は気の毒なほどに枯れていた。
街の中心部にある屋敷の中から、男がこっちに向かって颯爽と飛び出して来た。
「お待ちしておりました。比翼の夜叉・杉山連枝殿」男は硬い地面に膝をつけ深々と土下座をした。
郷田は馬から飛び降りて、男の前に立つ。
「久しいなあ、出井」郷田の馴れ馴れしい声から、長い付き合いだと言うことが感じられた。
「は。お久しぶりでございます」
出井は立ち上がると、鼠蹊部辺りに拳をよせ背筋を伸ばした。
「早速屋敷に案内しますがその前に私の名を申しましょう。私は出井康之助で御座います。七大技王様に仕えられること、光栄この上なし」出井は自信の籠もった眼差しを向けてそう言った。
出井は杉本よりわずかに高く、その長身を支えるのは、肉付きの極端に悪い小枝のような肢体。それは冬の枯れ木を思わせるほどに無骨で細い。
温かみのないカラスの羽毛のような髪で綺麗な丁髷を被る。
おでこは広く見せつけるようで、肌は汚れのついた砂色の肌。その肌は、火山地帯の過酷な環境を物語る土埃に覆われていながら、なお陶器のような滑らかさと、薄氷のごとき質感を失っていない。
顔の真ん中に引かれた二本の棒線。薄い右唇が、シュッとしまった鼻の方へグイッと吊り上がっている。
火山灰を吸い込んだような鈍色の直垂を纏り、その素材は生地は火に強い厚手の刺し子で、所々に補修の跡がある。
腰には実用一点張りの打刀が差され、使い込まれた黒漆の籠手が、彼が郷田とともにこの地を守り抜いてきた証のように光っている。
郷田は連枝の方を振り返り、口を開く。
「他にも何人か俺の家臣が屋敷ん中にいるから、そいつらも後々紹介するぜ」郷田はそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
「ああわかった…よろしく頼むよ」
突然、真剣な表情に変えた藤山を見て、郷田は一瞬どきりと震えた。
郷田は違和感を覚えつつも目線を出井に移す。
出井はその目線が合図だと気づくと「御意」と短く答え、屋敷を向き直し進んでいく。
馬を小屋に運ぶよう兵に指示を出して下がらせると、四人はいよいよ屋敷へと上がる。
木の軋む音など気にもせず、藤山は真剣な表情を解くことはなかった。
やがて一つの襖の前で立ち止まる。
ススー。
襖が開かれ中を見ると、そこには三人の武士が静かに正座をしていた。
藤山はすぐにその真ん中に座る一人の老臣と目があった。
老臣は藤山を見るなり眼光を大きくして、身体は小刻みに震えだし、開いた口が塞がらない。
「と、透…なぜ、お前が…」老臣は震えた声で言った。
二人の様子を見た郷田は、老身の方を向いて問う。
「なんだ?知り合いなのか藤や……」郷田は思わず言葉を詰まらせた。
(そういえば、藤山って苗字一緒じゃねえか)心臓が大きくドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
「そうさ、やっと気づいたかよ……」郷田の間抜けな表情に呆れたような顔をとる。
「へ!?いや!?もともと…気づいてたしいぃぃ!?」郷田は慌てふためいた様子で身をよじる。
「本当に久しぶりだな。十二年ぶりか?元気してたかよ藤山秀真…いや…親父」
藤山はもう一人の藤山に深くそう言いつけた。
親父――
その二文字に場の雰囲気は一気に暗いどん底へと落ちていった。
次回はいよいよ戦いまでいく…かな?




