第七十四話 港祭り、心ひとつに
1.朝の港
朝日が海を金色に照らすと同時に、港の町はざわめきに包まれた。
今日は祭り本番――港の町が、影を退けた喜びと未来への希望を分かち合う日だ。
子どもたちは小さな太鼓を叩き、商人たちは屋台を広げ、漁師たちは大漁旗を高々と掲げている。
マリエが仕立てた鮮やかな布が港じゅうに飾られ、通りを歩けばどこからでも色とりどりの旗がはためいた。
私は町の入り口に立ち、やってくる人々を出迎えた。
「ようこそ! 今日は思いっきり楽しんでくれ!」
声をかけるたび、返ってくるのは明るい笑顔と笑い声。
戦いの記憶を越えて、町は確かに前へ進んでいる――そう実感できた。
2.舞台の幕開け
午前、広場の舞台に子どもたちが並び、リナの号令とともに踊りを披露した。
「右、左、手を伸ばして!」
子どもたちは息を合わせ、稽古の成果を存分に発揮する。
観客からは大きな拍手と歓声が上がり、リナも思わず口元を緩めていた。
「リナ先生ー!」
子どもたちが声をそろえて呼ぶと、彼女は少し赤くなりながらも頷いた。
「よく頑張った。胸を張れ」
次はリオの出番だ。
彼は丸太を抱え上げ、力自慢の競技を披露する。
「ほら見ろ! これが俺の本気だ!」
会場からどっと笑いと歓声が沸き、子どもたちが「すごい!」と真似をして腕を振り回す。
リオは誇らしげに胸を張り、私の方へ親指を立てて見せた。
3.屋台の賑わい
昼になると、通りの屋台は大行列になった。
香ばしい焼き魚の匂い、甘い果実酒の香り、揚げ菓子の音。
どれもこれも、祭りでしか味わえないご馳走だ。
幽霊少女は屋台をひとつずつ覗き込み、きらきらと目を輝かせていた。
「これなに? すごく甘そう! ああ、わたし食べられないのが惜しい!」
店主が笑いながら、飴細工を渡した。
「食べられなくても飾りにしな。ほら、花の形だ」
少女は飴を胸に抱きしめ、嬉しそうに舞い上がった。
「ありがとう! これ、一生の宝物にする!」
その姿を見た周囲の人々も、自然と笑顔を浮かべた。
幽霊であっても、この町の仲間である――誰もがそう思っていた。
4.心の布の舞い
午後になると、マリエが作った巨大な布が舞台に広げられた。
色とりどりの布をつなぎ合わせたもので、一枚一枚には住人たちの願いや祈りが縫い込まれている。
「この布は、みんなの想いを織り合わせたものです。どうか未来への灯りとなりますように」
彼女の声と共に布が風に舞い上がると、観客は思わず息を呑んだ。
陽の光を受けた布は七色に輝き、まるで町そのものが光を放っているかのようだった。
「おお……!」
「きれいだ!」
拍手と歓声が鳴り止まず、マリエは涙ぐみながらも深く頭を下げた。
5.大家の誓い
日が暮れ、港の灯籠に火が入った。
波間に浮かぶ光が星のように瞬き、人々の顔を優しく照らす。
私は舞台に立ち、集まった全員へ声を張り上げた。
「この港は、裂けても繕える町だ。俺たちは一度影を退けた。これからも何度でも立ち上がれる!」
沈黙の後、大きな歓声が巻き起こった。
「大家さん万歳!」
「この町万歳!」
私は拳を握りしめ、静かに胸に誓った。
――必ず、この町を守り続ける。どんな影が訪れようとも。
6.心ひとつに
夜更けまで歌と踊りが続いた。
子どもも大人も、異国の客人も、幽霊さえも。
誰もが心をひとつにして笑い合い、港の町は影の記憶を越えて、新しい未来を迎えていた。
月が高く昇った頃、私は下宿の屋根に座り、賑わう広場を見下ろした。
リナが踊りに加わり、リオが太鼓を叩き、マリエが布を揺らし、幽霊少女が灯籠の上で笑っている。
――ああ、大家冥利に尽きるな。
そう心の中で呟き、私は深く息をついた。




