第七十五話 祭りの後、忍び寄る足音
1.祭りの余韻
港祭りの翌朝。
私は少し遅めに目を覚ました。窓を開けると、潮風と一緒に昨日の笑い声がまだ残っているような気がした。
通りには紙灯籠の残りや、色とりどりの布の切れ端が揺れている。子どもたちが「まだ祭りしてるの?」と笑いながら拾い集め、女将たちは手際よく片づけを進めていた。
「大家、起きたか!」
リオが大きな声で庭に飛び込んできた。
「昨日の酒で頭がガンガンだが、それでも最高の祭りだったな!」
「お前、飲みすぎだ。朝からそんな声を出すな」
私は苦笑したが、リオの笑顔に釣られてつい口元が緩んだ。
リナは縁側で静かに茶を飲んでいた。
「……子どもたちの踊り、よく頑張っていたな。剣の稽古よりも生き生きしていたかもしれない」
彼女の口調は淡々としていたが、瞳の奥には柔らかな光があった。
マリエは祭りで使った布を畳みながら呟いた。
「……わたし、あんなに大きな布を広げたの、初めてでした。でも、みんなが笑ってくれて……夢みたいでした」
幽霊少女は屋根の上に座り、昨夜の灯籠の余韻に浸っていた。
「きれいだったなぁ……灯りが海に浮かんで、まるで星みたいで。ねぇ大家さん、ああいうの、またやろうよ」
「もちろんだ」私は頷いた。「町が元気でいる限り、祭りはいくらでもできる」
2.静かな朝の異変
昼近くになると、港に停泊していた船の一隻が慌ただしく出航の準備をしていることに気づいた。
「妙に急いでるな」
私は港へ降り、船長に声をかけた。
「影の残党を見たって話があるんだ」
船長は低い声で言った。
「裂け谷の連中が完全に消えたわけじゃない。祭りで浮かれてる間に、また動き出したらしい」
胸の奥に冷たいものが走った。
――影は終わっていなかった。
3.忍び寄る足音
夕方、下宿の裏庭でマリエが布を干していると、誰かの気配に気づいた。
「……誰?」
振り返ると、黒い外套をまとった人物が立っていた。顔は見えない。
「この町は眩しすぎる……繕うだと? 裂けたものは裂けたままが正しい」
低くかすれた声が風に溶けたかと思うと、影のように姿を消した。
マリエは針を握りしめ、青ざめた顔で私の元へ駆け込んできた。
「大家さん……誰かが……」
私は彼女の肩を掴み、落ち着かせながら言った。
「大丈夫だ。俺がいる」
4.町の動揺
噂はすぐに広がった。
「影が戻ってきたのか?」
「せっかく祭りで元気になったのに……」
港の人々はざわつき、子どもたちは家に閉じこもるようになった。
リオは拳を握り、怒りを抑えきれずに言った。
「ふざけやがって! せっかく町が笑ってたのに!」
リナは静かに剣を磨きながら告げた。
「動揺すれば奴らの思う壺だ。だが……準備はしておくべきだ」
私は町の広場に立ち、声を上げた。
「心配するな! 影が来ようと、俺たちは何度でも繕える! 祭りで得た力を忘れるな!」
その言葉に、人々の顔に少しずつ光が戻っていった。
5.夜の決意
夜。
私は下宿の縁側で一人、星空を見上げていた。
灯籠の残り火がまだ揺らめいている。
――影は消えていない。だが、それは町が前に進んでいる証でもある。裂けるからこそ、繕える。
背後から幽霊少女が声をかけてきた。
「ねぇ大家さん。わたし、怖いよ。でも……怖くても、この町を離れたくない」
私は微笑んだ。
「なら、一緒に繕おう。町も、心も」
その夜、私ははっきりと決意した。
――影の足音に備え、町を守り抜く。




