第一章「死者の手紙」⑧
「ど、どうしてそう思うんですか……?」
百合花の一言に、雫は震えた声で答える。
「良いでしょう。それではそろそろ種明かし――わたくしの推理、そのお披露目といきましょうか」
湯船から立ち上がり、すぐ傍にある岩場に腰を落とすと、脚を組み、威厳のある口調で百合花は語り始めた。
「まず結論から言いますと、犯人は貴女です、小鳥遊さん」
「はん――ええ!?」
人差し指をまっすくに雫へと向ける百合花。
「わたくしの探偵事務所へ持ち込まれた封筒、手紙。それらを用意したのは他でもない、貴女ですわね?」
「なっ――」
「まずひとつ、切手の貼られていない封筒がひとりでに誰かのもとへ届く事はありえない。もうひとつ、貴女はわたくし――百瀬百合花のことを知っていて、意図的に百瀬探偵事務所へとやってきた」
雫へ向けていた人差し指を顔の前で立てるようにして、百合花は淡々と語り続ける。
「更に言えば、手紙の内容をわたくしたちと共有しようとした。普通なら亡くなった友人の残した手紙なんて真っ先に読んでいてもおかしくはありませんが、貴女はそうしなかった。まるで、わたくしにそれを見せたいと言わんばかりの行動ですわね」
指を三本立てたところで、百合花は手を下ろし、両手を組んで雫から夜羽へと視線を移す。
「夜羽、気付いていましたでしょう? だからあの時、貴女は手紙の中身を見ようとしなかった」
「……まさか。ただ、なんとなく気持ち悪いなと思っただけよ」
「なるほど、直感ですか。まあ貴女の場合、むやみになんでもその目で見てしまうことは躊躇ってしかるべきなのでしょうけれど――」
そこまで言葉を紡いで、百合花は口を閉ざす。
何か言わなくてもいいことを言おうとした――と、雫はそんな雰囲気を感じていた。
「ともかく、です。極めつけは手紙の内容。わかりやすい子供騙しの暗号に、茨薔薇女学院の名前。探偵なんてやっている相手ですし、そういったお遊びになら乗って貰えるとお考えになったのかしら?」
「そ、それは――」
言葉が出ない。声が詰まる。
百合花から放たれるプレッシャーのようなものに、雫はただ気圧され続けていた。
「とはいえ、その時はまだ確信には至りませんでした。あくまで可能性のひとつとして考慮していたまでです。それに、手紙を誰が用意したのかなんて本来はどうでもいいことなのです」
「どうでもいい……ですか?」
「その通り。重要なのは貴女の目的です。わたくしは言ったはずですわ。小鳥遊さん、貴女の目的次第――とね」
「私の……目的……」
「そうして、この疑念が確信に変わったのはついさっきのことです。小鳥遊さん、貴女はこの学院にきてからずっと何か落ち着かないようでした。手紙の謎を解くためではない。まるで貴女は最初から、この学院に何かがあると考えていたかのような素振りでした」
百合花は立ち上がり、湯船の中へ戻るとそのままゆっくり雫のもとへと歩み寄っていく。
「小鳥遊雫さん。貴女は初めから茨薔薇女学院へやってくるために、わたくし――百瀬百合花へと近付いた。手紙も暗号も、何もかもすべて、そのためだけに貴女が用意したもの。――この推理、正解ですかしら?」
雫の目の前までやってきた百合花は、怒ってなどいない――ただ純粋に答えを求めているだけなのだと雫は感じ取って、
「……ごめんなさい。全部、百瀬さんの言う通りです」
観念したかのように、雫は自白した。
「美桜が死んだなんて、どうしても信じられなくて。ずっと仲が良かったのに、急にそんなこと……私、自分の目で確かめたかった。美桜が生きている、とまでは思ってませんけど、その可能性もあるのかなって。もし何か手掛かりが掴めるとしたら、ここ――茨薔薇女学院にしかないだろう、って」
「ふうん、なるほどね。確かに死んだ人間を探せなんて言われても普通は断られても仕方ない、か。……でも貴女、わたしたちを利用しようとした気概は認めてあげるけれど、ただここに来るだけで何か掴めるなんて、ちょっと甘い発想なんじゃない?」
それまで沈黙していた夜羽が口を開く。
その鋭い指摘に何も言い返せない雫であったが、
「生きているでしょうね」
そんな空気を一瞬で変えてしまうかのような百合花の一言に、雫は――夜羽でさえも、驚いた表情で百合花へと目を向ける。
「えっ……!?」
「ちょっと百合花、適当なことは――」
「適当ではありません。先程のアリカとクリスの様子を見て確信しました。一之瀬美桜は生きている」
自信満々に、腰に手を当てて言い放つ百合花。
そんな彼女の言葉に、雫も夜羽も呆気にとられた表情をして、
「ほ、本当なんですか……?」
「ええ。ですから、わたくしたちがすべきことはこの学院にいるであろう一之瀬美桜の捜索です」
「捜索って……確信したって言ったけど、本当に死んでいる可能性も――」
「生きています。少なくとも、そうでなければ小鳥遊さんのすべきことは定まりません。彼女はわたくしの依頼主なのですから、依頼を解決するまでお手伝いして差し上げるのが探偵としての責務――そうでしょう、夜羽?」
つまるところ百合花は、手紙の偽装や騙していたことなど関係なく、小鳥遊雫という人間に手を貸すことを辞めるつもりはない――と、そう宣言したのだった。
「どうしてそこまで……?」
その意図は流石に雫も理解できたのだろう。罪悪感に苛まれながらも、どこか安堵や喜びすら感じつつ、百合花に向けて問いかける。
「そんなことは決まっています」
そうして、百合花は高らかに。
胸を張ってただ一言、こう告げた。
「わたくしが、百瀬百合花だからですわ」




