第一章「死者の手紙」⑦
学院長室から追い出された百合花たち三人は、メイドのクリスと別れた後、校舎から出てまっすぐに学生寮の方へと向かっていた。
時刻は既に昼を過ぎていて、生徒たちは今頃授業の真っ最中。学生寮に人がほぼ誰もいないことは明白ではあるものの、百合花の提案により一同は目的地を学生寮に定めていた。
「それにしても、とりつく島もなかったわね。相変わらず頑固というか、そういうとこは姉妹よね、貴女たち」
皮肉交じりに百合花へ向けて軽口を叩く夜羽。
そんなふたりの後ろを歩きながら、雫はどこか落ち着かないような様子でそわそわとしていた。
「あ、あの……百瀬さん」
「はい?」
雫の声掛けに、百合花は前を向いて歩いたまま、歩く歩幅を落として自然と雫の隣まで並んでくる。
「どうかされましたか?」
そのあまりにも優雅な立ち振舞い、慈愛のようなものすら感じさせる笑み、見た目とは裏腹に大人びた声色――お嬢様然とした百合花の挙動すべてに雫は心の底から感嘆しながらも、ずっと溜め込んでいた不安を吐き出すように口を開いた。
「学院長さんに駄目だしをされてしまったのは理解しているんですけど、私、やっぱりまだ美桜のこと諦めきれてなくて」
「ええ、もちろん。わたくしだって探偵としての役割は放棄したり致しませんわよ?」
「でも、美桜の手紙にはこの学院に何かあると……」
「急がば回れ、ですわよ。大丈夫です、この学院はわたくしのもの。すべてお任せ下さいな」
どこまでも平然と自信満々にそう言い切ってしまう百合花に、雫はこれ以上何も言えなくなってしまう。
そんなこんなで話しながら歩いていると、一同は学生寮の目の前までやってきた。
「さあ、参りましょう。久々の凱旋ですわ」
堂々とした態度で百合花は学生寮へと足を踏み入れる。
それに続くように、夜羽と雫も後を追うのだった。
◆◆◆
(……ええと。どうしてこうなったんだっけ?)
青空の見える庭園のような空間、薄っすらと白い湯けむりに包まれながら、三人の女性が肌をさらけ出し――
「暑い中歩きましたし、汗は流すもの。急いては事を仕損じる、と言いますし。まずはゆったりと癒しの時間を楽しみましょう」
学生寮、四階。
その共用施設のひとつとして、バスルーム――などという規模には収まらない、広々とした露天風呂が存在する。
百合花、夜羽、雫の三人は、半ば無理やり百合花に連れ込まれる形で、そんな温泉へと入浴することになっていた。
「はあ〜。やっぱ良いわよねここ。普段はシャワー浴びて終わりだけど、湯船に浸かるってほんと最高」
夜羽は気持ちよさそうに空を見上げながら満喫しているようで、戸惑いながらあたふたしているのは雫ひとりだけだった。
対象的な百合花と夜羽のスタイル、それぞれに違った魅力があり――
(というか、出会って即日裸の付き合いってなに!?)
そんなふたりを直視することもできず、雫はどうしたらいいかわからないまま黙り込んでいた。
「それにしても、何も変わらないわねえ。アリカも三年ぶりだってのに全然成長もしてないし。ま、百合花よりは背が伸びてそうだったけど」
「わたくしの美しいプロポーションはとっくの昔に完成されておりますし。むやみやたらに背が伸びれば良い、なんていうのは凡人の考えですわね」
「ふうん。ま、わたしから見たら羨ましいかも。こんな無駄なもの、ついてたって揺れて痛いだけだもの」
心の底から悪気のなさそうな夜羽の口ぶりに、雫は思わずその一部分に視線を向けてしまう。
そこには大層ご立派な山がふたつ隆起していて、自分では貧相だと感じているそれを両手で隠しつつ、雫の顔が赤く染まっていく。
「貴女こそ、昔からそういうデリカシーのないところ変わりませんわねえ」
ジト目で呆れた表情しながら夜羽のそれに視線を向ける百合花。
「ま、人それぞれってことよ。それで? これからどうするつもり?」
ようやく本題を切り出した夜羽に対し、百合花は無表情で空を見上げ、雫はそれを待っていたと言わんばかりに緊張感が顔に出る。
「そうですわねえ……」
百合花は考え込むように呟いて、それからしばらくの沈黙。
夜羽と雫――ふたりの視線が彼女のもとへと向けられる。
「……、ふう」
目を閉じ、息を吐く。
そんな百合花の一挙手一投足に注目していた雫の目を、百合花は静かに捉える。
「小鳥遊さんは、一之瀬美桜さんが生きているとお考えなのではないかしら?」
それは、あまりにも唐突な問い。
だが雫にとっては、心臓を槍で貫き穿たれたような衝撃的な一言だった。




