第一章「死者の手紙」⑥
――茨薔薇女学院。
大企業『百瀬財閥』の私有地である『茨薔薇』、その中に位置する広大な敷地の一角に建造された学院校舎と、そこから少し離れた場所にある学生寮、そのふたつの施設を利用している名門の女学生――いわゆるお嬢様たち、その学び舎である。
敷地内に進入した百合花、夜羽、雫の三人を待ち受けていたのは、時代錯誤とも呼ぶべき給仕服――つまるところメイド服なのだが――を身に纏う、金髪セミロングの女性。
彼女は百合花たちに視線を向けると、表情を一切変えることなく深々とお辞儀をした。
「久しぶりね、クリス。元気にしていたかしら?」
百合花が金髪メイド――クリスと呼ばれた女性へ声をかけると、下げられていた頭をゆっくりと上げるなり、その視線はまっすく百合花へと向けられた。
まるで機械的、アンドロイドと言われても納得してしまうほどの美しい所作だな――というのが、初対面の雫が受けた第一印象であった。
「百合花様もお変わりなく。本日のご用件は軽く伝え聞いておりますが、そちらの方は?」
「彼女は小鳥遊雫さん。わたくしの事務所で預かっている依頼主よ」
「成程。学院長に会いに来た、というのは建前ですか」
「あら、別に嘘ではないわよ? それにクリス、貴女にだって久しぶりに会いたかったもの」
調子の良い百合花の弁舌に、ずっと無表情を貫いていたクリスもやれやれと言った風に肩を竦ませる。
「……夜羽様も、お久しぶりでございます」
これ以上、百合花と話していても埒が明かないと思ったのか否や、クリスは夜羽のほうへと向き直り、軽い会釈と共に挨拶の言葉を口にする。
「ええ。相変わらず面倒なことに巻き込んでしまいそうだけれど、勘弁してね」
なんて、どうでもよさそうな口調で適当にいなす夜羽。
クリスはそれに対して返答することはなく、その場から反転して、遠くに見える学院校舎のほうへと歩き始めた。
「――それでは、学院長室へと御案内させて頂きます」
雫は終始蚊帳の外なままではあったが、しかしながら初めて訪れる茨薔薇の敷地に足を踏み入れたことに感動を覚えつつ、百合花たちの背中を追うようにして歩き出した。
◆◆◆
「……お姉さま。久しぶりに顔を見せたと思ったら今度はどんな厄介事を持ってきたんです?」
茨薔薇女学院、学院校舎。
その中にある学院長室へと足を踏み入れた百合花たち一行。
彼女らを待ち受けていたのは当然、この学院の学院長――
「まあ、アリカ。三年ぶりだというのに冷たい物言いですわね」
――百瀬アリカ。
今年で二十二歳という若さでありながらこの学院の長を務める女性。紛うことなき百合花の妹、その人である。
腰まで伸びた桃色の髪、学院長としての威厳を感じさせるスーツ姿。背丈は百合花よりも高いものの、成人女性かと言われると幼さの目立つ体型。
(……え? 学生さんじゃなくて、学院長?)
――と、雫が初見で得た印象はそんなところである。
「夜羽さんも。そんな律儀にお姉さまのお遊びに付き合わなくてもよろしいですのに」
「だって暇だし。好きでやってるのよ、心配しないで」
「はあ、もう。暇ならウチの手伝いとかしてくださいません?」
(仲良いんだなぁ、この人たち……)
相変わらず会話に参加できず後ろから眺めているだけしかできない雫であったが、
「そちらの方、はじめまして。あたくしは百瀬アリカ。この学院の長を務めております」
「あっ、はい! こちらこそはじめまして! 私は小鳥遊雫と言います!」
急に挨拶を振られて驚きつつも、なんとか元気よく返答できて内心安堵する雫。
「アリカ。今日はこの小鳥遊さんのことで貴女に頼みたいことがあるの」
百合花が一歩前へ出るや、先程までとは違う真剣な面向きで口を開く。
「……と、言いますと?」
「一年前。この学院の生徒である一之瀬美桜という女性が何らかの事件に巻き込まれて死亡している。これについての詳細を知りたいのよ」
百合花に続くように、夜羽もまた隣に立ってアリカへ向けて言葉を紡ぐ。
「……、なるほど。どうやら遊びに来られたわけではないようですわね?」
二人の話を耳にした瞬間、アリカもまた姿勢を正して真面目な表情へと切り替わる。
「――ですが」
アリカはデスクから立ち上がり、回り込むようにして百合花のもとへと歩み寄りながら、
「生徒のプライバシーを守るのはあたくしたちの責務です。それは当然お姉さまも承知の事でしょう。はいわかりました、と言って教えられることなんてありません」
百合花の前に立ちふさがるようにして、アリカはきっぱりと突き放すようにそう告げた。
「用件がそれだけなのでしたらお帰りを。……ああいえ、せっかくですから生徒や教員たちにお顔を見せてあげて下さいませ」
「はあ、アリカ。わたくしはこの学院の創設者よ?」
「だから何ですか。今の学院長はこのあたくしです」
むっ、と睨み返すようにして一歩も引かないアリカだったが、百合花はそんな妹の姿を見つめながら余裕の笑みを浮かべて、
「馬鹿ねえアリカ、学院長よりわたくしのほうが偉いに決まってるでしょう。名誉顧問ってご存知?」
「んなっ……そんなの知りませんわ! 何でもお姉さまの思い通りになるなんて思わないで下さいませ! まったく、いつもいつも――」
夜羽は黙ってそんな姉妹喧嘩を見守っている中、百合花はチラリとクリスのほうへと視線を向ける。
「ねえクリス。このお馬鹿な妹に現実を教えてあげなさい」
「あ、また馬鹿って言った! もう許しませんわよお姉さま!」
「……アリカ様。残念ではありますが、百合花様の仰ることは事実です」
「なっ……――」
金髪メイドの鋭いツッコミに、思わず言葉が詰まってしまうアリカ。
「とは言え、です。百合花様、些か無理が過ぎるのでは? アリカ様の言い分も正しくはありましょう。生徒のプライバシー保護は優先されるべきです」
「わかってるわ。可愛い妹をちょっとからかっただけよ」
「お、お姉さまぁーーーっ!!」




