第一章「死者の手紙」⑤
一之瀬美桜は茨薔薇女学院の生徒であり、百瀬百合花はその学院の創設者――実質的に権利のほぼすべてを所有する人間である、ということ。
この偶然の一致は、果たして本当に偶然であるのか――その疑問は晴れないまま、間もなくして三人は探偵事務所を後にしていた。
――高速道路を駆け抜ける、黒塗りの高級車。
運転手は茶色のウルフカットに銀のピアス、サングラスをかけたスーツ姿の女性。
年齢は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。堅気の人間ではないと言われても違和感のない、どこか強い圧のある雰囲気を纏っている。
その隣、助手席には夜羽が腕を組みながら窓の外を眺めていた。
「あの、百瀬さん。失礼かもですけど、外でもその服装なんですか……?」
後部座席にいる雫が、隣に座している百合花に向けて恐る恐る話しかける。
「ええ、もちろんです。むしろ逆に部屋ではあまり着ませんわよ?」
「あー、まあ、そうですよね……」
自分の価値観とは全く異なる人間を目の当たりにすると、驚きよりも戸惑いが勝るものなのか――というのは、雫の心の中の声である。
「そういえば、学院に着く前にひとつ訊いておきたいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」
彼女たちは茨薔薇女学院へと車で向かっている最中であった。
「は、はい。なんですか?」
「小鳥遊さんは湊の生徒ですわよね。それがどうして茨薔薇の生徒である一之瀬さんとお友達に? 幼馴染とか、中学が同じとか、そういうことですの?」
「あ、いえ……私と美桜は、二年前くらいからの付き合いで……」
現在、雫は十七歳。学年で言うと三年生であるため、二年前となると彼女が高校へ上がって一年生になったばかりの頃、ということになる。
それは百合花も理解した上で、黙って雫の言葉の続きを促した。
「その、私と美桜は同じ趣味で……ネットで繋がったんです。それからちょくちょく会うようになって。美桜がストーカー被害に悩んでいるということも相談されてて、早い段階から知っていました。結局、私はなんの力にもなってあげられませんでしたけど……」
話していくうちに声のトーンが落ちていく雫を横目に、百合花は遠慮なく新たな疑問を投げかける。
「同じ趣味、というのは?」
「あ、えっと……ご存知かどうかはわからないんですけど、『リリィ・ヴェール』っていう、カードゲームがあって」
聞き覚えのない単語に百合花は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、助手席に座っている夜羽が沈黙を破った。
「知ってるわそれ。女の子の間で流行ってるやつでしょ。茨薔薇でも来年から教養のひとつとして正式に取り入れるか協議されてるって香菜が話していたわね」
まさかの角度からのフォローに雫は少しばかり驚きながら反応する。
「そ、そうなんですね。結構マイナーなゲームなので、あまり知られていないかなって……」
「わたしもプレイしたことはないけれどね。実際、女子校って共通の趣味みたいなものが流行りにくいから、そういう意味では丁度良かったんじゃない?」
「は、はい。私も最初はあんまり興味なかったんですけど、周りのみんながやっているのを見て、ネットで色々調べて……」
ゲームの話になると多少なりとも饒舌になった雫に対して、百合花は微笑ましいものを見るような視線を向けていたが、即座に真面目な表情へと切り替えて口を挟む。
「なるほど。そのゲームがきっかけで一之瀬さんと出会い、仲良くなった……と。ストーカー被害によって一之瀬さんがお亡くなりになってしまったという話でしたけれど、それについては?」
楽しい話から一変、暗い話へと切り替わる。
夜羽は軽く溜め息をついて、再び窓の外を眺める姿勢へと戻っていった。
「……私も、実はよくわからないんです。美桜の携帯へ連絡したらお母さんが出て、事件が起きた、美桜は死んだって……それだけ聞かされて、それからはもう関わることもできませんでした」
「そうでしたの。辛いことをお聞きしてしまったかしら」
「い、いえ! 依頼をしている身ですから、少しでも情報は提供しないとですし……!」
強がる雫ではあったが、その両手は強く握りしめられながらも震えているのが見て取れる。よほど悔しかったのだろう。
そんな彼女の様子を見て、過去を思い出させてしまったことに申し訳なさを感じたのか、百合花はそれきり無言になった。
「おい、お前ら。そろそろ学院に着くぜ」
運転手である女性が騒いでいる子供を諌めるような口調で言う。
百瀬財閥の令嬢であり、様々な会社や施設などを経営・所持している百瀬百合花をその他と一括りにして「お前ら」と呼び捨てる辺り、この女性もまた相当な立場にいる人間なのだろうことが伺える。
「ふふ、久しぶりに戻ってきますわね。三年ぶり、ですかしら」
「そうね。なんだかんだで思い入れのある場所だものね、わたしたちにとっても」
百合花と夜羽がどこか声を弾ませて会話をしている中、雫は――
(私が絶対に見つけるからね、美桜)
――ひとり、強い眼差しで前を向いていた。




