第一章「死者の手紙」④
雫の真剣な懇願を前に、百合花は薄っすらと口元に笑みを浮かべながら右手を差し出した。
「わかりました。その依頼、この百瀬百合花が承りましょう」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
雫は心の底から嬉しそうな表情で、百合花の差し出した手を両手で包み込むように握手した。
「……なんて意気込んだのは良いものの、この暗号どう解けば良いのかしら」
「う、確かに……?」
手を離して、まじまじと手紙を見つめる雫と百合花。
そこに記載されている文章とアルファベット、それが何かしらの暗号であろうことは想像に難くないが、それを解く手段がわからないのではお手上げである。
「それ、シーザー暗号じゃない?」
手紙を眺める雫と百合花の横から、先程までお手洗いに消えていたはずの黒月夜羽が唐突に口を挟んできた。
「うわ!?」
「あら、おかえりなさい夜羽」
打って変わって興味津々といった表情で近寄ってきた夜羽は、何の断りもなく手紙を手に取ると、目を細めながら数秒ほど思考する。
「……ええと、小鳥遊さんだっけ? 貴女、学生?」
夜羽が視線は手紙に向けたまま、雫に対して問いを投げかける。
「は、はい。女子校なんですけど、ここから近くの……」
「ああ、湊女学院?」
「そうです。それが何か?」
雫の問いには答えず、夜羽は手紙を百合花に手渡した。
「百合花。そのアルファベットの羅列なんだけど、一文字ずつ次のアルファベットにズラしてみて」
「ええ、わかりましたわ……ええと――」
しばらくの沈黙。
百合花が一文字ずつ暗号を解いていく中で、途中から険しい顔つきになってゆく。
「え、え? あの、どういう……?」
雫は何がなんだかわからないまま置いていかれて戸惑いを隠せず、ただふたりの答えを待つしかなくて。
「……これは、驚きましたわね」
そうして、暗号を解き終えたのか、百合花は手紙をそのまま机の上に置くと、またしてもどこからともなくボールペンを取り出しては、アルファベットの羅列の下に新たなアルファベットを記していく。
そこに現れた暗号の正体、それは――
『IBALAJOGAKUIN』
「……なんともまあ、奇妙なこともあったものですわね」
――茨薔薇女学院。
それは百瀬百合花が創立した女子校であり、いわゆるお嬢様たちの集う学び舎の名称であった。
かつて百合花が学生だった頃は生徒会長、兼、学院長を務めていたのだが、卒業後は妹にその立場を譲渡し、それ以来は特別関わることも少なかった場所。
それが今になってこういった形で目の前に現れるということに、百合花は何か奇妙な意図――事件性を見出していた。
「茨薔薇女学院って、百瀬財閥の所有するお嬢様学校のことですよね?」
しかしながら、驚いている百合花や夜羽とは違い、どこか合点がいったかのようなすっきりとした表情で、雫は言葉を続けた。
「私、百瀬探偵事務所って見て、もしかしたらと思って。やっぱり、貴女はあの百瀬百合花さんなんですね」
「……やっぱり、とは?」
雫の発言に疑念を抱きながら、百合花は問う。
「私の友達……一之瀬美桜は、茨薔薇女学院の生徒だったんです」




