第一章「死者の手紙」③
「あ、あのっ……ごめんなさい」
百合花が封筒から手紙を取り出そうとしたのを静止するように、雫は右手を挙げて口を挟んだ。
「どうかしましたか?」
怪訝そうな表情をして、百合花は問い返す。
「その……ここ、百瀬探偵事務所、ですよね?」
「ええ、そうですわね」
「百瀬……ここの所長さんは、どちらに……?」
なるほど、と合点がいったかのように、百合花は己の失態に気付いたのか、背筋を伸ばして改めるように雫へとまっすぐ向き合う。
「申し遅れました。わたくしがここの所長、百瀬百合花です」
「……え?」
まるで冗談を言われたかのように目を丸くして、雫は首を傾げつつも、眼前にいるそのゴスロリ少女がとても虚言を口にする類の人間には見えず、ようやく頭が現実に追いついて――
「ご……ごめんなさい! 私、てっきりさっきの黒髪のお姉さんがそうなのかと……!」
などど慌てて弁明をするように早口で捲し立てる雫を眺めながら、百合花は苦笑いをしつつも納得したような表情を浮かべる。
「お気になさらないで下さいな。よくあることですのよ、これ」
確かに他人からしてみれば初見では夜羽が歳上にしか見えないし、百合花がここの所長にはとても思えないだろう。
「じゃあ、あの……さっきの人は?」
雫はお手洗いのほうへ視線をちらりと移しながらそう問いかける。
「彼女は黒月夜羽。わたくしの――まあ、身内のようなものですかしら。今はこの探偵事務所のお手伝いをして頂いております」
「ああ……そう言うことだったんですね。ごめんなさい、勘違いをしてしまって」
「いえいえ、お気になさらず。それで、お手紙のことですが」
百合花は封筒から白い紙を取り出して、テーブルの上に伏せて置いた。
それをまじまじと見つめる雫であったが、しばしの沈黙の後、意を決するように百合花を見つめて、言う。
「……一緒に見て貰えると、嬉しいです」
雫のその言葉を受け、百合花は何の感慨もなさそうに無表情を貫いた状態で、その細くしなやかな白い指で手紙をぺらり、と表返す。
――そこには、ただ短く。
『生きている貴女は、一歩先へ進んで』
と、丁寧な筆記で書かれていて。
『HAZKZINFZJTHM』
その下には、謎のアルファベットの羅列が連なっていた。
それを目の当たりにした百合花は、口元に指を添えながら手紙を見つめながら呟く。
「これは……暗号、でしょうか」
「どうして美桜がそんなものを……?」
雫は困惑したかのような表情を作り、百合花へ向けて問いかけた。
「小鳥遊さん。貴女はこの手紙が死んだ友人である一之瀬さんのものであると、本気で信じているわけではありませんでしょう?」
「えっ? いえ、でも……」
雫は半信半疑だったはずだ。
そうでなければ、わざわざ探偵事務所などに手紙を持ち込んで検証を依頼したりなどはしないのだから。
百合花はそういった意図を込めて彼女にそう問い質したのだが、当の本人は返す言葉を詰まらせていた。
「仮に一之瀬さんが書いた手紙なのだとしても、この時期に貴女のもとへ届くのは不自然……間違いなく別の人間による意図があるはずです。それは貴女もわかっていることでしょうし、だからこそわたくしは言ったのです。この依頼を受けるかどうか、それは貴女の目的次第であると」
百合花の言葉を聞きながら、雫は次第に顔を伏せていってしまう。
「そして、わたくしはこの手紙の内容を見て確信しました。これは一之瀬美桜が書いたものではない。誰かが彼女の名を騙り、貴女に向けて何らかのメッセージを送っている。だとすると、十中八九、これは貴女にとって害のあるものであるということが予想されます」
「美桜じゃ、ない……?」
「はい。それを踏まえた上で貴女はこの手紙の暗号を解いたとして、その先にどうしたいのか……貴女の目的を、わたくしに教えて下さいますかしら?」
淡々と、それでいて先程までの無表情ではなく、感情のこもった声色で、百合花はそう言い放つ。
雫は手紙と百合花を交互に見つめてから、目を閉じ、静かに深呼吸をして――
「……これは美桜の残したもの、何か必ず意味がある。私はそう信じたい」
――強く、意志の込められた言葉を紡ぐ。
「だから、お願いします。私と一緒にこの手紙の意図を――美桜の意志を探って、真実を暴いて貰えませんか?」




