第一章「死者の手紙」⑨
露天風呂から上がり、百合花、夜羽、雫の三人は、同じく四階にある食堂へとやってきていた。
そこはこの茨薔薇女学院に通う学生の中でも特別枠の生徒のみが利用できる場所であり、午後三時――いわゆる『おやつ時間』でありながら、人はあまり多くない。
テーブルに座り込む三人。
雫と百合花の対面に座る夜羽は、虫の居所が悪そうな顔をしながら口を開く。
「百合花、貴女これからどうするつもり?」
百合花の片手には豪奢なティーカップ。
それを優雅な所作で口につけた後、ゆったりとした動作でカップを静かに置いて話し始めた。
「やるべきことは決まっています。一之瀬美桜を見つけ出すこと。それが依頼主である小鳥遊さんの望みなのですから」
「わたしが訊いているのは手段のほうよ。一歩譲って一之瀬美桜が生きているとして、それが今もこの学院にいるという確証はないでしょうに」
「それはそうですわね。ですが、雫さん。貴女はここへ来るためにわたくしたちのもとへやってきた。そうでしょう?」
唐突に話を振られ、雫はびくりと身体を震わせてから返答する。
「……はい。でも、私にも美桜がここにいるなんて確証はなくて……」
「ま、そうでしょうね。考えなしで動いてそうだもの、貴女」
冷たい口調で棘のある言葉を投げかける夜羽。
「ご、ごめんなさい……その、手紙のことは……」
「もうその件に関してはお気になさらず。小鳥遊さんのやろうとしていることは、結果的にわたくしたちのような探偵業にとってはうってつけですしね」
夜羽の態度を諌めるように、百合花はどこまでも穏やかに言葉を紡ぐ。
「ま、百合花がそう言うのならわたしは良いけれど――」
「それに、手段なら既に手配しています」
百合花がそう言って右手を挙げると、食堂の奥、テーブルの片隅で何かが動く。
それは、ひとりの女性であった。
「え、あれって――」
夜羽が気付いたのか、その女性へと視線を向ける。
彼女は三人のいるテーブルへと歩み寄ってきた。
「随分と久しぶりだねー、二人とも」
そこに現れたのは、栗色の長い髪をさらりと流した女性。
スーツ姿に整った顔立ち、背丈こそ百合花と変わらないほどの低さだが、どこか成熟した女性の雰囲気を醸し出している。
「――香菜?」
「夜羽は相変わらずだねー。百瀬先輩と一緒にいるって本当だったんだ?」
――渋谷香菜。
夜羽と同い年、かつては同級生だった彼女だが、今はこの茨薔薇女学院の教員を務めている。
百合花の言う『手段』、それこそが彼女なのであった。
「なによ、そういうこと? ていうか香菜、貴女すっかり大人っぽくなっちゃって。教師が板についてきたってわけ?」
「うるさいなー、夜羽はなんも変わんないね。その嫌味っぽい口ぶりも懐かし〜。最近はほとんどメッセでのやり取りだけだったもんねー」
言葉面では仲の悪そうな二人だが、反してその表情には笑みが浮かんでいる。
「お久しぶりです、渋谷さん。さあ、こちらにどうぞ」
百合花が夜羽の隣を手で指し示すと、香菜は素直に着席した。
「それで、あたしに会いに来るなんてどーゆー用件? てか、その子……誰?」
「そうですわね、まずは一から説明致しましょう」
そうして、百合花は事の顛末を香菜へと伝えるのだった。
◆◆◆
「なるほどねー。一之瀬美桜さんかー……」
一通りの事情を理解した香菜は、考え込むように呟いた。
「渋谷さんならご存知でしょう?」
百合花は確信めいた口調で問いかける。
それに対して、香菜は「まいったなあ」と口にしながら、バツの悪そうな顔をした。
「そりゃ、全校生徒の名前と特徴くらいは頭に入ってるけどねー。それにしても一之瀬さんかー、うーん……どうしたものかなー」
「あっ、あの! 美桜のこと、何かご存知なんですか!?」
明らかに何かを知っている様子の香菜に対して、雫は飛びつくかのように問いかける。
「小鳥遊さん、君はどうして一之瀬さんのことを知りたいの?」
「友達のことなんです、何でも知りたいと思うのはおかしいんですか!?」
「……うーん、まあ、気持ちはわかるけどさ」
「渋谷さん。これは小鳥遊さんだけの問題ではありません。彼女の依頼を受けたわたくしたちの問題でもあるのです」
「ものは言いようだなあー! 先輩、そういうところ変わらないですよね!」
はあ、と溜め息を吐き出して、香菜は観念したかのように、その視線を雫へと向けた。
「一之瀬さんはね、あたしの担任する生徒だったんだよ」
「……、えっ!?」
「彼女とはちょくちょく話したり、相談を受けたりしていたからねー。君のことを話してたのも覚えてるよ、小鳥遊雫さん」
「美桜が……?」
「うん。あー、そうだなー……それじゃあひとつ、あたしと勝負しない?」
香菜はにやりと口元を歪ませて、雫の瞳を見つめた。
「――『リリィ・ヴェール』。もちろん知ってるよね? このゲームで君があたしに勝てたなら、一之瀬さんのことを少しだけ、あたしに言える部分だけ話してあげるよ」
/死者の手紙・了




