第二章『リリィ・ヴェール』①
――リリィ・ヴェール。
二年前から一部の女子たちの間で密かに流行し始めていたカードゲームであり、小鳥遊雫と一之瀬美桜が友人関係になるきっかけとなったもの。
それを香菜が勝負に持ち込んだ瞬間、雫の中で確信があった。この人は、私と美桜のことを知っている人なのだ、と。
「カードは持ってる? 一応、生徒と遊ぶために二人分のセットは持ってるんだけど」
香菜がそう問いかけると、雫は手持ちの鞄をごそごそと漁り、薄いケースを取り出した。
「もちろんあります。これは、私と美桜を繋いでくれたものだから」
そういって、ケースの中からカードの束を取り出す雫。
「ちょっと待って。そんな大事なこと、ゲームなんかで決めちゃっていいわけ?」
夜羽が戸惑いながら香菜へと訊ねる。
しかし、そんな声は聞こえないと言わんばかりに香菜と雫は黙々とゲームの準備を始めていた。
「夜羽。渋谷さんが提案したことなのです。黙って見守りましょう」
「ええ……!?」
こうして、香菜と雫の勝負が始まった。
◆◆◆
――決着はついた。
結局、勝負は香菜の勝ち。雫は欲しかった情報を手に入れることはできなかった。
「なんとなくどんなゲームかは理解できたけれど、それにしても……」
ゲームの内容は香菜の圧勝、である。
あまり詳しくない夜羽の目線から見ても、雫のゲームの腕が低すぎたと言わざるを得ない。
「ごめんね小鳥遊さん。あたしこれでも教師だから簡単に生徒に負けるわけにはいかなくてさー。そこそこできるんだよね、このゲーム」
「うぅ……」
雫は悔しさと哀しさの入り混じった表情で、目に涙を溜めながら唸っていた。
そんな彼女の姿を横目に、夜羽が隣にいる香菜へと言葉を投げかける。
「ねえ香菜、ちょっと大人げなくない?」
「うわー、夜羽からそんな言葉が聞けるなんて。丸くなったもんだねー、アンタも」
「なによそれ、香菜は大人になって性格悪くなったっての?」
「……悪いけど、一之瀬さんのことはさー。あたしもあんまり喋りたくはないんだよね」
真面目な口調でそう言った香菜は、どこまでも本心で話しているようにしか見えない。
この反応だけで既に何かがあったであろうことは明白なのだが、香菜が口を割らない以上はなんの進展も見込めそうにないというのが現実である。
「だからってこんなゲームでわざわざ勝負する必要なんて――」
「……いえ、わかります。私には。美桜って、そうだったから。ずっと……このゲームには本気だった」
肩を持とうとしてくれているはずの夜羽を逆に諌めるように雫は語り始める。
「そうそう。一之瀬さんは誰よりもリリヴェにハマってたからねー。もし彼女なら『リリヴェに負けたなら仕方ないですね』なんて言うのかなー、と思ってさ」
「……あはは。うん、言いますね、美桜なら」
どこか納得したように、雫は意気消沈したままか細い声でそう言った。それにはどこか懐かしさに浸るような、哀愁を漂わせた雰囲気さえも感じさせる。
「……それならわたしがやるわ。わたしが勝ったら教えなさいよ、香菜」
と、そんな雫の姿を見ていられなかったのか、夜羽は手を挙げてそんなことを口にした。
「え? まあ、良いけど……リリヴェやったことないでしょ、夜羽」
「まあね。でも、やればすぐに覚えるわ」
「そりゃ夜羽ならそうだろうけど、ルール覚えただけで勝てるなんてことは――」
そこで香菜はふと考える。
どうして夜羽がこうまでして雫の肩を持つのか。百合花とやっている探偵事務所、そこの依頼主だからか。はたまた、単に気に食わないだけなのか。
どうせ後者なんだろうなー、と香菜は適当に思考して、
「ま、いっか。夜羽があたしに勝てたら約束通り一之瀬さんのことについて話してあげるよ」
「女に二言はないわよ、香菜?」
「そっちこそ。負け犬の遠吠えだけは聞かせないでね?」
バチバチと、まるで視線だけで火花を起こしているかのようなやり取り。
ふたりはテーブルをひとつ横へズレて、夜羽が香菜の対面へと回り込むように座り直した。
「香菜、もうひとつセット持ってるって言ってたわよね。貸しなさい」
「貸して下さいでしょー、ったくもう」
香菜は渋々ながらもうひとつのカードの束を取り出し、夜羽に渡す。
「さて、小鳥遊さん。ちょっと隣に来てもらえる?」
「えっ? あ、はい」
夜羽が雫を手でひょいひょいと呼び寄せると、雫は立ち上がってそちらへと座り直す。
「まずはこのゲームの基本ルールを教えて。大丈夫、一から言葉にしてくれるだけでいい。わたしはそれで覚えられるから」
「わ、わかりました。それでは――」
□□□
リリィ・ヴェール――以下リリヴェは、7枚のカードを使用した、一対一のカードゲームである。
カードは5種類あり、それぞれを固定の枚数分用意し、合計7枚でひとつのセットとする。
カードには階級が存在するものがある。
【女王】
一番上の階級に位置する。最強のカードであり、基本的にすべてのカードに勝つ。
【姫】
二番面の階級に位置する。女王には勝てない。
【百合】
三番目の階級に位置する。女王と姫どちらにも勝てない。このカードのみ3枚使用する。
これらのカードを補助する役割を持つのが、以下、2種類の【ヴェール】と呼ばれるカードである。
【白のヴェール】
【姫】または【百合】に被せることで、それらの階級をひとつ上げる。【姫】なら【女王】に、【百合】なら【姫】に。
【黒のヴェール】
相手のカードに被せることで、そのカードの階級をひとつ下げる。自分のカードに被せることもできる。【百合】に被せることで、それは【黒百合】となり、【女王】に唯一勝つことのできるカードとなる。
ゲームは先攻と後攻を決めるところから始まる。
先攻側は、手持ちのカードから1枚を選び、裏向きで伏せておく。この時、白または黒の【ヴェール】を被せることもできる。これは白か黒、どちらを使用するか宣言し、表向きで置かなければならない。
先攻側がカードを置いたら、後攻側が同じようにカードを置く。後攻側のみ、相手のカードに【黒のヴェール】を被せることができる。
お互いにカードを置きあった後、それぞれのカードを表にし、階級を比べ合い、高い方が勝ち点をひとつ獲得する。同じ場合は引き分けとし、互いに勝ち点は獲得しない。
場に置いたカードすべては裏側にして捨て札として端に寄せておく。これらは例外を除いてこのゲームでは使用できなくなる。
これを先攻と後攻を交互に入れ替えて行い、先に勝ち点を3点獲得したプレイヤーが勝利となる。
また、エクストラゲームというルールが存在する。
互いに勝ち点が同じまま手持ちのカードが尽きた場合、【黒のヴェール】カードが残っているプレイヤーが敗北となる。お互いに【黒のヴェール】を持つ、またはすべてのカードを持っていない状態になった場合、エクストラゲームが行われる。
捨て札に置かれたカードすべてを戻し、先に勝ち点が相手より上回ったプレイヤーが勝利となるサドンデス方式である。
――以上が、リリヴェのルール概要となる。




