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第三章『仮面を被るもの』⑧

 一之瀬美桜。

 短く刈り上げた黒髪、ボーイッシュなシャツに短パン。まるでお嬢様には見えないその格好は、一年前の彼女を知っている者達でさえ誰が見てもそれが一之瀬美桜であるとはわからないほど。


 けれど、絵溜だけは知っていた。

 これまでずっとオンライン上での付き合いだった彼女と、今日初めてリアルで対面していたのだから。

 その絵溜が暗がりとはいえ彼女を見間違えるわけがない。


「どう、して……美桜さん……が……?」


 だが、信じたくはなかった。

 この状況、彼女の発言、そのすべてが真実を突きつけているというのに。

 絵溜はそれでも、友達である彼女のことを疑いたくはなかったのだ。


「説明が必要ですか? 私の囮として出場してくれる、というお約束でしたよね?」


 美桜は飄々とした態度で、倉庫の中へと足を踏み入れる。


「一年前のストーカー事件がトラウマだから、私の代わりに『OMI』になって欲しいと、そうお願いして引き受けてくれたのは絵溜さんですよ?」


「でも、それは……大会に出るために……」


 絵溜は震える声で言い返す。

 だが、そんな彼女のことなど気にもしないように美桜は言葉を続けた。


「ああそうでした。優勝おめでとう、絵溜さん。まさか本当に優勝してしまうなんて思っていませんでしたよ。そうだ、賞金の話なんですけど、やっぱり頂きますね。いいでしょ?」


「……、え?」


「まあそもそもの話、『OMI』のアカウントに登録されている振込先は私のものですし、貴女になんの許諾を貰う必要もないんですけど――あははっ!」


「嘘……だった、の……?」


 絵溜は絶望の表情を浮かべて、その場で膝を付く。


「一之瀬美桜……貴女、すべて最初からこのためにやったことだったのね?」


 そんなふたりの様子を眺めていた夜羽は、すぐ傍まで近寄ってきている美桜へとそう言い放つ。


「あら、ミカエルさん。お顔はモニターで拝見していましたが、随分と絵溜さんと似てますよね。もしかして、姉妹とか?」


「……そうよ。それより質問に答えて」


「このため……と言うのは、私がこのクソ虫どもを駆除することを指してます?」


 ぎろり、と美桜は腰の抜けている男たちへと視線を向ける。


「これで全員なのよね?」


 そして、いつの間にか美桜の隣に佇んでいるひとりの男へと問いかけていた。


「はい。リーダー格は先程撃ち殺したこの男。残りはこれに付き従っていた者達です」


 その男は、夜羽と絵溜を拘束したときにいた、拳銃を持っていた方のガタイの良い男。


「お、おい。何がどうなってる? お前、俺達を騙し――」


 二度目の銃声。 

 撃たれたのは車で男の隣に座っていた、もうひとり。


「よくやりました。……このカス共、『OMI』が私だと気付いてやってくるとは思っていたけれど、まさか本当に想像通りの動きをするなんて。もう人間じゃなくてbotよね、笑えるわ。そう思わない? 絵溜さん、ミカエルさん」


 愉快だと言わんばかりに声高く吐き捨てる美桜。

 絵溜は言葉を失ってしまったのか、無言のまま俯いて地面を眺めている。


「……絵溜は、貴女のことを友達だって言っていたのよ。そんな相手を裏切るような真似をして、心が傷んだりはしないの?」


 夜羽の訴えに、しかし美桜は何の感慨もなさそうな声色で反論する。


「友達? そんなもの、なんの信用になるの? 結局、人間関係なんて利害の一致でしか成り立たない。私はね、昔からそういうふうに生きてきたの」


「だからってこんなこと……許されるわけないでしょう!」


「別に、誰に許されたいとも思っていないわ。私はただ自分を脅かす存在をすべて排除したいだけ。勝手に死んだことにされて、閉じ込められて、そんな生活はもううんざりなんですよ」


 美桜は迷いのない口調で言い放つ。

 それが本心からのものであるということは、夜羽には理解できてしまった。


「……寂しいわね、貴女」


「同情のつもり? 必要ありませんよ、それ」 


「いいえ、ただの侮蔑よ。わたしなりのね」


「その減らず口……ここで潰してあげてもいいのよ、ミカエルさん?」


 美桜は指で夜羽を指し示すと、隣の男が手に持つ拳銃をゆっくりと向けて――


「ああ、そう。でもお生憎さま。一対一は得意なの、わたし」


 その瞬間、夜羽の身体が勢いよくその場から動いた。

 まるで弾丸のように、一直線に拳銃を構えようとしていた男の手元目掛けて右の手刀が放たれる。


「な――!?」


 弾かれた拳銃はそのまま地面を転がり、夜羽はそれに飛びつくように移動して――瞬きの間にその手には拳銃が握られ、銃口が男へ向けられていた。


「貴女、どうやって!? 腕は拘束されていたはず……何しているの、捕らえなさい!」


 美桜が叫ぶものの、夜羽の銃口の狙いは男から離れない。

 身動きの取れない男は観念したように両手を上げ、その場に座り込んだ。


「よし、偉いわね。さぁて、トリックが知りたいのかしら、一之瀬さん?」


「なにを……」


「簡単なことよ――っと」


 夜羽はもう片方の手で何かを放り投げる。

 それは先程、金髪の男が投げ捨てて砕けた仮面の破片であった。


「馬鹿な男のおかげで助かったわ。ま、もう死んでるし感謝はしてやらないけれど」


「貴女……な、何者なの!?」


「ただのミカエルよ。覚えてくれなくていいわ」


 そうして、夜羽はポケットからスマートフォンを取り出す。


「あー、もしもし百合花? ええ、大丈夫。なんとかね。こっちの居場所は――ああ、もう着く? ったく遅いのよ、はいはい」


「な、なに……?」


 美桜は呆然とした表情で、夜羽の顔を見る。


「もうすぐわたしの同僚が応援と共にここへやってくるわ。GPSってご存知?」


 夜羽の言葉に目を見開いて、美桜は叫んだ。


「あ……ああああっ!!」


 そうして、逃げるように駆け出す。

 それを夜羽は追おうとはしなかった。


「貴方たちの目的は……ま、言うまでもないか。一年前のストーカー事件、その関係者を炙り出して始末する――」


 夜羽は銃口を下ろし、男の傍へと腰を落として話しかける。

 男は依頼主が逃亡して反抗する理由を失ったのか、観念したように口を開いた。


「……ああ、そうだ。この大会に一之瀬美桜が参加するとわかれば、かつての事件に関わっていた者達の残党――特にこの男は必ず彼女の命を狙いに来るだろう。死亡扱いとして偽装していても、彼らは馬鹿な奴らの集まりだからな、安直な誘いに乗ってくる」


「ふうん。それで、貴方は何者?」


「俺はただの雇われ者だ。君達と……まあ、似たようなものかもしれない」


 ふっ、と薄ら笑いを浮かべる男に夜羽はむっとして、


「探偵と殺し屋を一緒にしないで」


 などと問答していると、数台の車が倉庫の外へと集まってきた。

 そこから雪崩出るかのように複数の白服たちが倉庫内へと駆け込み、すぐさま男たちを拘束、確保し始めた。


「お待たせしました。お怪我はありませんか?」


 その後にやってきたのは百合花、そしてその後ろには玲衣の姿もあった。


「遅いのよ……ったく。危うく死ぬところだったわ」


「ゆ、百合花……さん?」


 そこでようやく我に返ったのか、絵溜が顔を上げて百合花の姿を目にする。


「ごめんなさい、絵溜。悲しい思いをさせてしまって」


 絵溜は涙を浮かべながら、百合花に抱きしめられていた。

 そんな姿を見つめつつ、夜羽は振り返って玲衣へと視線を向ける。


「玲衣、貴女どうして?」


「決勝戦の後、本当はミカエルさまとお話したかったのですが、百合花さまに頼まれごとをされまして――」


「頼まれごと?」


「は、はい。あの子……小鳥遊さんの捜索です」


 そこで夜羽は気付く。

 この場に小鳥遊雫の姿がないことに。


「……小鳥遊さん、見つからなかったの?」


「そうなんです。結局見つけられないまま、百合花さまに呼び出され、ここに来ました」


「ちょっと、百合花! 小鳥遊さんは!?」


 夜羽が百合花へ向けて問いかけると、絵溜を抱きしめていた百合花が夜羽へと顔を向ける。


「もしかしたら巻き込まれているのかも、と思っていましたが……こちらにもいませんのね?」


「ええ、ここにはいないわ。まだ連絡が取れないの?」


「お待ち下さい。もう一度試してみますわ」


 百合花は鞄からスマートフォンを取り出して、通話を試みる。だが、一向に繋がる気配はなかった。


「……駄目、ですわね。ここにもいないとなると、そんな危ない事件に巻き込まれていたりはしないと思いますが――」


「探しに行くわ。彼女と共に行動していたのはわたしだもの。責任はわたしにある」


 そう言って、夜羽は立ち上がる。


「ああ、そうだ。百合花、これ預かっておいて」


「え? なにを――って、きゃあ!?」


 拳銃を手渡すなり、驚いて悲鳴のような声をあげる百合花。


「ふふ、久しぶりに素が出たわね、百合花」


「も、もう……! 夜羽、貴女ねえ――」


 気付くと一台の車まで近付いていた夜羽は、


「ちょっと車借りるわよ!」


「え――!?」


 そう言って、ひとりで車に乗ってこの場から去って行った。


「ああもう、こういうときは手が付けられないんだから、あの子は」 


 そうして、一之瀬美桜の手によって仕組まれた事件は幕を閉じた、はずなのだが――


(小鳥遊さん、どこにいるのよ……!)


 ――悪意は、まだ完全に消え去ってはいなかった。


 


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