第三章『仮面を被るもの』⑦
リリヴェ公式大会決勝トーナメントは白熱した試合の連続であった。
試合のすべてをモニターで映し出し、オンラインでも配信することで、数多くのリリヴェファンにとって至高のひとときとなったであろうことは想像に難くない。
そんな決勝トーナメントも最後の一試合。
壇上に上がるのはふたりの女性――
「なんだかんだで長かったわね。これでやっとリベンジができるってものよ」
「ふふ、負けませんよ――ミカエルさん?」
そこに立つのは、夜羽と絵溜。
ミカエル対『OMI』――その火蓋が今、切って落とされる。
◆◆◆
「……負けたわ。貴女の執念にね」
決勝戦、勝利したのは『OMI』。
一之瀬美桜の代わりとして出場した三日月絵溜の優勝が決まったのである。
「ありがとう、夜羽――いえ、ミカエルさん」
『それでは、優勝した『OMI』選手はステージへお越しください! 表彰式を行います――』
運営のアナウンスに従い、絵溜はステージへ向かう。そんな彼女の背中を眺めながら、負けてもなおどこかすっきりとした表情をしている夜羽なのであった。
◆◆◆
表彰式が終わり、大会が完全に終了した会場にて撤収作業が始まりだした頃。
夜羽はふと気が付いて、ポケットから取り出したスマートフォンを操作すると通話を始めた。
「……もしもし、百合花? 今どこにいるのよ。大会なら終わったわ、見ていなかったの? え、なに? ……小鳥遊さん?」
夜羽の隣で歩いている絵溜は、その様子をただ眺めていて、
「――わかった。なにかあったらまた連絡する。こっちは絵溜と一緒よ、問題ないわ。ええ、それじゃ」
「……あの、百合花さんと何を?」
絵溜が問いかけると、夜羽はいつになく深刻そうな顔をして口を開く。
「依頼主の小鳥遊雫と連絡が途絶えたって。あの子、ずっと観戦席にいると思っていたのに……」
「まさか。たまたま気付いていないだけって可能性も――」
絵溜がそこまで言うと、不意にふたりの背後におかしな気配が漂う。
「『OMI』だな? 大人しくしろ。こちらは拳銃を所持している。騒ぎ立てず、冷静な判断を求める。まずは黙ってこちらの指示に従え、良いな?」
絵溜の後ろに立つひとりの男。
背丈はかなり高く、黒いスーツに見を纏う厳つい風貌――その身体は相当に鍛え抜かれているであろうことが伺える。
「っ……なに!?」
男は、ひとりではなかった。
気が付けば夜羽もまた、別の男に腕を捕まれ拘束されている。
(迂闊……! さすがに体格差がありすぎるわね、これは)
抵抗しても無駄だと判断した夜羽は、絵溜の背後に立つ男へ視線を向ける。
「いったいどういうつもり? まさか、その子の賞金狙いだとでも言うわけ?」
「おい、黙っていろ女」
「わ、わたしなら言う事を聞きますから。その人は関係ありません! 離して下さい!」
絵溜が訴えかけるものの、男たちは一切聞く耳を持たない様子だった。
「二度とは言わない。大人しくしろ。抵抗するな。黙って指示に従え」
「くっ……!」
夜羽と絵溜のふたりは、男たちに連れられて人気のない道を歩く。
周囲にいたはずの参加者や観戦者たちはすでに姿を消していた。いくらなんでも静かすぎる状況に夜羽は戸惑いを隠せない。
(ここまでやるなんて只事じゃない……いったい何が起きてるってのよ……!?)
「こちらの車に乗ってもらう。ふたりとも後部座席だ。乗れ」
無理やりねじ込むように車の中へ突っ込まれるふたり。
抵抗するのが無駄だと悟ったのか、夜羽もそれに大人しく従った。
「……何が目的?」
夜羽は運転席にいる男へと問いかける。
しかし、返答はない。
夜羽を無視するように、もうひとりの男が口を開く。
「『OMI』――いや、一之瀬美桜。ようやくお前を捕まえることができたよ」
(こいつら、目的は一之瀬美桜……!?)
男はそう言いながら、絵溜の着けている仮面へと手を伸ばす。
「おいおい、お楽しみは後に取っておけ。まずは移動だ」
「チッ、わかったよ」
仮面を剥がされずに済んだ絵溜は、内心ほっとしながらも、今この状況について思考する。
この男たちは一之瀬美桜の身柄が目的のようだ。賞金に対しての言及はひとつもなく、『OMI』が一之瀬美桜であると知っていた。
仮にここで自分が一之瀬美桜ではないと告げたとすれば、もしかすれば身柄は解放されるかもしれない――が、それは甘い想定すぎるとすぐに遮断する。
隣にいるのは黒月夜羽。
男たちから見れば決勝戦を争ったミカエルというただのいち選手でしかない――はずだ。
この状況を打破するためには、何かこの男たちの予想から外れた要因――イレギュラーが必要であることは明白。
男は拳銃を所持していると言った。下手な動きをすれば最悪撃ち殺されかねない。
自分ひとりならまだしも夜羽を巻き込むわけにはいかない、そう考えると、結局のところ絵溜は身動きができないまま――
ちょんちょん、と、夜羽の指先が絵溜の手に触れる。
(……『ゆりかにまかせて』?)
夜羽は、絵溜の手のひらに指で文字を書く。
声は出せず両手は縛られているものの、これなら簡単な意思疎通はできるだろう。
(お願い、百合花さん……)
こうして、ふたりは謎の男たちに連れ去られてしまうこととなった。
◆◆◆
しばらく走った後、車は人気のない倉庫に停められた。
すっかり日は落ち、辺りは暗い。電灯の明かりだけが頼りになる、静寂の世界。
「降りろ。そのまま中へ進め」
言われるがまま、ふたりは倉庫の中へと進む。
そこには、複数の男たち――合わせて五人もの姿がある。
「いったい、何を――」
「待ってたぜ、一之瀬美桜!」
そのうちのひとり。
他の男たちとは風貌が異なる、金髪で痩せ細った若い男が、狂ったように笑みを浮かべて絵溜のもとへと近寄ってきた。
「一年前、お前に騙された仲間たちの無念はオレが晴らさなきゃいけねぇんだ。やっとそのときがきたってわけだぁ……!」
喉が焼けているのかと思うほどに掠れた声で語りかける金髪の男。
絵溜の着けている仮面を目と鼻の先で眺めながら、ニチャニチャと気味の悪い表情をしている。
「さあ、化けの皮を剥がすときだぁ……一之瀬ェ!」
男は勢いよく仮面を手に取り、剥がす。
そこにあるものは――
「おい、なんだ。そいつと入れ替わって……いや、同じ……顔? なんだこれは、なにがどうなってやがる!?」
一之瀬美桜ではない。
その顔は夜羽と同じ、だが別人である絵溜のものである。
男は錯乱するかのように手に取った仮面を地面に叩きつけると、仮面は割れてその破片が飛び散った。
「っ……!」
破片の一部が絵溜の太もも近くを裂き、白いワンピースが破れて内側の肌が露出する。
「絵溜!?」
「だ、大丈夫です……」
「え、る……だぁ? 誰だよお前、なんなんだぁ!? 一之瀬はどこにいった!?」
金髪の男は叫び散らかしながら、両手で絵溜の腕を掴む。
「おい、お前が『OMI』だろ!? 一之瀬美桜は『OMI』じゃない……? そんなわけがあるかぁ!」
ぎりぎり、と腕を掴む手の力が強まる。
絵溜は苦痛に歯を食いしばりながらも、無言で男の目を捉えている。
「ちょっと辞めなさいよ、貴方!」
「お前グルだな!? 同じ顔をして……一之瀬美桜を隠していたんだろぉ!?」
「な――」
違う、といっても信じられるわけがない。
実際ふたりの顔はほぼ同じなのだ。
この状況でなんの関係もないと言い張るほうが不自然だと言える。
「っ……いいから離しなさいよ!」
「うるせぇ! オレに指図するなぁ!」
男は激情し、今度は夜羽へその怒りの矛先を向けるように歩き始める。
「オレはなぁ、アイツに……一之瀬に仕返ししなきゃあ気が済まねぇんだよぉ! 出せ、いいから出せよ、一之瀬をよぉ!」
「お生憎さま、人違いよ――この気狂い野郎」
「な……んだ、と……この女ぁ!」
拳を振り上げる、金髪の男。
目は血走っていてとても正常とは思えない。
力加減なんて間違いなくされはしない――その拳で殴られたら、いくら夜羽であってもただでは済まないだろう。
それを理解して、絵溜は後ろを振り返り、なんとか夜羽を助けようと駆け出して――
――パァン、と。
酷く懐かしささえ覚える、乾き切った絶望の音が、倉庫の中に響き渡った。
「な、ん……――」
その銃声と共に、金髪の男は動かなくなり、その場に勢いよく倒れ込む。
「ちょ、ウソ……でしょ?」
脳天から流れ出す液体は、薄暗い倉庫の中でも酷く鮮明に――赤く、目に映った。
他の男たちは動揺し、あたふたと後ずさる。
銃弾はどこからともなく放たれた。誰が撃ったのか、倉庫の暗がりでは全く判別がつかない。
「――良かった、間に合いましたね」
声がする。
それは希望か、はたまた別のものか。
その声の正体にいち早く気がついたのは、他でもない――絵溜である。
「いくら囮とはいえ、死なれてしまうと私も心苦しいですから」
倉庫の入口。
電灯の明かりだけが頼りの中、黒いシルエットのようにして立つひとりの少女。
「……美桜、さん?」
「ありがとう、絵溜さん。これで私の悩みはすべて解消されます」
一之瀬美桜が、そこにいた。




