第三章『仮面を被るもの』⑤
予選が終わり、夜羽は百合花へと連絡した後、会場から外に出たところにあるコンビニの前でペットボトルの水を飲みながら空を見上げていた。
時刻は午後過ぎ。
決勝トーナメントは一時間後から行われるため、現在は昼休憩ということになっている。
上位8名の発表は決まり次第オンライン上で行われることのことで、最終戦で負けてしまった夜羽ではあるが、予選突破の可能性はまだ残されている。
とはいえ、夜羽のやるべきことは終わった。
運よく『OMI』との直接対決を果たしたのだ。情報を引き出すことはできなかったものの、夜羽の中である程度の推測は立っていた。
「お待たせしました。それにしても暑いですわねえ」
百合花が合流を果たす。
夜羽は無言のまま、飲んでいたペットボトルの蓋を閉めている。
「夜羽は気付いているのでしょう? 『OMI』の正体……わたくしは画面越しでしたから確信には至りませんでしたが」
百合花は鞄から携帯扇風機を取り出して起動させながら、そんなことを問いかける。
「……まあ、ね。まさかとは思ったけれど、なにか事情があるんでしょう」
「さすがにあの場で訊き出せはしませんでしたか、まあ仕方ありませんわね」
「大丈夫よ。あの子なら必ず来るわ」
夜羽がそう言って視線を会場側へ向けると、入口付近から白い影が彼女たちに向けて歩いていた。
「さすが、自分のことはよくご存知ですわね」
「別にそんなんじゃないわよ。ただ、あの子がなんの事情もなしに他人ごとに首を突っ込むとは思えなかった。だからきっとわたしたちを頼るはず……それだけのことよ」
そうして、ふたりの前に現れたのは、ひとりの女性。
仮面を被った白いワンピース姿の『OMI』、その人であった。
「場所を変えましょう。近くの駐車場に車を停めてあります」
◆◆◆
小鳥遊雫は、観戦席で対戦の様子を眺めていて、ひとつ確信したことがあった。
(あれは……たぶん、違う……)
夜羽と『OMI』の直接対決。
本来ならすぐにでも夜羽に連絡し、美桜についての情報を聞き出せたのか確かめたいと思うべきだろうが――
(あの人……『OMI』は、美桜じゃない……!)
どこへともなく会場を歩き回りながら、雫は考える。
(ミカエルさんと『OMI』がどんな会話をしたのかはわからない。だけど……美桜ならあんな手は使わない。オンラインで見た『OMI』とは全然違う……!)
――金持ちのやることは無茶苦茶だから。
ふと、そんな言葉が雫の頭によぎる。
(美桜は大会に出ていなかった……あれはただの影武者、ってこと……?)
いてもたってもいられない気持ちで、雫は辺りを見回しながら誰かを探すかのように歩き続ける。
(そんなに私に会いたくないの……美桜……?)
◆◆◆
駐車場に停まっているアルファードの車内、夜羽と百合花は『OMI』に連れられてやってきた。
「お久しぶりです、おふたりとも」
――仮面が剥がされ、その素顔が顕になる。
そこにあったのは、黒月夜羽と瓜二つの顔であった。
「やっぱりね。背格好と声色でバレバレだったわよ、絵溜」
――三日月絵溜。
彼女は夜羽の親族とも呼ぶべき存在――わかりやすく例えるなら双子のようなもの、である。
「夜羽さんこそ。ミカエルだなんてハンドルネーム、まさかとは思いましたけど……」
「ほら夜羽、怒るかもって言ったでしょう?」
「別に怒ってないですけどね。百合花さんも、お変わりなく」
「ええ。三年ぶりね」
まるで妹を見つめるような慈愛の含まれた眼差しをする百合花に、絵溜は少し頬を赤く染めながら嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「それで? なんで貴女が『OMI』なのよ」
そんなふたりの空気を壊すかのように、夜羽は直球どストレートの質問を投げかける。
「……はい。おふたりになら話しても良いと、美桜さんに許可を得ましたので、お話します」
「やっぱり、一之瀬美桜さんが関係しているのね?」
「ええ。彼女はわたしのリリヴェ友達なんですよ」
さらりとそんなことを口にする絵溜。
しかし、それでは納得がいかないと言わんばかりの勢いで夜羽が突っ込む。
「リリヴェ友達って……貴女、どうやって彼女と知り合ったのよ?」
「オンライン大会ですよ。ハンドルネーム『eru』。これわたしです」
「……見たことあるわね。まさか絵溜だとは思わなかったわ」
「まあ、オンライン大会では顔も声も映りませんから。仕方ないと思います」
「それで、その貴女が『OMI』――本物の一之瀬美桜と友達になった。それはいいけれど、それがなんで彼女の代わりにこの大会へ参加することになったわけ?」
「それは、少し長くなりますが……えっと、簡潔にまとめますね」
絵溜の言い分はこうだった。
おおよそ半年前、絵溜はリリヴェにハマり、オンライン大会に参加するようになっていた。同時期、物凄い勢いで大会を優勝しているプレイヤーを見つけた、それが『OMI』である。
とある大会での決勝戦、絵溜は『OMI』と対決――結果、勝利を抑める。
その後、チャットアプリにて絵溜のもとへ『OMI』から連絡があり、そこから交友がスタート。数ヶ月、共にオンライン大会へ参加しながら反省会という名のメッセージのやり取りを行い続け、切磋琢磨の日々を過ごしたのだという。
そうしたある日、『OMI』は自分の素性を絵溜へと明かした。
その理由は、直接会って話したいという絵溜に対して、それができないと断ったことが発端であった。絵溜が何故かと問うと、『OMI』は自分が過去の事件に巻き込まれた人間であり、現在は死亡扱いとなっていることを話した。
その名を、一之瀬美桜。
絵溜は彼女のことを調べ、過去に起きたストーカー事件について知ることになる。
それから数日後。
美桜から絵溜にメッセージが届く。
そこに書かれていたのは、数ヶ月後に開催されるリリヴェ公式大会にどうしても参加したい、という旨の内容であり、そのためにどうにか協力してもらえないか、というお願いであった。
絵溜は断る理由もないため、承諾。
しかしながら、その手段をどうするのか、しばらくの間考えて――
「それで貴女が代わりに『OMI』として出場したってこと?」
「正確には少し違います。確かにわたしは『OMI』として出場しました。オンライン大会で集めたポイントを使い、参加資格を手に入れた美桜さんは、そのアカウントをそのままわたしに譲渡しました」
「あら、れっきとした不正ですわねぇ」
当然、他人に自分のアカウントを譲渡することは不正扱いとなる。知られたら間違いなく一発でアウト、失格になるだろう。
「ええ。正直な話、わたしは別に失格になってもいいんです」
「……まさか、貴女――」
絵溜はまっすぐにふたりを見つめる。
「美桜さんは『OMI』を捨てました。ですが、大会に参加していないわけではありません。むしろ逆なんです。わたしが『OMI』になることで、そっちへ注意を向けていただけ。彼女は――美桜さんは、別の名前で大会に出場しているんです」




