第三章『仮面を被るもの』④
予選最終戦――夜羽はスマートフォンに映し出された対戦相手の名前を見て、目を見開く。
「百合花、どうやら運の女神はわたしに味方したみたい」
そこに書かれていた名前は、『OMI』。
一之瀬美桜と思わしきプレイヤーとの対戦が実現したのである。
◆◆◆
夜羽は会場へと戻り、自身の席――特別席となる壇上に位置したスペースへと向かっていた。
(ここにきてモニター席とはねえ。ま、音声は拾わないらしいから良いけれど――)
観戦席から見えるモニターに映し出されている対戦席。
全勝者は現在十名、つまり五組の対戦カードの中からランダムに選出されたのが夜羽と『OMI』の試合、ということである。
夜羽は『OMI』と対峙した時、対戦を通じて彼女にいくつかの質問を投げかけるつもりでいた。その場合、音声をモニターで流されてしまうと会話すら難しくなってしまうのだが、それはないとのことだった。
テーブルへと辿り着いた夜羽は、既に着席しているひとりの女性を視界に入れる。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、白いワンピースを身にまとい、【白のヴェール】のイラストと同じ仮面を着けている――
「……えっ?」
その姿を初めて目にした夜羽は、思わず自らの目を疑った。
左手で目を擦り、もう一度『OMI』の全身を舐めるように直視する。
「あの、なにか――」
そんな夜羽の様子に気付いたのか、『OMI』は振り向いて夜羽を視界に入れるなり、言葉を一瞬詰まらせてから、
「――ミカエルさん、ですね? よろしくお願いします」
「え、ええ。よろしく」
「あの、あまりじろじろと見られると照れてしまいますので……」
「……ああ、そう。しらばっくれるのね。いいわ、そっがその気ならわたしもその茶番に乗ってあげる」
夜羽は不敵な笑みを浮かべてそう言うと、『OMI』の対面に座り、ゲームの準備をしていく。
『それでは、予選最終戦――スタート!』
6回戦。
夜羽と『OMI』の対戦が始まった。
◆◆◆
観戦席にいる百合花は、スマートフォンを耳元に通話をしていた。
「……ええ、そうです。ここ数年の……はい、よろしくお願い致しますわ」
通話を切り、スマートフォンを鞄へ仕舞う。
視線を前に向けると、モニターには夜羽と『OMI』の対戦が今にも始まろうとしていた。
メインカメラは盤面を真上から写したもので、サブカメラでふたりの全身を斜め横から映し出している。
仮面を被った『OMI』の姿をそこで初めて目にした百合花は、にやりと口元を歪ませて、
「これはまた、ややこしいことになりましたわねぇ」
それだけを呟いて、これ以上見る必要はないと言わんばかりに席を立った。
◆◆◆
試合は夜羽が先攻となった。
リリヴェのセオリーとして、まず先攻が不利であることが挙げられる。この場合、下手に強いカードを使っても負けやすく、早い手番で【ヴェール】を使用するとその先すべての手番で相手がこちらの手を読みやすくなってしまうというデメリットがある。
そのため、先攻側はまずは【百合】を置き、引き分けまたは負けを受け入れることが順当となっている。
(仮面のせいで表情が読み取れない。会話にも応じる気配はない。徹底しているわね……)
夜羽→【百合】
OMI→【百合】
初手は引き分けという結果となった。
後攻とはいえ強いカードをすぐに使うのはリスキーである。勝てる確証のあるタイミングで強いカードを使うことがベストなので、この手は夜羽からしても予想の範囲内であった。
(……正直、リリヴェの勝ち負けはどうでもいい。わたしの目的はこいつの素性を明かすこと。だけど……)
ここは特別席、モニターされている対戦だ。この場で彼女に仮面を外させるわけにはいかない。
……だが実のところ、夜羽は既にこの段階で目の前にいる女性の正体を見抜いていた。
「ねえ、貴女。一之瀬美桜……という名前に心当たりは?」
それでも、夜羽は万が一のことを考えて質問を口にする。
それを受けた『OMI』は、無言のままカードを1枚裏向きで盤面に置いた。
「答える気はない、ってわけ? まあいいけど……ね!」
それに応えるように、夜羽はすぐさまカードを出した。
OMI→【百合】
夜羽→【姫】
先制点は夜羽。
だが、『OMI』は特に動じる様子もなく、淡々とカードを隅に寄せている。
「どうしてここにいてそんなことをしているのかは知らないけれど、なんだかクサいわよ、貴女」
ぴくり、と『OMI』の動きが止まる。
そうしてしばらく無言で夜羽を見つめるように視線を向けていたが、
「次は貴女からですよ、ミカエルさん?」
対戦開始から初めて声を出した彼女の様子に、夜羽はどこか満足したような顔をした。
「怒ってる?」
カードを出した夜羽は、どこか楽しそうな口調で目の前の対戦相手に問いかける。
「なにをですか?」
『OMI』もまた、思考する時間もなくカードを出す。
「ヴェールはなし。オープンです」
夜羽→【百合】
OMI→【姫】
これで1点同士。接戦である。
「ねえ。この試合わざと負けてあげるから、そっちの事情を話してくれない?」
「なんですか、それは。そんなことをされなくても、この勝負はわたしが勝ちます」
「あ、そう。わたしは別にこの大会へ勝ちに来たわけじゃないけれど、貴女はそうじゃないんでしょ?」
核心をつくかのような夜羽の口調に、『OMI』は思わず溜め息を吐いた。
「不正がバレれば失格になりますから」
「ふうん」
夜羽はそこで自分のカードを眺める。
手元には【女王】【百合】【白のヴェール】【黒のヴェール】。
勝ち点はお互いに1点。
ここから勝つためには、残りの二手番をどちらも勝つ、または引き分けてエクストラゲームで後攻を得て勝ち点を取る、もしくは――
「ここでの会話はモニターされていない。そうでしょう?」
「だからなんですか?」
「わたし、実はこの大会に出るにあたって自分なりにルールを定めたのよ。なんだかわかる?」
「……【女王】を最後まで使わない、でしょう?」
夜羽の定めたルールと言う名の制限――それを悩むことなく即答する『OMI』。
「ふうん、よくわかったわね」
「ええ。だって、わたしもそうしてきましたから」
そう言いながら『OMI』は自らの手札から1枚のカードを抜き出して、静かに盤面へと置く。
「ヴェールは?」
「必要ありません」
にやり、と夜羽は笑みを浮かべた。
そうして、そのまま自分のカードへ手を伸ばし――
「カードセット。さらに【白のヴェール】を被せるわ」
OMI→【女王】
夜羽→【百合】+【白のヴェール】
勝ち点はOMIが2点となり、リーチとなる。
「勝つ気があるみたいで安心したわ」
「そんな心持ちで参加している貴女に負けるわけにはいきませんから」
そうして、最後の手番。
リリヴェは同点でエクストラゲームに突入する場合、【黒のヴェール】を持っているプレイヤーが敗北するルールとなっている。
だが、それはあくまで勝ち点が同じ場合のみに適応される特殊なルール。
現状、OMIは勝ち点が2点であり、夜羽より1点多い状況。ここで引き分けて【黒のヴェール】を残しても、勝ち点の差で『OMI』の勝ちが決まるのだ。
夜羽の手持ちは【女王】と【黒のヴェール】。
『OMI』の手持ちは【百合】と【白のヴェール】と【黒のヴェール】。
夜羽は無言でカードを2枚置く。
語る必要はない、とでも言うように。
「それでは、これで」
夜羽→【女王】+【黒のヴェール】
OMI→【百合】+【白のヴェール】
どちらとも【姫】となり、引き分け。
予選最終戦、夜羽と『OMI』の対決は、『OMI』の勝利として幕を閉じた。




