第三章『仮面を被るもの』③
夜羽は2回戦から5回戦まで順調に勝ちを進めてきた。
この一ヶ月の期間で彼女はリリィ・ヴェールというゲームの特性を完璧に理解し、数々の大会動画などの参考資料を記憶した上で、勝つための定石やパターンなどを頭の中で自分なりに作り上げていたのだ。
「ミカエルさん! どうでしたか!?」
試合の終わった雫が夜羽のもとへやってくる。
「もちろん勝ち。貴女は?」
「ごめんなさい。私……負けてしまって……」
5回戦、あと少しのところで雫は敗北してしまったという。
とはいえ、ここまで勝ち進んできたこと自体が凄いことだ――と、夜羽は素直に雫の努力を内心称えていた。
「ま、仕方ないわよ。あとは任せて。結局ここまで『OMI』とは当たらなかったけれど――」
夜羽は手元のスマートフォンに目を向ける。
「勝ち点15、つまり5勝ね。ちゃんと勝っているようね、彼女も」
「美桜、すごい……」
予選は全6回戦。
つまり、次で勝てば決勝トーナメントへ進出することができる。
予選はスイスドロー形式と呼ばれるもので、負けても試合は続くことになっている。それは上位8名を決める際に全勝者が8名を下回る可能性があり、その場合の処置として1敗しているプレイヤーの中から1名を選出するためのシステムだ。
その選出の仕方として、選出対象となったプレイヤーがそれまでに対戦した相手の勝ち点を合計し、その点数が一番高いプレイヤーから選ばれる――そのためには、全プレイヤーが途中棄権などをしない限り6回戦を行うことで選出の公平性が増すという意味を持つ。
しかしながら当然、2回負けた時点で選出対象には絶対に選ばれないため、その段階でリタイアをするプレイヤーは多い。
そういった理由もあり、もし負けるとしても6回戦で負けたほうが決勝トーナメントへ上がる可能性は高くなることがわかるだろう。
「5回戦負けだと次に勝っても上がれるかどうかは怪しいですし……私は大人しく棄権して、観戦席に行こうかなと思ってます。もしかしたら『OMI』が特別席でモニターに映るかもしれませんから」
「いいの? 薄くても可能性はゼロじゃないわ。それに、全勝者が奇数なら階段式で貴女が『OMI』と当たるかもしれないわよ?」
「それなら大丈夫です。今の全勝者は十名。自分のデータも見れるんですけど、1回戦と2回戦の対戦相手がリタイアしています。これだとさすがに厳しいかな、って……」
「ふうん、なるほどね。ちゃんと計算して言っているのなら問題ないわ。ここまでやれただけでも皆勤賞よ。頑張ったわね、小鳥遊さん」
それが夜羽の心からの言葉だとわかって、雫はどこか複雑な気持ちを抱いてしまった。
「いえ、そんなことは……私、観戦席から応援していますね!」
それだけ言い残して、雫は夜羽のもとから去って行った。
「あら。小鳥遊さん、負けてしまいましたの?」
「ええ、まあここまで来れたことがそもそも驚き――って、うわ!?」
雫の背中を見送っていた夜羽の隣に、いつの間にか銀髪のゴスロリが立っていた。
「百合花! 貴女ねえ、連絡くらいしなさいよ!」
「これから大会に臨むという方へ野暮なメッセージを送るのも憚られましたので。それより、小鳥遊さんは?」
ゴスロリ少女――百合花は、いつも通りのあっけらかんとした態度で問う。
「負けたわよ。4回戦までは勝っていたんだけれどね。よくやった……とは思うけれど、この大会、そこまでプレイヤーの練度って高くないように思えるわ」
「まあ、初の日本大会ですし、参加者の大半はお金持ちの御令嬢だったり、裏のコネを持っている人間の斡旋だったり、一部では出来レースのための数合わせとすら言われている始末ですから。オンライン大会で参加ポイントをコツコツ溜めて出場している、ちゃんとした方々もいらっしゃるようですけれど……」
「ふうん。ま、不正しているわたしたちからしてみればなんとも言えない内情ね」
夜羽は近くのソファーを見つけて歩み寄り、百合花と共に腰掛ける。
「で、何しに来たのよ百合花。このタイミングでわたしを探しに来たなんて、何か理由があるんでしょう?」
夜羽の鋭い指摘に、百合花はくすりと笑って答える。
「実は今日、色々と会場内を調べ回っていたのですけれど、『OMI』の警護をしている者の姿が見当たりません。一之瀬家はそこそこお金持ちですから、大事な娘をひとりでこのような場所に送り出すとは思いにくいのですが……」
「『OMI』は仮面を着けて参加しているそうよ。素顔もわからないのだから、護衛がいないとしても問題ないと判断した……というのは理由としては弱い?」
「仮面、ですか……なるほど。彼女の素顔は把握しているのですけれど、仮面を被られていては見つけられなかったのも無理はありませんわね」
「わたしも見せてもらった写真のこと? ま、見た目だけならどこにでもいる普通の女の子だし、仮面なんて着けてないほうが目立たない可能性すらあるわよね……」
むしろわざと目立とうとしているのではないか、なんて邪推が夜羽の中で浮かんでくる。
「あら、夜羽もそう思いますの?」
「……なによ、人の心の中を見透かしたように話を進めないでくれる?」
「一之瀬美桜はわざと護衛を外している、わたくしはそう推理しました」
百合花はどこか確信めいた口調で言う。
「リスクでしかないでしょう、そんなこと。わざわざ死んだと偽装して海外へ留学、オンライン大会で『OMI』という偽名のハンドルネームを使い、日本国内で開催されているこの公式大会へも仮面を着けて参加――」
夜羽はそこまで確認するように呟いて、はっとする。
「……まさか、そういうことなの?」
「ええ、恐らくそういうことですわね」
夜羽の言葉に何を確かめるまでもなく同意する百合花。
そんな彼女の様子に、夜羽は己の直感から生まれたひとつの推論を口にした。
「彼女は、自らの意思で死を装ったわけではなかった……?」
「更に付け加えるならば、一年前のストーカー事件から彼女は一之瀬家の意向によりほぼ軟禁されている状態だった――わたくしはそう考えています」




