第三章『仮面を被るもの』①
――リリヴェ公式大会、当日。
幕張に位置する大きなイベント会場には、数多くのリリヴェプレイヤーたちが集結していた。
今回の大会に参加できるのは女性のみ。
リリヴェは女性向けとして作られた海外製のカードゲームであり、初の日本大会では女性限定大会としての体裁を設けられた。
しかしながら、来場者の中にはちらほらと男性の姿もある。
それはプレイヤー以外――観戦者、同伴者、親族、記者など様々であるが、会場の入口はプレイヤーとは別に分けられている。
夜羽と雫の二人は、当然参加者側として来場しているため、プレイヤー専用入口へと向かう。
――雫がプレイヤーとしての参加資格を有している理由は、この一ヶ月の間に百合花が裏で手引きをしていたようで、
『参加できる人数は多い方がいいでしょう? わたくし? リリヴェまったくわかりませんのでパスですわ』
――とのことだった。
雫は素直に参加権利を受け取り、夜羽と共に大会へ臨むことを決意したのである。
「う、うわあ……なんだか私、緊張してきました……」
あまりに大きな会場を目の前にして、雫は弱々しい声色で目の前を歩く夜羽の背中へ向けて声を掛ける。
「何に緊張してるのよ。大会に出ること? それとも、一之瀬さんに会うこと?」
振り返らずにゆっくり歩きながら、夜羽は軽い口調で問い返す。
「どっちも……ですかねえ……」
「あ、そう。ま、心配しなくても大会なんて負けちゃっていいんだから。あくまで貴女は一之瀬さんを見つけることが目的、でしょう?」
「まあ、そうなんですけど……とはいえ、男の人が参加者にいないっていうのは、ちょっと安心かも……」
きょろきょろと辺りを見回しながら、雫はか細い声で呟く。
「え、なに? 小鳥遊さんって男嫌いだったりするわけ?」
「そ、それは、女子校ですし……得意なわけないといいますか……」
「ふうん」
「夜羽さんは、あの……平気そう、ですよね……?」
恐る恐る、と言った表情で訊ねる雫。
そんな問いに思わず夜羽は吹き出すように笑って、
「そんなことないわよ。わたしも男性は苦手かな」
「えっ、そうなんですか……!?」
「ええ。ま、どこかの誰かよりは全然マシなんだけど――」
と、そこまで言って、夜羽は口を閉じた。
「……?」
雫はそんな夜羽の言葉に少しばかり疑問を抱いたが、特に気にすることもなく、すぐに別の話題へと切り替える。
「……美桜、来ると思いますか?」
「参加者リストには『OMI』のハンドルネームがあったって百合花が言っていたわよ」
「その……一年前、あの子はストーカー被害にあっていますから。いくらプレイヤーは女性だけとはいえ、それ以外なら男性も会場にちょくちょく見受けられますし……」
「とは言ってもねえ……生きている中で異性を避け続けるなんて無理でしょう。参加者が女性だけっていう時点で十分だと捉えるべきじゃない?」
一之瀬美桜は男性に対してほぼ間違いなくトラウマを抱え込んでいるだろう――というのは百合花の推測であったが、それに対して雫も確信的なほどに同意の意思を示していた。
今回のリリヴェ公式大会は女性プレイヤーのみの参加ではあるが、女学院のように男子禁制というわけにはいかないというのが実情である。
そうなったとき、果たして本当に一之瀬美桜はやってくるのか? ――という懸念点は拭えないままであった。
「そもそも『OMI』が一之瀬さんである確証は結局得られなかった。わたしもオンライン大会のログを何戦か確認したけれど、『OMI』自体は間違いなくひとりの人間だと思う。リリヴェはプレイにその人の癖や性格が現れやすいもの。わたしの目から見て、『OMI』はちゃんと実在する個人よ」
「……はい。私も、それは疑っていません。『OMI』は美桜……だと、思います」
「それならあとは見つけ出すだけだし、やることは単純明快。何も不安になる必要なんてないじゃない。そうでしょう?」
「それは……そう、ですね」
ふたりが歩きながら会話をしているうちに、参加者専用入口の近くまで到着していた。
他には観戦者用入口の前に並ぶ列と、グッズなどの物販ベースの待機列が作られている。
参加者入口には列は作られておらず、既に入場可能なようだった。スタッフの誘導でちらほらと入っていくプレイヤーであろう少女たちの姿がある。
「はー、やっぱ人気なのねえリリヴェって」
「一年前はマイナーなゲームだって認識だったんですけど……いつの間にかプレイ人口も認知度も上がっていたみたいですね……」
「小鳥遊さん、その様子だと本当にリリヴェやってなかったのねえ」
「え? ええ、まあ……美桜がいないと、やる理由も特になくて……」
ふうん、と適当に流す夜羽。
そんなふたりの背後――遠くから声が聞こえてきた。
「ミカエルさまーーー!」
夜羽目掛けて駆け寄ってきたその少女は、学院の制服を着て変わらぬ姿をした――如月玲衣であった。
「あら、玲衣。ちゃんと観に来てくれたのね」
全力ダッシュしたのか、息を切らせてはあはあと呼吸を落ち着かせている玲衣へ向けて、やけに親しげに声をかける夜羽。
「ええ、もちろんです。ミカエルさまは私たちの代表なのですからね!」
「ありがと。ま、やれるだけやってくるわ」
(いつの間にか仲良くなってる……)
何を隠そう、夜羽はこの一ヶ月間、玲衣たちリリヴェ部のもとへと度々足を運んではリリヴェの練習に付き合っていた。
それは玲衣に懇願されてのことでもあるが、夜羽自身、彼女たちの参加権利を譲り受けたことへの責任感が芽生えていたから――なのかもしれない。
「……あら? そこの貴女も、参加を?」
玲衣は夜羽の隣にいる雫に気が付くと、怪訝そうな視線を向けながら問いかける。
「は、はい。なんとか……」
雫自身、手段の定かではない百合花の特殊なルートを使った参加であることを理解しているためか、どこか申し訳ない気持ちを抱いていた。
しかし、玲衣は特段追求をするようなこともなく、
「ま、せいぜい頑張りなさいな。どのみちミカエルさまには勝てないでしょうけれどね」
「はは……そ、そうですよね……頑張ります……」
なんだか出鼻を挫かれたような気になりつつも、雫は言い返すこともなく大人しく退いた。
「そろそろ行くわ。それじゃあね、玲衣」
「はい! 私たち観戦席から予選は観られませんが、ミカエルさまは必ず決勝トーナメントの舞台へ上がられると信じています! 必ずこの目で焼き付けますから!」
期待を込めた眼差しで夜羽へ向けて深々とお辞儀をする玲衣。
その姿を見て、雫は何故かちくりと胸が痛くなる。
(……美桜、きっと来てるよね)
――リリヴェ公式大会、予選。
その幕が上がるまで、あと少し。




