第二章『リリィ・ヴェール』⑦
「――それで、リリヴェの大会に参加する権利を手に入れた、と?」
時刻は午後八時を過ぎた頃。
学生寮、四階――特別食堂へと戻ってきていた夜羽と雫は、百合花と合流して夕食の席についていた。
夜羽はリリヴェ部の部長である如月玲衣との対決に勝利した後、事情を知った玲衣がリリヴェ公式大会における茨薔薇女学院代表枠の権利を夜羽へ譲渡してもいい、と提案。
『……正直、少し重荷に感じていたのもあります。私は部のみんなと楽しくリリヴェができればそれで良かった。でも、やればやるほど勝ちに対する欲も強くなっていって――ミカエルさまとの対戦、頂いた助言で気付かされました。私は別に、外へ出てまで勝ちたかったわけじゃないんだ、って』
そんな玲衣の言葉は嘘偽りのないものだった。
夜羽は彼女たちの活躍の場を奪うことに多少なりとも躊躇したのだが、結局、押しに押される形で参加権利を譲り受けることとなったのである。
「わたくしはてっきり、小鳥遊さんが出るものだと思っていたのですけれど……」
夜羽からおおよその話を聞いた百合花は素直な疑問を投げかける。
「わ、私じゃ無理ですよ!」
「だって、別に勝つ必要はありませんでしょう? 大事なのはリリヴェの公式大会に参加して一之瀬さんを見つけ出すことなのですから」
「……それはそうなんだけど、ほら、あんなキラキラした目で託されたら断り辛いというか」
夜羽はバツの悪そうな顔をして、そんな言い訳じみた台詞を口にした。
「――まあ、いいでしょう。ですが夜羽、間違っても優勝はしないように」
「え!? 十五万ドルよ!?」
「お金なんて必要ありません。目立ちすぎてしまうことのほうが問題です。特に貴女はね」
「大丈夫よ、ハンドルネーム使うし。一之瀬さんだって『OMI』なんて名乗って出るんでしょ?」
調子の良い口調で夜羽が言うと、雫はどこか言いにくそうな表情をしながら口を開く。
「え、えっと……決勝トーナメントからは、生配信で対戦が全国ネットに流されます。オンライン大会とは違ってリアルの公式大会なので、ほぼ確実に参加者の顔も姿もすべて晒されることになるかなって……」
「そうなの!? 今のゲーム大会ってそんなことになってるわけね……」
「ですが、そうなると一之瀬さん――『OMI』もまた、その身を曝け出すことになるのではありません?」
「はい。『OMI』が美桜かどうかは、決勝トーナメントに上がりさえすれば間違いなく確かめられます」
「ふうん。つまり、一之瀬さんが決勝に上がるならわたしたちが参加するまでもないけれど、当然ながら予選で落ちる可能性もあるわけだし、わたしたちが彼女を見つけ出すためには――」
そこで言葉を区切って、夜羽はちらりと雫のほうへ視線を飛ばす。
「はい。一番の理想は予選で『OMI』と対戦すること。それが無理でも、できる限り参加者から『OMI』の情報を手に入れること……ですね」
「オーケー、目的は定まった。リリヴェの公式大会は一ヶ月後――それまで、わたしも少しはリリヴェについて勉強しておくとしますか」
一之瀬美桜を見つけ出す。
そのためだけの作戦だが、夜羽はどこかやる気になっている様子である。
「負けなさいよ、夜羽」
「なんかそれ違和感凄いわねえ、普通こういうときって勝ちを祈るものじゃない?」
などと、夜羽は軽口を挟みつつ、
「……気にしすぎなのよ、百合花は。別に優勝してしまったって構わないでしょう。わたしは別にやましいことなんてもうないんだし、多少目立ったところで貴女が心配するようなことは何もないんだから」
「ですが――」
「むしろ百瀬探偵事務所を宣伝する良い機会じゃない? スポンサーなら随時募集してるわよ」
「プロにでもなるつもり?」
「冗談よ。ま、やれるだけやってくるわ。小鳥遊さん、当日はもちろん来るのよね?」
夜羽は視線だけを雫に向けながら問いかける。
「はい。お願いします、黒月さん」
「あ、当日はちゃんとミカエルって呼んでよ?」
「わかりました、ミカエル先生!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。夜羽、貴女のハンドルネームってそれですの?」
百合花は驚きと戸惑いの入り混じった表情で、
「……それ、本人が聞いたら流石に怒るのではないかしら」
「あの子なら別に気にしないでしょ。『あ、またなんかやってるな』ぐらいの反応よきっと」
ふたりが何の話をしているのかまったく理解できないまま、雫はテーブルの上にある夕食を手につけながら思考する。
(美桜……絶対に、見つけ出すから)
舞台は日本国内にて開催されるリリィ・ヴェール公式大会。
一ヶ月後、雫は果たして一之瀬美桜と再開することができるのか――




