第二章『リリィ・ヴェール』⑥
「部長が……負けた……?」
夜羽と玲衣のリリヴェ対決は、夜羽の勝利で終わった。
その試合を観戦していた部員たち、雫、香菜、その誰もが予想だにしていなかった展開に驚きを隠せないでいた。
「なかなかやりますね、ミカエルさん。国内外合わせて数々の大会を観てきたけど、ミカエルというハンドルネームは見たことがない。いったい何者なの?」
「え? わたしこれで二回目よ、リリヴェやるの」
「…………、えぇ?」
しまった、と夜羽は言ってから気付く。
一応この場では雫の先生という偽りの肩書きなのだ。
(ま、別にいいか――)
「まさか、リリヴェの天才……!?」
「――は?」
玲衣は負けたのにも関わらず、悔しがるようなこともなく、夜羽の目の前まで駆け寄った。
「お願いします、リリヴェで勝つためにどうすればいいのか、教えて貰えませんか――ミカエルさま!」
「……さま?」
目をキラキラと輝かせて、憧れの人を見つめるように、玲衣は――その後ろにいる部員たちですらも――夜羽へ向けて期待の眼差しを向けていた。
(ああ、忘れてた。ここってお嬢様学校だったわ……)
世間知らず、とまではいかないものの、閉ざされた環境で育ち、学んでいる彼女たちにとって、異分子でありながら尊敬すべきものを持っている夜羽のような人間は、簡単に憧れの対象となってしまうのかもしれない。
「教えられることはあんまりないけど……。リリヴェの公式大会に出る予定なのは部長の貴女よね?」
「ええ、そうです!」
「そうねえ……、貴女はわかりやすすぎる。この部の中では一番強いのかもしれないけれど、それは井の中の蛙ってやつよ。リリヴェって相手の癖とか性格とか、その場の空気とかそういうのを読み取っていくゲームでしょ?」
夜羽は真剣な面向きで饒舌に説き伏せる。
「貴女がここにいる部員たちに勝てているのは、共通認識の上でわかりやすく読み取りやすい世界で戦っているから。わたしのように外から来た人間に簡単に負けてしまうのはそれが理由ね。大会で勝つためには初対面の人間に勝つための練習をするべきよ。貴女たち、動画とかネットで観るだけで満足しちゃってない?」
「……耳が痛いです」
「ていうか――ねえ、香菜。貴女、結局わたしたちをここに連れてきて何がしたかったわけ?」
夜羽は背後へ振り向いて問いかけると、香菜は柔和な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「そりゃー、リリヴェ部顧問としてみんなに刺激があればいいなーとか思ったりはしたけどねー。夜羽たちがリリヴェの公式大会に出るつもりなら、そっちにだって多少の刺激はあるんじゃない?」
「……夜羽?」
「あ」
香菜のうっかりを見逃さなかったのか、玲衣は目を丸くして夜羽の顔を注視した。
「まさか、貴女が黒月夜羽さま……!? この学院の創設者である百瀬百合花さまの親友にして、黒月財閥の次期トップと言われている、あの!?」
「ちょっと香菜、貴女ねぇ……」
「ごめーん夜羽。口が滑っちゃったー」
きゃあああ!! と、部員であるお嬢様一同の黄色い悲鳴が部屋の中を暴れ回る。
「落ち着いて貴女たち。わたしはミカエル。それ以上でも以下でもないわ」
「黒月夜羽さま――いいえ、ミカエルさま。何かご事情がおありなのですね。わかりました、深くは追求しないでおきます」
(なんかキャラ変わってない? この子……)
玲衣が憧れの人を前にするお嬢様ムーブ全開の中、部員たちもそれに倣うかのように夜羽の周りへ集い始める。
そんな光景を目の当たりにしていた雫は、隣に立つ香菜のほうへと困り顔をして、
「す、すごい人なんですね、黒月さんって」
「まーそれなりにね。癪だけどー」
部室の中心で揉みくちゃにされている夜羽をよそに、ふたりは隅っこで我関せずを貫くのであった。
「ところでミカエルさま、リリヴェの公式大会に出られると聞きましたが……?」
玲衣がふとした疑問を夜羽へ投げかける。
「あー、そうしたいんだけれどね。初参加には推薦が必要なんでしょ? わたしたち、まだ出られる方法がなくて」
「推薦ですか……それはなかなかハードルが高いですね。今回は開催が国内ですから、事前にちゃんとした手続きを踏んでいれば出場できていたかもしれませんけど――ウチ、茨薔薇女学院は学業の一環としての参加ということで申請を繰り返した結果、たった一名の枠を獲得できたくらいですから」
「そんなにキツいの? カードゲームの大会に出るだけなのに?」
「――そこからはあたしが話そうか」
ここでようやく香菜が話に割り込んでくる。
「リリヴェ――『リリィ・ヴェール』は海外製のカードゲームで、向こうでは熱狂的なファンも多いし、公式・非公式問わず競技シーンっていうのは多いんだ。でも日本じゃまだそうはいかない。今回の公式大会が日本で行われる理由は色々あるんだろうけど、多分一番大きな理由は――起爆剤、かな?」
「日本で流行を生むための話題性作り、そのために大きなイベントを……ってこと?」
「そーそー。だからさ、参加者に関しては相当厳しい審査がされているはずだよ。初の日本進出、コケるわけにはいかないじゃん?」
「なるほどね……」
正直、夜羽はリリヴェというゲームを舐めていた。ただの子供の遊びだと、大したことでもないのだと甘く見ていた。だが、ここまでの話を聞いて、さすがにその価値観は覆さざるを得ないだろう。
「それにね、優勝したら賞金もあるんだよー。10万ドルだったっけ?」
「今年は15万ですよ、先生」
「えぇ!? ヤバいわねリリヴェって!!」
賞金制であることすら驚きなのに、その金額があまりにも桁違いすぎて、夜羽は思わず大声を上げてしまった。
「15万ドルかー……それだけあれば事務所も良いところに引っ越せるわね……」
「ねえ夜羽、アンタ目的変わってない?」
「良いでしょう別に。ま、結局出られないんじゃ関係ないことだけれど――」
そんなふたりのやり取りを眺めながら、玲衣はどこか意を決したかのような顔をして、ゆっくり深呼吸してから口を開く。
「ミカエルさま。でしたら、私たちの代表として出場されませんか?」




