第二章『リリィ・ヴェール』⑤
茨薔薇女学院リリヴェ部。
なんともはや奇妙な名前の部活だが、部員も二十名を超えているという。
雫と夜羽は、部の顧問である香菜に連れられて、再び学院校舎――その三階にあるリリヴェ部の部室へとやってきた。
ちなみに、百合花はというと、
『わたくしリリヴェはまったくわかりませんし、ここは得意そうな夜羽にお任せしますわね〜』
などと言いながら、学生寮に残っている自室へと姿を消してしまった。
あれだけ雫の手助けをすることに乗り気であったのに手抜きとは許すまじ、とは夜羽の心情である。
とはいえ――実は、夜羽はリリヴェに少し興味を持ち始めていた。
一度遊んだだけではあるものの、そのゲーム性にシンプルながら奥深さのようなものを感じて、もう少しやってみたいという気分になっている。
「おっつかれ〜。ちょっとみんなごめんなんだけど、部長以外は席を外してくれないかなー」
部室に入って行った香菜が挨拶と共に突然そんなことを言い放つなり、部屋の中からざわざわと生徒たちの声が外側まで漏れ出していた。
扉の前で待機していた夜羽たちは、少なからず申し訳ない気分になりながらも、香菜の呼びかけを待つ。
「いいよー、入ってきてふたりともー」
そうして、夜羽と雫を呼ぶ香菜の声に従うように、ふたりは部室へと足を踏み入れる。
そこに広がる光景は、少しばかり異様と言わざるを得ないほどに想像していなかったものだった。
「みんな紹介するね。この子は小鳥遊雫さん。湊女学院の生徒さんなんだけど、リリヴェプレイヤーでさ。知り合いのつてで今日はウチに見学にきてくれたんだ」
「こ、こんにちは。小鳥遊です」
「そんでもって、隣にいる背の高い人が、彼女の顧問の先生。名前が――」
そこまで口にして、香菜は「どうしよう、偽名考えるの忘れてた」と言わんばかりの顔で夜羽を見つめた。
黒月――というと、知る人ぞ知る百瀬財閥に並ぶ大企業の名であり、過去にこの学院とも大きな関わりがある。
そのことは茨薔薇に通う生徒にとっては当たり前の教養であるため、夜羽がむやみにその名を告げるのは騒動のリスクに繋がりかねない。
「……わたしのことは『ミカエル』と呼んでくれたら良いわ。みんなにもあるでしょ? ハンドルネームみたいなものだと思って」
その言葉に生徒たちはどよめく。
それもそのはず、いい歳をした成人女性が『ミカエル』などと名乗るなんて痛々しいにも程がある。
「あの、先生」
そんな中、多くの生徒たちよりも数歩前に立っているひとりの少女が挙手をした。
「なにー? 如月さん」
――如月玲衣。
三年生であり、このリリヴェ部の部長を務める少女。
赤みのかかった茶髪を肩まで伸ばし、少し痩せ気味ではあるものの、すらりとしたスタイルと整った顔立ち。
雫とは正反対と言っていいほど、陽の気を漂わせている。
「見学とか言ってましたが、ようはリリヴェでこの子をわからせろってことですよね?」
どこまでも高圧的な態度で玲衣は雫を睨みつけ、嘲笑うかのような声色で言う。
「うーん、別にわからすとかそーゆーのじゃないんだけど。まあ、ウチらのことを知ってもらうにはリリヴェやるのが手っ取り早いとは思うよねー」
香菜はそんな部長を諌めることはせず、むしろ後押ししてるのではないかと思うほど。
「わ、私がやるんですか!?」
「他に誰がいるって? まさかウチらの練習を邪魔しておいて、やらないなんて選択肢はないでしょ?」
挑発的な言葉で雫を追い詰める玲衣。
確かに練習の邪魔はしてしまったし、素直に謝ったほうがいいかな――なんて雫が思い立っていると、隣にいた夜羽が前へと一歩踏み出した。
「ごめんなさい、この子リリヴェ下手なのよ。多分、貴女たちにとってはつまらない結果になってしまうと思うわ」
「ふーん、なんだっけ、貴女。ミカエルとか言いましたよねぇ? そんな格好良い名前を使うからには、相応の実力があるんでしょうね」
(えっ、格好良い……?)
雫は目の前にいる夜羽、そして部長である少女のセンスを疑いつつ後ずさりする。
「試してみる?」
にやり、と夜羽は思わせぶりな嘲笑を浮かべて一言。
「もちろん。楽しませて下さいね、ミカエルさん?」
こうして、何故かよくわからない流れのまま、夜羽と玲衣のリリヴェ対決が始まった。




