第二章『リリィ・ヴェール』④
一之瀬美桜は生きていた。
しかし、彼女は海外へと留学しており、会うことは困難であるということ。一年前のストーカー事件は実際にあって、それにより死にかけていたこと。
そして、その一之瀬美桜と思わしき人物がリリヴェのオンライン大会に出場していて、それを偶然にも見つけたことにより、雫が諦めかけていた親友への思いを蘇らせたのだということ。
これらの事実をまとめた上で、雫の依頼を受けている探偵として、百合花は――
「それでは小鳥遊さん。これからどうするか、どうしたいのか、貴女のご意向を教えて頂けますかしら?」
「……え?」
「確かに一之瀬さんの生死は判明しました。ですが、貴女の目的はそれだけでは終わらないでしょう?」
百合花にそう言われて、雫は考え込む。
確かに生死を知ったところで満足するということでもなかった。雫自身、一之瀬を探していた本当の理由、その気持ちを理解しきれていなかったのかもしれない。
「私、美桜が生きているって聞いて、確かに嬉しかったんです。でも、心のどこかにモヤモヤしたものがあって……それがなんなのか、ずっと考えていたんです」
雫が言葉を絞り出すように話している様子を、百合花、夜羽、香菜は静かに見つめながら聞いている。
「……正直、悔しかった。私、美桜の友達だと思ってたのに。どんなことだって相談してきたし、して貰えてた……そう思ってたのに、そうじゃなかったんだってわかって――」
普通に考えて、生死を偽装するなら身内以外には嘘をついてでも隠し通すべきだろう。
それは雫に対しても同じことであり、そんなことは雫本人もわかっている。けれど、それでも納得のできないことはあるのだ。
「だから、私……美桜に会いたい。会って、もう一度顔を見たい。まだ私はここにいるんだよ、って伝えたいんです……!」
それこそが雫の本心。
忘れていたはずの、彼女の心の底に眠っていた本当の気持ちであった。
「でしたらパスポートを用意しなければなりませんわね。海外となるとなかなか大変ですから」
「ちょっと百合花。貴女まさかそこまで首を突っ込むつもり?」
雫の意気込みを聞いて乗り気な百合花であったが、それを抑え込むように夜羽が静止しようとする。
「受けた依頼は最後まで完遂する。それがうちのポリシーでしょう」
「そんなもの聞いたことないわよ。だって海外よ? そりゃ昔から何度も海外には出ているから無理なことはないけれど――」
「あの……それなら多分、大丈夫だと思います」
恐る恐ると言ったように、雫はちょこんと右手を挙げた。
「リリヴェの公式大会なんですけど、今年は日本で開催されるんです。きっと美桜――『OMI』はそこにやってきます」
「あー、それはありそう。そもそも海外留学したのだってリリヴェのためなわけだし。あの子ならきっと日本に戻ってくるよ」
雫の推察に同意する香菜。
その話を聞いていた夜羽は、今度こそ耐えきれないと言わんばかりに深く溜め息を吐いた。
「あーもうわかった勝手にして。百合花がやると決めた以上はわたしも従うしかないんだし」
「そうと決まればリリヴェの大会に出るための手続きをしましょうか。小鳥遊さん、どうすればいいのかしら?」
「ええと、確か初参加は推薦が必要だったような……」
雫が困った顔をしながらスマートフォンを手に取り、調べ始める。
「あ、それならウチからもひとり出す予定だよー」
などと、香菜が軽い口調で言う。
「ウチ、とは?」
百合花は予想できていながらも確認のつもりで訊き返す。
「ウチと言えばそりゃー茨薔薇女学院でしょ。ほら、代表選手……みたいな?」
「え、そんなスポーツみたいな感じなの……?」
対してツッコミを入れるのは夜羽。
しかしながら香菜はあっけらかんとした様子のまま、
「うん。だってリリヴェ部あるしね、ウチ」
「教養として取り入れるって話、あれ本当だったわけ……?」
「まだ実現したわけじゃないよ。生徒たちが自主的にやってるだけ」
「それにしても……なんていうか、カルチャーショックってこういう感じかぁ……」
あまりの事実に言葉を失ったのか、らしくもなく夜羽は驚きから脱力してしまった。
「もうすぐ放課後になるし、せっかくなら見に行く?」
「それは助かりますけれど……渋谷さん、部外者を連れ込んでしまっても問題ありませんの?」
「まー大丈夫でしょ。一応、あたしリリヴェ部の顧問だしね」
「えぇ――!?」
――とまあ、そんなこんなで。
百合花たち一行は、リリヴェの公式大会へと出場するための第一歩を踏み出したのであった。




