第二章『リリィ・ヴェール』③
「負けちゃったかー。うーん、仕方ない。あたしに言えることだけでいいなら話そっか」
香菜は特に悔しそうな顔もせず、広げていたカードを片付けながら言う。
「……なんだか腑に落ちないわね。香菜、手加減したでしょう?」
一方、何故か勝った側であるはずの夜羽のほうが納得のいかない表情で香菜を睨みつけていた。
「え? そりゃだって、ハンデありで良いって言ったのはそっちじゃん」
「ハンデって……ああもう、結果として話してくれるなら別になんでもいいけれど……」
片付け終わった香菜は、改めて雫のほうへと向き直る。
「……それで? 小鳥遊さんはあたしに何を訊きたいの?」
そんな香菜の問いに、雫は軽く深呼吸をして、
「私、美桜が死んだなんて信じられないんです。だから真実を知りたい。一年前、美桜が本当はどうなったのか――」
「……そっか。つまり、一之瀬さんの生死が知りたい、ってこと?」
「はい。百合花さんは、生きていると思う、って……」
ちらり、と雫が百合花のほうへ視線を向ける。当の百合花は、なんの感情も伺わせないような顔で無言を貫いている。
「……先輩。なんの根拠もないことを言うのってよくないと思うなー」
「根拠がない……って、まさか……」
香菜の言葉に顔が青ざめていく雫。
そんな彼女の様子を見つめながら、香菜は息を吐いて――
「一之瀬美桜は亡くなったよ。一年前、確かにね」
「なっ……そんな!?」
「――ってゆーのが、表向きの体なんだけどー」
なんて、香菜は急に軽い口調に切り替える。
「本当はさ、生きてるんだよね」
「ど、どっちなんですか!?」
「うーん。これ以上はグレーゾーンだからあたしの口から言うのもなー。一之瀬さんには『もし雫がやってきたらリリヴェでボコボコにして追い返しといて下さい』としか言われてないからねー」
香菜は困ったような顔をして唸り始める。
「あ、言いそう……じゃなくて! やっぱり生きてるんですね!?」
「まーねー。でも残念だけど、ここにはいないよ」
「……え?」
「彼女は今、海外にいるんだよー。リリヴェが海外製のカードゲームなのは知ってるでしょ? あの子さ、リリヴェが好き過ぎて海外留学しちゃったんだよねー」
なんだそれは、と雫は思う。
一方的に死んだと告げられたと思えば、リリヴェのために留学しているなんて、あまりにも予想外すぎる。
「どうして……死んだなんて嘘を?」
「君も知ってると思うけど、当時、一之瀬さんはストーカー被害に合っててね。実際のところ、死んでもおかしくない事件に巻き込まれてはいるんだよ」
心なしか香菜の口調が真剣味を帯びてきたことに気付いた雫は、固唾をのみ込んで彼女の言葉に黙って耳を傾ける。
「ストーカー自体は捕まったんだけど、これが単独犯じゃないっぽくてさ。また同じ事が起きるかもしれないと思ったご両親は、一之瀬さんを戸籍上死亡した扱いにして身を守ることを選んだんだよ」
「ふうん。なんだかよくありそうな話ね」
話を聞いていた夜羽は、何故か機嫌を悪くしたように口を開く。
「よくある……ですか?」
「ええ。金持ちのやることなんて大抵が無茶苦茶よ」
夜羽は溜め息混じりに吐き捨てて、それからまた黙り込んてしまった。
「これで満足した? 小鳥遊さん」
もう語るべきことはないとでも言いたげな表情で、香菜は雫へ問う。
「美桜が生きていた、というのは素直に嬉しいです。でも……」
そう言いつつも、雫は納得のいかない表情をしている。
百合花はそんな彼女の様子を見るや否や、これまで閉ざしていた口を開いた。
「わたくし、実はまだ疑問に思っていたことがありますのよ」
その視線は他の誰でもない、雫へと向けられていて。
「小鳥遊さん。貴女は何故、今この時期に一之瀬さんを探そうと思ったのかしら?」
「それ、は……」
「一年前にいなくなったのならその時に探していてもおかしくはありませんでしょう? それなのに、どうして?」
百合花の指摘はもっともだった。
ただの気まぐれではなく、何かしら明確な理由がある――
「もうすぐ、リリヴェの公式大会があるんです。私、一年前に美桜がいなくなってからずっとリリヴェをやっていなくて。でも、ふと目についた公式大会の広告に、昔のことを思い出させられて――」
「それで一之瀬さんを探そう、と?」
「……いえ。正直、それだけではそんな風には思えませんでした。ただ、なんとなく……昔のように、リリヴェのオンライン大会を覗いてみたんです。そうしたら――」
雫は、ポケットからスマートフォンを取り出して、画像フォルダの中から一枚のスクリーンショットを表示し、テーブルの上に置いて見せた。
「『OMI』……見慣れないハンドルネームなのに、この人のプレイを見ていたら、昔やっていた美桜とのリリヴェを思い返してしまったんです」




