那珂川リクの憂鬱 3
運動のあとで一旦シャワーを浴びるからというミカと別れオレは部屋に戻った。
久々に本格的に体を動かしたせいか、心地よい疲れがある。
シャワーを浴びて、スマホで動画を見ながらうつらうつらしているとインターホンが鳴った。
ドアの前でポーズを決める彼女二人がカメラに映る。
「今あけるよー」
スマホを置いて立ち上がり、マイク越しにそう伝えて玄関に向かった。
「お邪いまー!」
「お邪いま」
ドアを開けると二人が元気にあいさつする。
風とともにいい匂いが入り込んできた。
「いらっしゃい」
これ出迎えのあいさつもなんかオリジナリティ出すべきなんかな、とか血迷いつつ二人と部屋へ戻る。
「リク、なにかしてた?」
「いや、動画見てぼーっとしてたくらい」
スマホを示すとぐいっと二人が身を寄せてきた。
「ふうん?」
「なに見てたの」
「近い近い」
そして狭い狭い。
スマホで動画を見ていたことを伝えただけなのに、彼女さんたちにガッツリと挟まれた。これがオセロならオレも長身美女になってるぞ。
教えないとすまないやつなので直前まで再生していた動画を開く。
「これ、Vの切り抜き動画」
「へー。あ、かわいい」
一度キノエが可愛い認定しないものがあるか調べてみたくなってきたな……。
「見たことある、前に話してた人?」
「そそ」
カナダ時代にオレが勉強中VTuberの配信をBGMがわりにしていたことはチャットでちょいちょい話題に上げていた。
それを覚えていたのだろう、ミカの言葉にうなずく。
しかしこれ完全にこのまま見る流れになってんな……。
ミカはオレの頭に頭をのせてるし、キノエはセンシティブにもオレの脚の間で床に手をついてしなだれかかっている。
どうか動画が終わる前に二人が飽きるか、変なおススメは流れてこないでくれと願うばかりだ。
「あたしも、あたしもちゃんと覚えてるよ!」
「はい、どうぞ」
なんで張り合ってるんだろと思いつつ、本当か? 本当に覚えてるかー? といういたずら心を込めてキノエを見た。
「オレゲマの……ナントカさん!」
「惜しい」
正解はオレゲマEN所属のアレッカ・ナトゥーラです(早口)。
ちなみにオレゲマは正式名称を「Ole! ゲーマーズ!」というゲーマー女子を売りにしたVTuber事務所だ。
その中でもENはEnglish、つまり英語を母語ないし第二言語とする海外部門を指している(ちなアレッカは英語のイントネーションと配信時間から北米住みと見られていた)。
ともあれ惜しかったので残念賞を差し上げようと思っていると、キノエがオレの脚をバシバシしてくる。
「えー? あってるでしょ、JPニキのファンがナントカさんって呼んでたもん」
「なん……だと……」
アレッカリスナー定番の身内ノリを抑えている、だと……。
「見たの?」
「うん。だってリクが見てるって言うから」
キノエが胸を張り、ミカがスマホをいじりながら頷く。
へえ、やるじゃん(何にともなく)。
「でも英語だから字幕ないと何言ってるかわかんないね!」
「ダメじゃん」
「ええー」
いや仕方ないけどね。
シンプル英語の聞き取りの能力が必要になる上に、ネット用語やらゲーム用語やら向こうのスラングやらも混じるし。
オレも正直ちゃんと全部を理解していたとは言い難い。
「あ、天神でオレゲマのポップアップストアやってる」
「マ?」
「うん」
なにやらスマホさわってたのはこれだったのか。
差し出された画面には間もなく終了の予定が表示されている。
ふーん、オレゲマもでかくなったじゃん(後方腕組古参面)。
まぁENのグッズは多分まだない気もするけど。
「じゃ、いこっか。明日!」
「判断が早い」
そして相変わらずキノエは行動力の化身だった。
「ミカ、予約!」
「ん、予約は……いらない」
「なら良し」
勢いよく言ったあとで、ぴたりと動きを止めたキノエがオレを見る。
「リク、行くよね?」
「え、うん。二人がいいなら行こっか」
いまさらなんでオレの意思確認必要なんだろうか。
「キノ」
「う、うん。わかってるって」
なんて思っていると、ミカがオレの背中越しにキノエを脇をつついた。
なにやらちょっとばつの悪そうな表情で彼女はオレの目をのぞき込む。
「あのね、リク。もしかしてあたし、リクのこと振り回してない?」
「私たち、ね」
「え、いまさら?」
「あーん、やだぁ、リク怒んないでよお!」
「ごめんなさい」
おっと素直な感想を口にしたら思ったより深刻に受け止められたぞ。
「いや、怒ってないよ。いまさら? って思っただけで」
「それ、怒ってないの?」
「怒ってない怒ってない」
我ながらちょっと説得力に欠けるなと思いつつも繰り返す。
いや、本当に怒ってないんだよね。
「ほら、正直二人と付き合うとかどうすりゃいいのってところあるし。天辺たちがしたいことに乗っかったほうが楽だったっていうか」
あと三年間返事を待っていた二人と、待たせていた自覚皆無なオレじゃカレカノに付随するあれこれへのモチベが違いすぎる面もあるし……。
「ただまぁ、海外旅行は当分いいかな」
「え、夏は外国行ったほうが涼しくない?」
「それはたしかに」
台湾旅行でモンスーン気候の夏を先取りしてちょっと怖気づいたからな。
夏の間だけメトロバンクーバーと気候を取り替えられないだろうか。
「二人とも、脱線してる」
「「はっ」」
ミカの一言で夏の予定から意識を戻す。
「何の話だっけ」
「『ごめんっていまさら謝ってももう遅い、オレはもっと大人しい女の子と付き合います』なんて言わないでって話!」
「言わない言わない、どこで覚えたの」
なんでなろう風味なのか。
見慣れたフレーズもキノエの口から出てくるとギャップがすごい。
「あとほらオレ日本人リハビリ中だし、かえってありがたいっていうか」
「国籍変わってた?」
「いや、変わってないけど」
日本は二重国籍を認めてないし。
カナダ時代は仕事が忙しい両親しか日本語ネイティブいなくて、あと話しかけてくるのはオレで練習したい日本オタクの面々くらいだったからめちゃめちゃ錆びついているのだ。
「天辺が唐突なのも横中がマイペースなのも知ってるし、慣れてきてるし。まぁ心配なら今後はオレももうちょい自己主張するよ」
できるとは言ってない。
「本当?」
「リク、怒ってない?」
「怒ってないって」
「そっか、良かったー」
うーん、意外と気にしていたのかキノエが深々と息を吐く。
それならもっと抑えればいいのにと思うオレといやそんなん天辺キノエじゃないだろと思うオレ、心が二つある。
「じゃあ最近送りつけてるちょっとHな感じの自撮りも怒ってない?」
流れ変わったな?
「怒ってないけどあれはやめような」
果てしなくはしたないから。
わかってやってる感のあるキノエと、あんまわかってない風のミカの味変があるせいでちょっともう、オレは大変なんだから。
「ダメ?」
「ダメ。大体おかしいじゃん。会えない頃はやんなかったのに、なんで気軽にあえるようになったらあんなことすんの」
なんならエッッして帰ったあとに送ってくるしさあ。
「リク、責任取れないのに煽っちゃいけないと思う」
ミカが重々しく首を横に振る。
「色々と言いたいことはあるけどそれはそう……!」
確かに太平洋を挟んで煽られるとか生殺しってレベルじゃない。
でも責任取れば良いって発想もどうかと思うよ。
フィクションの横暴な金持ちみたいじゃん。
「わかった」
「じゃあエッチな自撮りが欲しくなったら教えてね!」
「どんな罰ゲームだよ」
いやだよ、既読即レスで帰ってくるエロ自撮り。




