その名も酔いどれ牛、か
裏通りをゴロツキどもに連れられて歩くこと数分。
俺は1軒の、酒場と思しき建物の前に立っていた。
「ココかよ……」
ひときわボロッちくアヤシゲな酒場。その名も“酔いどれ牛”、か。
へべれけなミノタウロスみてェな親父が出てきたりしてな。
「ああ。今は寂れちまったがな……」
少し寂しげなゴロツキ。昔は繁盛してたんか。
「へぇ……あっちの傭兵ギルドに客を奪われちまったんかい?」
「こっちが本家のギルドだ! 新参者と一緒にするな! ……おっと、スマン」
ゴロツキその一は一瞬激昂しかけ、すぐにシュンとなる。
「……まっ、いーさ。とりあえず、入るか」
俺は店のドアを開けた。
――店内
この“酔いどれ牛”は、ずいぶんと年季の入った店らしい。薄汚れたカウンター。少し傾いだ机。片隅には、壊れた椅子がいくつか放置してある。そして長椅子の上に転がった枯れ木……いやありゃ寝っ転がった酔っ払いのオッサンか。
酒場っつっても、ここで出されたモンなんぞ食いたかねェな。衛生状態は大丈夫なんか?
内心そんなことを考えてる俺を尻目に、ゴロツキその一があの枯れ……酔っ払いに近づいていく。
知り合いか? と思ってたら……
「マスター、客だ」
と、きたもんだ。
アレがかよ……
ミノタウロスどころか枯れ木みてーなオッサンじゃねーか。
「ン? おう……新顔か? 珍しいな」
オッサンは起き上がると、面倒くさそーに俺を眺め、ついでに大あくびをした。
珍しいって……ソンなに依頼者すくねぇのかよ! ……いや、リピーターが多いのかもしれんけど。
そう信じたい、が……。
「ソウスケだ。よろしく」
「ソースケ? 変わった名前だな。まぁいい。オレはハルジー。この店の店主だ。そして、この街の傭兵ギルドの元締めでもある」
「傭兵ギルド、か……」
「フン。今や傭兵ギルドといえば、アッチのことを指すようだがな」
ハルジーは苦笑を浮かべた。
「ま、仕方なく今はこの店をやりつつ口入れ屋みたいなことをしているワケだ」
「なるほど……」
「で、アンタは何の目的でここにきた? 仕事の依頼か? それとも……」
「傭兵として働きたいんだ」
「ほう? それなら向こうのギルドに行けばいいじゃねぇか」
「紹介状がいるって言われたんでね。俺は行商人でこっちには紹介状を書いてくれるような知り合いはいないんだ」
「フン……なんで行商人が傭兵なんぞやろうとするんだ? 傭兵って仕事をナメちゃいけねぇ」
「ああ。恥ずかしながら、途中でゴブリンに襲われて荷物をダメにしちまったんでね。ま、一応それなりには剣の腕には自信があるんで、金を稼いで商品を仕入れたいと思ってる」
「ほう……そんなヒョッロッとした身体でか?」
ハルジーは小馬鹿にしたように笑う。
いや、アンタもかなりヒョロッとしてんじゃねーか。昔はどーだったか知らんケド。
それはそーと、そんなに疑うんなら試してもらおうか?
俺は口を開きかけ……
「コイツ、メチャクチャ強いっスよ」
横からゴロツキその一が口を出す。
「へぇ……ま、オメェらが言うなら信じるか。……どうやら本当みてぇだしな」
ハルジーはごろつきその二の顎を見つつ、うなずいた。
――店の奥
俺は契約書にサインと血判をし、正式にこの口入れ屋……いや傭兵ギルドのメンバーとなった。
紹介状がないので当面は見習い扱いになるらしいが、まぁいいだろう。すぐに功績をあげて正式メンバーになってやるゼ。
とりあえず、身分証となる鉄の小札を受け取る。
ドッグタグみてぇな形だ。そこに名前が刻んである。住所は空欄。ここの住人じゃないからな。一応常宿があればそこを登録してもいいらしい。そして何やら記号も。
「コレは何だい?」
「ああ、等級だ。一応、その実績によって仕事の振り分けを行うことになっている。が……まぁ今はほとんど関係ないがな」
「……なるほど」
どーやら今は仕事が少ないせいで、ランク分けする必要がないよーだな。ホントに大丈夫なんか? ココ……
あとは、ランクについての説明を受けた。
ランクは6階級。功績と実力に応じてランクアップが行われるそーだ。ランクが高くなれば、より難易度が高く、報酬も大きい仕事受けることもできる。
ちなみに俺は、一番下のランクで見習い扱いだ。
仮にFランクとしとこーか。その方がそれっぽいし。『六級』とかだと、ちっとねぇ……。
ちなみに紹介状ありだと、もうちっと上のランクから始まるそーな。
「おっと、忘れてた。コイツを付けて首からかけとくといい」
カウンターの引き出しからハルジーはチェーンを取り出し、俺に渡した。
俺はそのチェーンを子札に取り付け、首にかける。
……これでおk。手続き終了、と。
とりあえずコレで一応身分証も手に入れたな。少々、いやかなりアヤしいケド。
いずれコイツを足がかりに、きっちりとした身分証明を手に入れるつもりだがな。
まっ、アレだね。
いっそのこと、ココを冒険者ギルドにリニューアルしちまうっつーのも手かもな。
そもそも『冒険者』に需要があるかどーかは知らんが……。
――カウンター
一通りの説明が終わり、俺はカウンターでエール――ビールの一種らしい――をちびちび飲んでいた。
苦ぇ……。よくこんなモン飲めるな。
けど、ミルクなんぞ飲んでたら舐められそーだしな。
当然のコトながら、元高校生の俺は飲みなれてねぇ。一気に空けたら前後不覚になっちまいそーだ。
正直ココでそんなマネしたら、色々ヤバそうだしな。
おっとそーいえば、ゴロツキ連中はいつの間にか居なくなっていた。ちなみにアイツらも、ここのメンバーだそーな。先輩っつーコトになるんかいな?
新顔にボコられたんで、いささかバツが悪いのかもしれねェな。まっ俺にゃカンケーねーこった。
「とりあえず、何か今仕事はあるかい?」
カウンターに立つハルジーに問う。
「早速か。ま、あるにはあるがな……」
ハルジーは思案気に俺を見る。
「とりあえず、その依頼ってェのは?」
「ああ。コレだ」
ハルジーは一枚の紙を俺の前に差し出した。
「へぇ……家の掃除? 何するんだ? まさか、ただ掃除するだけで終わりじゃねぇんだろ?」
一応ココは傭兵ギルドだ。そんな雑用を依頼してくるハズが……いや、あり得るか。このアリサマじゃナ。
「まぁな。チト厄介なのがソコに棲みついちまったらしい。ソイツを排除して欲しいそうだ」
「厄介、ねぇ。どんなヤツだい?」
と言いつつ、内心少しホっとする。
ホントに掃除だけならランクなんぞ上がらんだろうしな。
「ああ。実はな……ゾンビなんだ。そいつが夜中に家の中を徘徊してやがるそうだ」
「なるほど、ゾンビね。……って、そーいうのは坊さんとかの方が良くねェか?」
僧侶はアンデット退治の専門家でもある。高レベルの僧侶なら、ターンアンデット一発で高位のアンデットを滅することが出来るそーな。
「試してみたんだが、どういうわけか全く上手くいかなくてな」
「へぇ……ただのゾンビじゃないのか」
それが効かねェっつ〜コトは、アンデットじゃねェのかもしれん。意外と厄介なシゴトかもな。
「ああ。だから、本来はもっと上位ランクのヤツに頼むつもりだったんだがな……」
ハルジーはため息をついた。
そっか。受けるヤシがいねーか。
「ま、アイツらまとめてノシたってんのなら、ソースケに頼んでもいいかもしれん」
ハルジーはカウンターの下から何やら書類を取り出した。
「依頼の家ってのがココだ」
ハルジーは広げられたこの街の地図の一点を指差す。
「大通りから一本裏に入ったところか。それなりに大きな家が多いみたいだが……」
この地図がどこまで正確かはワカランがな。
「ああ。この辺りは元は高級住宅街だったんでな。魔王戦役やその後の混乱で寂れちまったが……。で、依頼の家もそうした家の一つだ」
ふむ。魔王戦役とは、俺がやっていたスマホゲームで描かれた戦いだ。勇者ヴァルスが魔王ユーリルを倒すってのが話の筋だが、どーやらそれは、本当にあったらしい。
「なるほど。で、金に困った家主が売りに出そうとしている、と」
「そうだ。だが数年前、買い手が見つかった辺りでゾンビらしき怪物が出没するようになってな。それでこっちに依頼が回ってきたってワケだ」
「ふ〜ん? ひょっとして、依頼主にも“何か”あるとか?」
「まぁな。さもなきゃこっちに依頼を回さねぇよ。おっと、あまりその辺のことはつつくなよ。後々面倒なことになるぜ?」
「わかってるよ。ンなコトしたら、商品の仕入れどころの話じゃなくなってくるしな」
「それならいいさ。報酬は、コレだ」
ふむ、金貨20枚か。ま、悪くねェかな?
「わかった。受けるよ」
「一人でか?」
ハルジーは怪訝な顔をした。
「ま、ね。こっちにゃ知り合いもいねぇし。一応魔法もいくつか使えるから、何とかやってみるさ」
「……そうか。じゃあ、頼むぜ」
まだ納得いっていない顔だがな……。ま、いいか。
「おう。ま、とりあえず下見だけでもしとくさ。……さて、行くか」
俺は席を立ち、店を出た。
人物・用語解説など
ハルジー
酒場、“酔いどれ牛”の主人。口入れ屋を兼ねる。長身痩躯の男。元は腕利きの傭兵であった。




