アンタが、まさか……
――天蛇の塔
「うわ〜っ!」
俺は柱の中の空間をどこまでも落下して行く。
「クッ、ソッ……“軽身”!」
重量軽減の呪文。両手と両足を広げて壁に押し当て、落下スピードを殺し……
おっ、ちっとはマシになった?
ナンとか止れそうだ。スピードを落としつつ、ズルズルと下へ……
が、唐突に壁は消失する。
「……えっ?」
真っ暗なのでよくワカランが、どーやらより広い空間に出てしまった様だ。
つっかえを失い、再び落下スピードが上がる。
そ、そんな殺生なぁ〜!
そして、衝撃。
俺の意識は暗転していった。
――どこともしれぬ場所
俺の意識は暗闇の中を浮遊していた。
にしても……ドコなんだ、ココは?
あー、前にもこんな事あったっけ。
上空へと意識を向ける。
やはりあの時と同様、なにやらチカチカと光ったりしているのが見えた。
うーむ、一体ここはどんな場所なんだ?
前ンときは誰かの会話が聞こえたんだよな。セルキア神殿への転移がどーとか。
で、肝心なトコロで弾き飛ばされちまった。
もしかして、また聞こえるかな?
…………。
う〜ん、今はナニも聞こえんな〜。
つか、今俺はどーなってんだ?
あー、確か天蛇の塔に居たんだよな。
そこで、何か……何かあったよーな。……ナニしてたんだっけ?
『再生』
……ン? どっかで声がした気がする。
何というか……ずいぶん機械的とゆーか、無機質な声だ。合成音声っぽい?
……ン?
と、なにやら映像が現れた。
見覚えのある場所が映し出された。これは……ラスディンの研究室か。
調度品などはきちんと整頓され、清掃も行き届いている。これは、“使われてる”状態の部屋だ。
その中に、二つ……いや三つの人影があった。
一人は、二十代半ばから後半といったところか。神官服を着た、端正の顔立ちの男だ。
そしてもう一人。
四十代ほどか。理知的な顔立ちの、魔導師のローブをまとった人物だ。
そして、その腕には赤ん坊が抱かれていた。
「〜〜殿、この子があの方の……」
魔導師風の男が問う。
この男の顔には見覚えがある。
……そうだ。エスリーンの養父ラスディンだ。俺と戦った時よりは若い感じだ。
「左様。〜〜〜と〜〜様の、ですな」
「……なるほど」
ラスディンは一瞬眉間にシワを寄せ、そして重々しくうなずいた。
「故に、この子を狙う者も少なくない。我々も力を尽くしているのですが、ガンディール王国も今存亡の危機に立たされており、また西方もいまだ混乱の最中にあります。我々の力では、この子達全てを護ることができないのです。故に、ラスディン殿のお力添えをお願いに参りました」
神官服の男が頭を下げる。
「わかりました。私も〜〜〜様に大恩がある身。我が命に代えてもこの子を護らせていただきます」
ラスディンは赤ん坊を抱え、微笑んだ。
と、その肩に一匹の黒猫が飛び乗った。
猫にしては大きい。山猫っぽいか? 使い魔だろーな。リラの先代?
「リラよ。この子は今日から私の娘になる。よろしく頼むぞ」
猫は赤ん坊を覗き込むと目を細め、かすかに鳴いた。
……って、リラかよ! アイツ何歳なんだ!? 少なくともエスリーンより年上ってコトだよな? そーいや姪がいるとは言ってたが、猫だからそんな歳食ってるとは思わなかったよ。もしかして、ばーさんだったりとか?
……聞くのはよしたほーがイイか? いや、アイツは本来猫だから、そんなに気にせんのかもしれんが。
……おっと。また画像が切り替わったな。
また研究室か。
室内に二つの影。
揺り椅子に座るラスディンだ。先刻の映像よりも時間が経っているらしい。俺が知るラスディンに近い歳だろう。
彼はカップに入った茶をすすり、満足そうに息を吐く。
目の前の机には、なにやら複雑な術式が書かれた巻物が広げられていた。
紙上のインクはまだ生乾きだ。おそらくはこの術式を完成させ、今一服してる所なんだろう。
そしてその隣の椅子の上には、リラが寝転んでいる。
と、リラが首をあげた。同時にラスディンも扉の方へ視線を向ける。
かすかに階段を上がって来る足音が聞こえた。そしてノックの音。
「入りなさい」
ラスディンは声をかける。
と、扉が開き現れたのは、エスリーン。そしてその足元に歩み寄るリラ。
エスリーンは焼き菓子をいくつか乗せた盆を持っている。
「お茶菓子を持ってきたわ。父様、そろそろ休憩にしない?」
「ああ、そうか。ちょうど一区切りがついたところだよ。もらおうか」
「はい!」
父の言葉にエスリーンは喜色を浮かべる。
そして二人はしばしの休息を楽しむ。それは、この父娘の日常の光景。在りし日の姿。
しかし……
階段を駆け上がって来る荒々しい足音。そしてノックもなく開かれる扉。
現れたのは、魔導師姿の若い男。確かこの塔で見た気がするな。
その顔は血色が悪く、焦燥の色がある。
何が起きた!?
「……どうしたのだ?」
当惑の色が滲む、ラスディンの声。
「師匠! 何者かがこの塔に押し入りました!」
若い魔導師はそこでがくりと膝をつく。
見ると、ローブの袖口から血が滲んでいる。
「ひどい傷……」
エスリーンが“治癒”をかけた。
溢れる優しい光。若い魔導師の顔色が見る間に良くなっていく。
「何が起きたのだ? 結界が張ったてるはずだが……まさか!」
その間にラスディンは気配を探り……愕然とした顔をする。
直後、何者かが階段を上がってくるのが、開け放たれた扉越しに見える。
それは……
フィルズ・ロスタミ!?
ってコトは、襲撃の日の映像か!
正直あんまし見たくねェ。
が、もしかしたらエスリーンとリラを分離するヒントがあるかもしれねーからな……。
「何者だ!?」
問いつつも印を結ぶラスディン。
一方、無言で突進するフィルズ・ロスタミ。
「“縛鎖”!」
ラスディンの呪文が放たれる。
それは、敵を拘束する呪文。
しかし……
「何!?」
レジストされた。
まさか、あのレベルの“力”がこもった呪文をレジストするだと!?
……そうか、アレか!
フィルズ・ロスタミの胸元で揺れる“護符”。
アレからとてつもない“力”を感じる。
「クッ……まさか、ソレは……」
ラスディンの顔に浮かぶ焦燥。
「さぁ……渡してもらおう」
フィルズ・ロスタミはぬたりと笑った。
「……まさか、貴様は」
「そう、姫巫女をな」
「やはり!」
ラスディン。そして若い魔導師は印を組む。
そして、
「“光槍”!」
若い魔導師の呪文が放たれる。
光の槍はフィルズ・ロスタミに向かい……そして、その直前で霧散した。
「そんなっ!」
当惑の声。
それが、彼の最後の言葉となった。
恐るべき速さの踏み込みで、若い魔導師は切り捨てられてしまった。
エスリーンの悲鳴。
その直後、ラスディンの印が完成する。
「……“大滅”!」
それは、最上位クラスの攻撃呪文。大量の魔力を必要とするがゆえに、滅多に使われる事のない攻撃呪文だ。
しかし、それは完全には発動しなかった。
「グッ、う……」
その胸に突き立つ匕首。
フィルズ・ロスタミが放ったモノだ。
ラスディンの掌中に発生した漆黒の闇の塊は霧散し、消失した。同時にフィルズ・ロスタミの胸にかけられた護符も灰となって消える。
「そんな……」
父に駆け寄るエスリーン。そして、リラ。
「うっ、ぐっ……」
血を吐くフィルズ・ロスタミ。
発動は完全ではなかったとはいえ、その“力”はいくらかヤツにも影響を及ぼしたのか。
「エスリーン……そしてリラ、よ」
血を吐きつつラスディンが語りかける。
「さらば、だ」
結印。そして彼女らの身体が光に包まれた。
「やらせん!」
血混じりの咆哮を上げつつ、フィルズ・ロスタミが剣を振るい、ラスディンを斬り捨てた。
が、その直後、エスリーンとリラの姿はその場からかき消えていた。
「う……ぐっ……」
がくりと膝をつき、無念の表情を浮かべるフィルズ・ロスタミ。
「……しくじった様ね」
背後からの声。
また誰かが階段を上がってきた。
「ふふ……でも、まだチャンスはあるわ。行き先は分かってる。さぁ、行きなさい。それがあなたが生きる唯一の道よ」
その人物の姿が露わになる。
その顔は……
まさか……まさか、そんなバカな! アンタが、まさか……




