第12話
文化祭も無事に終わり、異様に盛り上がったらしいミスコンの影響で元から消えかかっていた裕哉の噂は完全に皆の頭から抜けてしまったようだった。学期末試験が終わる頃には少女達の興味は他に移り変わり、再び平和になった店には常連も戻りつつある。
沙希は再び店に通い出し、今では裕哉だけではなく友梨や常連客とも交流を持つようになった。
香奈子や真由美も訪れるようになった店には啓輔も顔を見せ、ともにお茶会を楽しむようにもなっている。
そうして数ヶ月が過ぎ、春になった。沙希達も三年生である。
◇◇◇
大通りから一筋違えた場所にある、落ち着いた佇まいのとある喫茶店。
平日よりも少しばかり客の多い週末の午後、店には妙に甘ったるく感じる空気が流れていた。
「今日はミルフィーユなんだね」
「うん。小松さんと俺の自信作」
「わぁ、そうなんだ」
目を輝かせてケーキを食べる少女と、その姿を見守る少年。店ではお馴染みになりつつある光景だ。
裕哉は土曜日の午後、バイトに入らないようになっていた。沙希が来る時間帯は、客として店で過ごすのだ。
勿論、午前中は厨房に籠もっているし、沙希に出すケーキを作る役目も譲っていない。ただ沙希がいる土曜日の午後三時から、裕哉は沙希とお茶会をする。そこには友人達が交ざることもあれば、友梨がちょっかいをかけにくることもある。
だが、大体は二人きり。ケーキの話だったり手芸の話だったり一週間の出来事だったりと他愛ない会話を楽しんだり、新作ケーキの試食を頼むときもある。
「美味しいか? 沙希」
「うん。ありがとう、…裕哉、君」
名前を呼ばれることにも呼ぶことにも慣れていないのか照れたように笑う沙希に、裕哉も微笑む。
その場にはケーキよりも甘い空気が漂い、あまり見ていると胸焼けを起こしそうである。
少し離れたテーブルで、そんな彼らの様子を窺っている三人がいた。
「で、何で未だに付き合っていないのかしらね、あの二人」
「あれだけお互い意識し合ってんだから、付き合えばいいものを」
呆れたように呟く二人の少女に、啓輔が苦笑する。
「まあまあ。名前で呼び合うようにはなったし、店以外でも会うようになっただけ進歩だと思うよ」
色恋に疎いあの二人に、今はこれ以上の進展を期待してはいけない。二人して微笑み合う彼らは、どこからどう見ても初々しいカップルなのだが。
「ていうか、店以外でも会ってるってデートじゃないの、それ」
「残念ながら二人にはそんな自覚は無いわけなんだよねー。行くとこもね、ケーキとか編み物の材料を見たりするだけみたいだから」
「…二人らしいわ」
というか、お互い未だに片想いだと思っていてあれか。
香奈子は沙希の口元に付いているクリームを拭ってやっている裕哉を見ながら思った。
距離が近い。近すぎる。恋人同士でも、あそこまでナチュラルにはイチャつけない。
会話の内容までは聞き取れないが、珈琲(ブラック)を片手にでないと見ていられない光景である。
「まあ、良いんじゃない? 今は今のままで」
「…そうだね」
「下手に首突っ込んで、ややこしくしたら面倒だものね」
前回のような擦れ違いはそうそう起こらないだろうし、あとは彼らのスピードで。
「…砂糖の塊を飲み込んだみたいな顔してるよ、二人とも」
「…あんたもね」
「両想いになったら更に酷くなるのかしら、あれ」
…砂を吐きそうだな、と三人は思った。
友人達からの生温かい視線に気づいていない二人。
「ふふっ」
「どうした?」
「何かね、幸せだなーって思って」
「ああ…」
ふわふわと笑う沙希を見て、裕哉も顔を綻ばせる。
「俺も、幸せだな」
大好きな場所で、大好きなものを食べて、大好きな人といることのできる、この幸福。
これで終わりです。
短編から派生したこの話、行き当たりばったりで話が進んでました。その中で沢山のお気に入りや評価、感想までいただけて、本当に嬉しく思います。
最後までお付き合いしてくださって本当に感謝します。ありがとうございました。