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『魔法協会』魔道具メーカー令嬢誘拐事件

って訳でまとめました。

 水月は走っていた。


 とは言うものの、誰かに追われているという訳ではない。

 強いて「追われている」という表現を使うならば、()()()という言葉に掛かる。


 そう、水月は寝坊したのだ。


 弁明すると、寝坊と言っても30分もしていない。普段から寝坊が多いということもない。余裕を持って行動する性格故、特に問題もなかった。今日はたまたま、そんなこともある、そういう寝坊だ。

 だから、ちょっと急げば間に合う、と言う程度。

 なのでそこまで必死に走っているということもない。


 とはいえ走るのは大変だ。


 水月が普段使うことのない、近道の裏道を使おうと思ったのも、そこまで不自然なことでもないだろう。

 近道と言ってもほんの数メートル。分岐から合流までが何十メートルもあることを考えれば誤差である。ほんのちょっと「なんとなく早い気がする」と言う程度。雰囲気もあって普段は使おうとは思わなかったのだ。


 しかし今日ばかりは急いでいた。そのためいつもの交差点より2つほど手前で曲がってしまった。


 それが運の尽き。


 ……運が尽きたと言うよりは、寝坊も含めて彼女の巻き込まれ体質が引き寄せた。と言うべきかもしれないが、それは神のみぞ知るところである。

 ともかく細い道のT字路を曲がってすぐ、さらに曲がり角となっている部分を曲がったところで遭遇してしまった。


 少女が少年に捕まっていた。


 見なかったことにした。いやしたかった。

 しかし、水月が引き返そうとしたところで、少年の一味と思しき男達の一人と目が合った。


「動くな!」


 それに対する水月の対応は早かった。

 まずカバンを置く。何をしようという訳でもないのだから、下手な隠し場所などない方がいい。置くと言っても肩に掛けていた手提げを地面に落とすだけなのだから一瞬だ。

 次に両手を挙げる。掌を相手に向けて、武器がないこと、抵抗の意思がないことを相手に示す。

 あとは言われた通り身動き一つせずにやり過ごす。

 そして男が水月に銃を向けた。


「……よ、よし、いいぞ。そのままゆっくり手を、……挙げてるな。ゆっくりこっちに歩いてこい」




 水月の従順な姿勢。

 それには男達の方が戸惑った。

 誘拐に巻き込まれること5回目。彼女はこの道のプロである。











 駅前の広場、多くの人が同じように片割れを待つ中、花岡茉莉はなおかまつりも同じように人を待っていた。

 とは言っても茉莉が待つのは友人達で、意中の相手という訳ではなかった。

「茉莉ちゃん、お待たせ」

 立ち尽くす茉莉に声を掛けたのは我妻直がづまなお、彼女の友人だ。

「あ、なおちゃん、おはよう。……らん君? なんでいるの?」

 それに答えたのは、問われた少年――久賀藍くが らんではなく、藍を連れてきた直だった。

「荷物持ち、いた方がいいでしょ?」

 確かにいたらありがたいが、そんなことさせるのは悪い。というか、荷物持ちが必要なほどの買い物をする予定は、少なくとも茉莉にはなかった。

「あと、ナンパ避けになる」

 やはり助かるのだが、その役割に大した違いはない。

「らん君、なんでいるの?」

「……負けた」

 茉莉の再度になる問いかけに答えた藍の言葉は端的であったが、それでも彼がこの場にいることが不本意であるとは伝わった。おそらく、直と何らかの賭け事をしたのだろう。

「あ、そう」

 詳細を聞こうなどとは思わない。


 それから待つこと数分。

 直の到着が待ち合わせ時間ジャスト。正確には5秒前だが一般的には丁度と称す。それから数分が経ったなら、間違えなく遅刻である。


「水月ちゃん、来ないねぇ」

 

 直が疑問に思うのも、無理なからぬこと。


「また誘拐されてたりして!」

「止めろよそういうの! フラグになるだろ!」

 不謹慎なことを言い出した茉莉に、藍が止めろと言うが、斯くいう彼の言い回しもまた不謹慎だ。


「今水月ちゃんのGPSの反応調べたんだけど、さっきから、どうも位置が変わってないんだよね」


 前回はそれで助かったと言う。しかし同じクラス、過ごす時間も長い茉莉も知らないことを直が知っているというのはどうにも考え難い。その調査方法が合法か否かは検討の余地があるだろう。その一方で直の言葉に疑う余地はない。


「お前が変なこと言うから」

「か、関係ないから!」

 ことは既に起こっていたのだから、茉莉の言う通り藍達の行動如何によって変わることはないのだが、彼らの視点で見れば()()()()()()()()()に感じるのも、無理なからぬことだろう。


「まあ、茉莉ちゃんのせいでも放って置く訳にもいかないし、迎えに行こう!」


 茉莉の発言より、この日の予定が決定した。




「……か、関係ないから」





















 これでいい。もう、これしか手はないのだから。


―――姉さん。





















 犯人は現場に戻る、というジンクスがある。

 それは現場に残った証拠の隠滅だったり、捜査状況の確認だったり、論理的な思考や人間の情緒に依るもので、ただのジンクスではなくそれなりの場合で当て嵌まる。この場合もまた例外ではなかった。


「あ、そのカバン、私の友達のなので、返してもらっていいですか?」


 黒いスーツを着た男達に、直は一切のためらいなく声を掛けた。黒スーツはともかく、黒Yシャツは異様だろう。

 茉莉に止める暇はなかった。

「あ? なんだ? ガキども、子供の遊びじゃないんだ。邪魔だから、さっさとどっか行け」

 茉莉は即座に回れ右し、すぐ隣にあった藍の腕を取って歩き出――そうとした。ビクともしなかった。


「いえいえ、ちゃんと友達のですよ。GPSで見てますし」


 GPSと聞いて、男達は動揺した。カバン自体も女性もの。確かに男達が自身のものと言い張るには無理がある。加えて一度追い払うためにテキトーな言葉を発してしまったのだから、もう後に引くこともできない。


「ここで何があったのか、教えて貰っても――いいや、大体分かったし。私の友達――水月ちゃんが今どこにいるのか、教えて貰ってもいいですか?」


 直はもはや確信している。


「その辺り、争った形跡がありますね? カバンはこっちにあったのに? もう一人いたんですかね? その場に居合わせた水月ちゃんも一緒に、って。なるほどなるほど」


 疑問の形こそ取っているが、男達が思考する間に容赦なく推測――というよりは、男達の知る事実そのものを語る。

 実の所、直の言葉はただの「予想」であるのだから、白を切り続ければ、それで押し通すことも可能なのだが、彼女のあまりに早く正確な分析は、男達に疑念を生む。すなわち「この少女は誘拐の現場を見ていたのではないか」と。落ち着いて考えれば「では何故このタイミングで」と、直の言があくまで推測であると分かるのだろうが、この時の彼らは混乱の渦中にあった。


「お巡りさーん、こっちでーす!」


 ここにきて直が打つ次の一手がこれだった。後ろを振り向いて腕を振る。

 少々大袈裟なしぐさだが、彼女の普段を知らなければ――知っていても()()()()()()()()()()()()として、受け入れられる範囲だろう。

 この状況である。先に場所だけを告げてなど、いくらでも成り行きの想定はできる。


『そこか! すぐに行く、全員動くな!』


 そして壮年の男の野太い声を聞いたところで、場漁りしていた男達の方針は決まった。


「撤退だ!」


 水月のカバンを直に向けて投げ捨て、男達は急ぎ路地を出る。その場に待機させていた車に乗り込むと、あっと言う間に行ってしまった。

 水月のカバンを難なく受け止めた直が一言。


「よし、追おう!」


「え? 今の声? え?」


 直とやや距離のあった男達と違い、茉莉は直のすぐ後ろ――振り返ったので目の前に居たのだ、騙されようがない。

「なおちゃんから聞こえなかった?」


『声真似は直の特技の一つだ。覚えて置け』

『ねえ、人の声勝手に使うの止めてくれる?』


   ターンッ


 藍の声で応えた()に、直の声音を『風魔法』で作った()が応じるが、どうもお気に召さなかったらしい。藍へと粛清が下る。……理不尽極まりない。とはいえ自覚はあるのか火薬の量――つまり、威力はいつもより控えめだった。が、藍としてはそんな気を回すくらいならそもそも撃つなと主張したい。


「あははは、いやーうまくいってよかったよ」


 茉莉はごまかせても、藍はそれではごまかせない。

 しばらく藍の不満は続く。





















「あの!」

 共に攫われた少女に、水月は臆すことなく声を掛けた。

「私、弓削 水月って言います。あなたは?」

「え? ええ、私は神代かみしろ あずさです」

 梓は傍に立つ少年をちらりと伺い、戸惑いつつも名乗りを返す。

「梓さんですね。よろしくお願いしますね」

「こ、こちらこそ」

 この場にいるのは3人。水月、梓、そして2人を見張る少年だ。

 その少年も水月の様子に眉をひそめているが特に何も言わないのだから、一応問題はないのだろうと梓は判断する。

「いやー、お互い大変ですね」

「そ、そうですね」

 この時、梓は訝しんだ。この状況である。ただの世間話である筈がない。きっと何か別の意図があるのだろうと。

「私、今日はお友達と約束があったんです。ですがもう間に合いません」

「ご、ごめんなさい」

 ただの皮肉? いや、そんな筈がない。視線を方々に走らせるが、しかし何も特出する点は見られない。

「いえいえ、よくあることなので、お気になさらず」

―――よくある、ものなのだろうか?

 梓はますます困惑した。再度、水月を見やる。やはり彼女が何らかのシグナルを発しているようには見て取れない。

「あの、そんなに見つめられると、少々恥ずかしいのですが」

「ご、ごめんなさい」

 これでは()()()()()()()に少年に読み取られてしまう。焦りは禁物だと自らを戒める。


「それでその、どうやって謝ろうかなと、相談に乗っていただいてよろしいですか?」


 しかしこの質問はおかしい。いや、もしかしたらそういうていでこの後なんらかのシグナルを送るつもりだったのかもしれないが、少なくともここまでの会話からは一切符丁のようなものは読み取れなかった。これはひょっとするとひょっとするのではないかと、梓は口を挟んだ。

「その前にちょっとよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」


「まさかと思いますが、これって本当にただに世間話なのですか?」


 その問いには水月が困惑した。この会話に、それ以上の何があるのかと。

「まさかも何も世間話ですけど?」

 しかし梓としては状況を考えて欲しい。

「裏の意図とかも一切なく?」

 だが水月としてはよくあることなのだから、こんな状況とていちいち気を揉んでいられない。逆を言うとよくあるのだ。いい加減友人に愛想付かされてもおかしくはない。世間話とはいえ水月としてはこちらの方が重要なのである。

「裏? ないつもりでしたけど、何か気に障ったのでしたら、ごめんなさい」


「お前ら、何の抜けるような話してるんだよ。状況を考えろ」


 さすがに状況を見かねて見張りの少年が口を挟む。


「失礼な! ちゃんと考えていますよ! 私の友好関係に罅の入りかねない状況だと!」

「もう一度考え直せ!」


 梓としても少年の方に同意である。

「……他人事だと思って」

 水月は不満を垂れるが、事実として他人事なのだから仕方がない。



 少年の持つ電話が鳴ったのは、その時だった。

 




















 魔法師の知覚範囲は極めて広い。情報が雑多になるため、距離を置けばそれなりに見失う可能性も増えるが、『情報世界』にアクセスすることで、少なくとも理論上は無限遠を知覚できる。

 それを逃れる術は当然用意されているが、どれもこれも魔法師にしか行えないのだから、男達が直から逃げ切ることなど不可能だ。それでも逃げたのは、そこまで強力な魔法師の数は少ないからで、直があの場で一切の魔法を使用しなかったのも一因だろう。

 ちなみに始めから知覚している相手を追うのはできても、どこにいるかも分からない相手――つまり水月を探すのは不可能に近い。

 直ならできてもおかしくないと思うのだが、やらないということは何か訳があるのだろう。と藍は考えている。




 とはいえ物事はそううまく行くことはない。

 場所は先程の場所から5㎞ほど離れた建物だ。

「ここ、じゃねえな……」

 少なくとも『情報世界』からは水月の気配は感じない。

 敵が真っすぐ合流するようなことはなかった。

「でも、何か手がかりがあるかもしれないし、行ってみよう!」

 なければ作る! くらいの意気込みで直が先陣を切る。

 そして扉の前に進むと、『錬金術』で鍵の形状のセラミックスを成形し、いとも簡単にセキュリティを突破する。


「こんにちはー」


 顔なじみの個人商店にでも入るような気安さで声を掛けながら踏み込む。藍もそれに続き、茉莉も無表情でそのさらに後を追う。

「お前らさっきの!」

「教えてください、ってお願いしたのに、勝手にどこか行っちゃうんだから、ひどいなー」

 そう仕向けた人物について触れてはいけない。

「あれで合流してくれれば早かったのに、残念です」

「くそ、魔法師だったのか!?」

 この短時間でこちらの居場所を突き止め、さらには5㎞ほど離れたこの場所に移動している。

 特に接触もしていないため、発信機なども考えにくい。移動に関しても高校生が車を運転した訳ではないだろう。

 方法が他にない訳ではないが、最も妥当なのは「魔法師である」ことだろう。

 それはこの場における()()()()()、とも一致するのだから、その解法に問題はない。

 問題なのは対抗手段である。


「あれ持ってこい!」


 相手はそれなりの魔法師と初めから分かっているのだ。乱闘が始まる前から早々に奥の手を切ることにした男達が奥の部屋から持ってきたのは、『封魔石』の弾丸が込められた機関銃だった。

 魔法などという危険な力が蔓延るこの『世界』において、機関銃自体はそこまで入手困難なものではないが、そこに込められた弾丸は『軍』が流入を管理する物質である。


「あちゃー、今日は普通にスカート履いて来ちゃったよ。思ってたのより大物が絡んでるのかもね」


 口ではそう言うが態度は余裕そのもの。

 対応の早い相手に対する直の対応もまた早い。

 『錬金術』の応用で弾丸を装填位置に直接精製、

 普段片手で扱っている[銃]を両手で支え、

 膝を折って姿勢を低くし、重心を下げる。

 引き金を引く。

 先手必勝。電光石火の早業だった。




   ドンッ




 と体の芯に響くような音がして、直が反動で1mほど下がる。[魔導銃]は元から実弾も打てるようにできているが、直のそれは独自の改造により、より強力な実弾の発砲も可能なのだ。断じて「だたの銃」ではない。相手が人間では扱い難いだけであるが、対象が鉄の塊であるならその限りではない。

「は? え? 何の音? 大丈夫?」

「茉莉、俺を盾にするならせめて黙っててくんない?」

 この状況に至ることを察して、茉莉は入室してからずっと藍の後ろに隠れていた。

 彼女は未だに[魔導銃]を目にすると気を失う。必要な自衛なのである。一般的な魔法師とベクトルこそ違うが、彼女は順調に成長していた。

 とはいえ、聞き慣れない爆音を耳にしたから、状況に不安を覚えたのだ。

 果たしてその効果は。


「クソッ」

 敵の機関銃(メインウエポン)を一撃で破壊した。


 さすがに2度と使い物にならないようなことはないだろうが、それでも再使用には整備と銃身の交換が必要だ。少なくとも今すぐどうこうすることはできないだろう。

 こうなっては相手に成す術はない。

 ゴム弾を『錬金術』で合成し、次々と相手を制圧する。相手が防弾装備をしているなら、遠慮せずもっと高硬度なものを精製して発射する。

 『占星術』を併用する魔法師の銃撃は百発百中を誇る。少なくとも狙った軌道に銃弾を添わせるという意味では、誇張でも何でもない。

 相手も機関銃を持つくらいなのだから、携行できる拳銃も持ってはいたが、それでも直の状況把握能力の前では無力だった。

 一方的に敵を蹂躙するが、反面あっという間に、とは行かず時間をかける。

「これも違う。あれも違う。……うーん、近くにはいないなぁ」

 ターンッ、ターンッ、タンタンタンッ、と決して速いとは言えない連射を続けながら何かを探り続ける。

 直は待っていた。


「岳人! 魔法師だ。こちらに救援を!」


 それはどんな理由でも手段でも何でも構わないのだ。増援要請、敵対存在の報告・連絡・相談。電話でも無線でも、メール、SNS何でも。

 ただ電子媒体を経由して、相手の場所に向かうなら何でも良かった。


 それだけで『第5属性』に秀でた――他に類を見ない程に、極めて高い適性を示す彼女は相手の場所を探知できる。


「ふふ、みーつけた!」





















『岳人! 魔法師だ。こちらに救援を!』

「バカが! 出来る訳ないだろ!」

 彼には神代梓の監視という最重要にして、代替不可能な任務がある。

 『封魔石』の手枷は嵌めている。しかし彼女はそれで抑えきれるような『存在』ではないのだ。


『ふふ、みーつけた!』


 その声は、電話越し――それも通話口から距離があるにも関わらず嫌に響いた。


   <隔絶結界>


「……嘘だろ? クソッ、補足された!」





















「ありがとう、それを待ってたんだ」


   カチリ


   <隔絶結界>


   カチリ


   <魔弾>『多数展開』x16


 16の魔法陣を展開。<魔弾>が降り注ぎ、男達を制圧する。


「よし、行こう!」




















「これはまさか、<隔絶結界>!? 『世界』を隔てる大魔法! 一体誰が!?」

 展開された<結界>。それは単なる壁ではなく、『世界』を隔てる境界だ。それを認識した梓が驚嘆の声を上げる。

「がくとさん? の電話から、直ちゃんの声が聞こえたので、おそらく彼女かと」

「……どなたかは存じませんが、水月さんに心当たりがあるのですね? ならば好機、逃げますよ」


「おまえら、この程度でどうにかなると思うなよ」


 堂々と逃走を試みると口にした梓に、岳人が待ったをかける。

「思ってませんよ。ですが時間を稼ぐくらいなら、今の私でもできるはず。先程は不意を突かれましたが、今度はああも簡単にはいきません」

 梓ももちろん承知だった。自らもまた闘争の意思を告げる。




「悪いが初めから飛ばして行くぞ――≪Cycle≫(サイクル)


 それは『概念魔法』と呼ばれる『神』の法。『神域』の力。巡り回る≪循環≫の魔法によって『魔力()』を練り上げられた『気功術』は、少年に超常の身体能力を授ける。




「私を私と知って攫うとなれば、やはり『神の力』とも呼ばれる『概念魔法』を持っていましたか。ここまで大人しく従っていたのは逆らったところで勝機を見いだせなかったからです。事ここに至ればその限りではありません。――≪Grow≫(グロウ)


 地下の砂から二酸化珪素を結晶化。巨大な六角柱が生成される。熟成と拡大≪成長≫の魔法を利用した『錬金術』。

 彼女もまた同格の力を行使して岳人を押しのける。


「そんなもの!」


 岳人が踏み込む。音速を遥かに超えて、放たれた掌打は一撃で身の丈をも超す巨大な水晶群を破砕する。


 しかし、元より巨大な物体だ。半分に分かたれたとしても、少女2人が身を隠すには充分。

「水月さん、こちらへ」

 大地より有機物を分解加圧してアセチレン、ベンゼン、トルエンと段階的に生成。別口で大気より硝酸を精製して脱水。合成、2,4,6-トリニトロトルエン。

 急激な合成による生成熱でそのまま反応して爆発するが、今はむしろ好都合。


「きゃっ」


 水月が間近で起きた爆発に悲鳴を上げる一方、梓は更なる魔法を行使する。

 セラミックスの砲身を焼成。底に砲弾と再度の火薬を同時に生み出し、倒れ込む最中の照準があった瞬間に着火。砲撃を持って追撃する。本来なら<念動>で照準したいところだが、『封魔石』で抑えられている以上はやむを得ない。


 ――しかし、稀代の『仙人』はそれを真正面から迎え撃つ。


 爆風を凌ぎ、砲弾を受け流す。その過程には何の痛痒も見られない。

「そんな!」

 狙いが甘い故に躱される可能性は考えていたが、まさかいなされようとは思ってもいなかった。


 だが如何に衝撃的であれ、その場に止まるというのであれば、むしろ好都合。爆破するだけが彼女の能ではない。爆破によって剥き出しになった土壌にこれまでの科学反応で生み出した水分と、地下水を混ぜ込み液状化。人工的な底なし沼を作り上げる。


≪Grow≫(グロウ)


 その沼自体は小さなものだが、彼女の言と共に急激な拡大――≪成長≫を見せる。


 しかし対する岳人も同格――あるいはそれ以上の使い手だ。


 足を取られたところでなんの動揺もない。


「チッ、龍脈も絶たれてやがるのか。だが――!」

 かすかに待ち上げられた足、精々がほんの2㎝。それが揺り戻しのような僅かな動きで降ろされる。叩きつけられる。




「【しん】」




 その衝撃で泥が爆散する。

 再び彼の右足が持ち上がる。今度は傍目に明らかなほどに大きく、そして振り下ろされる。


「【共鳴ともなり】」


 魔力(衝撃)が走る。初めは小さなそれが明後日の方向へ、それが右へ左へ、左へ右へ右へ右へ……。巡り巡る中で徐々に力を増しつつ梓達の下へ辿り着く。

 地面が爆ぜる。

「「きゃ!」」

 衝撃が二人を容易く吹き飛ばす。


「必ず生かして連れて来い、なんて命令でなければ簡単だったんだがな」


 魔法師の戦闘は一撃必殺とはいえ、はなから手加減している以上、これで終わりなどとは考えない。舞い上がった土煙に、臆面もなく踏み込む。

 相手の体内で保有する極僅かな『魔力』を感じ取ることで、視界がなくとも不自由しない。

 粉塵舞う視覚が不自由な中、容易く少女を見つけ出し、その腕を掴む。


 彼が不注意だったのはそれをどちらの人影と、注視しなかったこと。

 彼が不用意だったのはどちらの人物でも大局に支障ないと判断してしまったこと。

 ()()()()だったのは寄り添っていた二人が衝撃に揉まれて入れ替わってしまったこと。


 つまり岳人が手に取ったのは梓ではなく、水月の腕だった。






   「≪Disaster≫」






 大地が揺れる。その揺れは地震ではなく、地下水の消失に依る地盤の沈下。 『世界』の法則が()()()()()()()

 その大事に比べれば二人の間に生じた亀裂など些細なもの。とはいえ矮小な人間には地面の亀裂とて無視しえない≪災厄≫である。

 岳人が咄嗟に水月から距離を取る。


「『概念魔法』だと!」

「それもかなりの攻撃系! 水月さん! あなたは一体……!?」

「え? あ、何ですか?」


 ここは既に二つの『神の力』が交わる特異点。そこへさらに新たないちが加わるなど、普通ならあり得ざる≪災厄≫だ。

 三者三様に戸惑う中、しかし場はさらに混沌を増す。


「危ないなぁ、“転移”してるんだから、そんな場を制圧するような魔法は止めてよー。水月ちゃんはいい加減、その力制御できるようにしようね!」


「直ちゃん?」

「誰だ!?」

「この<結界>のなか、一体どうやって!」




 三つの『概念』が交錯する中、更なる ≪最強≫ が現れる。




「私が誰かはともかく、私が張った<結界>なんだから、入る方法なんてどうとでも。……ふふふ、面白そうな人が一人、二人、三人! 水月ちゃん、これどういう状況?」

「今私も一緒に数えませんでした!?」

 それはそれとして。

「えっと、梓さんが岳人さんに攫われて、その場に居合わせた私も一緒に……、今は<結界>が張られたので、誰か――というか直ちゃんが助けに来てくれると思って待っていたところです!」

「なるほど、予想通りみたいだね。とりあえず私は水月ちゃんを連れて帰ればいいかな?」

「は、はい! あと、梓さんも一緒に助けていただけると」

「う~ん、ついでで済みそうだし、水月ちゃんの頼みならいいよー」


「そう簡単に行くと思うなよ」


 いとも容易く口にする直に、岳人が待ったをかける。

 そんな二人の間を【槍】が横切る。


「藍、遅かったね!」

「茉莉が途中で落ちなきゃ勝てたし!」


 <結界>を“貫いた”藍、その後ろから茉莉が現れる。

「言い方! 落ちたのは事実だけど言い方!」

 そもそも勝ちも負けもない。

「水月ちゃんが攫われたことと言い、今日の茉莉ちゃんは足引っ張ってばっかりだね」

「私が攫われたのは茉莉ちゃんのせいだったですね!」

「そ、それは関係ないから!」


 和気藹々とする面々に梓が唖然とするが、明確に敵対している岳人は面白くない。


   <障壁>“硬化”


「わ、本物の『気功術』――いや<結界>で制限されてるだけで『仙術』か、初めて見たよ。激レアだね」

「突然現れてしょうもない話してんじゃねえ!」

 身体能力に任せて突撃を仕掛けた岳人を直が押し止める。

「ごめんごめん、そろそろまじめにやるから許してね! 藍、水月ちゃんとその人、開放してあげて」

「了解」


   “転移”


 ここに来るとき手放した[魔導銃]を再び呼び戻す。


「お待たせ、それじゃあ始めよう!」






「――っ!? ぐ、ま、まさかあれは、『協会』の最高傑作とも言われた[魔導銃]!?」

「正確には[魔導銃・レプリカリビルド Ver.(バージョン)Bullet(バレット) Custom(カスタム)]だけどな」

 思わずと言った様子で驚嘆を露わにする梓に、藍が間髪入れず訂正する。

 そこで思い至る。つい訂正したが、問題はそこではない。考える前に言葉を返すのは、藍の悪い癖である。ともかく[魔導銃]を知っているということは、だ。


「あんた『協会』の人間かよ、ややこしいな」


 『魔法協会』――通称『協会』。藍としてはえんゆかりもないが、残念ながら直――正確にはその生まれである我妻の家系にとってはむしろ因縁のある組織である。


 しかし、直がいいと言ったのだからいいのだろう。彼女が白というのなら、カラスだって白い生物ということになるのだ。そう言い訳しながら、梓の背後に回って拘束具を確認する。

「その上『封魔石』かよ。めんどくせぇな。鍵はどこだ?」

「わ、分かりません」

「仕方ない、壊すか。動くなよ?」

「壊せるのですか!?」

 振り返った梓をよそに、藍が再び背後に回る。

 至極平然と言うが、それは極めて困難なことなのだ。

 考えられるとすれば――

「――っ、まさかっ、あなたまで『概念魔法』を?」

 『神の力』からすれば、『封魔石』と言えどただの石ころ。だから彼女も≪成長≫を利用した『錬金術』が使えたし、水月も≪災厄≫を起こすに至ったのだ。

 しかしそれは最上級の才能。そう在るものでもないし、既にこの場に()()いることが、異常なのだ。それ以上居合わせるとするならば――、その驚愕はひとしおだ。

「使えたらよかったのにな。生憎と非才でな。……いいから動くな!」

 三度、振り返った梓の後ろに藍が戻る。

 梓が藍を追って振り返る。

「ねえ、何のために俺がこっちに移動したと思ってるの? さっきのまま向こう見てろよ! フリじゃないんだぞ」

「は、はい!」

 ようやく気を取り直し、[槍]を逆手に振り上げ――たところで。


「あの、この態勢、とてもを不安になるのですが……」


 思うのは自由だ。百歩譲って言うのもいい。だがそれを言うために体を捩るのはダメだ。


「フリじゃねえ、って言ってんだろうがッ!」


 怒りに任せて振り下ろす。


   “収縮”“爆裂”“指向制御”“貫通”


「ひぃ!」

「誰もそんなコントのお約束なんて求めてねえよ! なんで動く訳? 動くなって言ったよな!」

「もも、申し訳ございません」

 藍の剣幕に押されて謝罪しながら後ずさる。そこで気づいた。

「まさか、本当に? 魔法でこんなにあっさりと……」

 手枷が破壊されているのだ。


「藍君のバカ! ヘンタイ! 何してるんだよ!」


「は?」

 急に怒鳴り始めた茉莉に、藍は困惑を示す。

「あずささんのスカート! 切れてるんだよ!」

「うるせぇ! 動くなって言ってるのに、動くやつが悪いんだよ!」


   ターンッ


 女性に不都合があれば、それは全て男が悪い。そのようにできているのだ。絶対君主が統べるこの場では。

 ちなみに茉莉が声を上げてからここまで、当事者の梓はついていけていない。

 倒れた藍を前に、ようやくスカートを抑え、『錬金術』で直し始めた。

「痛って、少なくとも外野にとやかく言われる筋合いはなくないか?」

 そこがどうしても納得いかないのだ。ともかく――

「次は水月だな」

「わ、私に何をするつもりですか!?」

「手錠を外すって言ってんだろうが」

「本当にそれだけですか? 私の服も梓さんの様に剥ぎ取って、あんなことやこんなことをしたりするつもりではないんですか?」

 これだけ言葉を発していても身じろぎしないのが、梓と水月の場数の差である。

 ともかく藍の返答は、わずか一音だった。

「は?」

 心底何を言ってるのか分からないと言った様子である。

「お前、それはせめてその発育不良の体つきをなんとかしてから言えよ」

「な――!」

 誤解無きように述べると、水月の体形は全体的に平均的である。どちらかというなら全て平均よりも()だ。しかし藍の基準は身近な女性――直や青葉なのだ。あまりに相手が悪い。

 藍の暴言に声を失う水月に、当の本人は「まあ、動かないなら何でもいいか」と結論付ける。

 先の梓を思えば、水月の発言など、実害もないのだからどうでもいい。

 気合を入れ直し、集中して【槍】を振り下ろす。











「……なんつう『魔道具』を」

「こんなのでも、あると便利だからね。前に用意したんだ」

 なんの答えにもならない直の答えに、岳人は余計に酷くなった頭痛に頭を抱えたくなった。

「冗談じゃねえ」

 『魔道具』一つ取ってもなんとなくの力量は伺える。

 ほとほと化け物だ。

 その上意図せずして掛けられた<隔絶結界>に依って、こちらは力に制限がある。

 正直とても勝てるとは思わないが――、


 ――それでも、ここで引く訳にはいかないのだ。


「行くぞ!」

 その宣言は、己を奮い立たせるもの。

 超常の身体能力を持って踏み出す。その身は初めの一歩で音速を越え、2歩3歩と更なる加速をしながら世界を巡る。


   <障壁>“硬化”


―――まあ、阻むだろう。

 ここまでは先程の奇襲の蒔き直し。 

 先程はこの勢いで殴りつけても、<障壁>はビクともしなかった。ならば岳人の取り得る選択肢は躱すか、更なる力で殴りつけるか。或いは――

「【共鳴】」

 防御貫通攻撃。

 殴りつけた<障壁>を伝い地面へと走った衝撃が、無軌道に、だが確かに直へ向かって迸る。


   <魔弾>“加速”

 

 その衝撃も直へ辿り着く前に打ち抜かれた。


   複写再発現 多数展開 x32


 先の魔法陣をコピー・複製、魔力の弾丸が岳人へと殺到する。


   <障壁>“硬化”


 回避した岳人の行く手が遮られる。


   複写再発現


 追い打ち。先の<魔弾>の群を一つの魔法と定義して複製される。


「クソッ!」


   【不動ふどう


 岳人の体内を巡る魔力が加速し、前の残りと合わせて計37発、魔力の弾丸をはじき返す。


   複写再発現“貫通”


 更なる攻撃術式が付加されて再展開。

 しかし再構築に伴う一瞬があった。

 岳人が態勢を整えるには充分な時間。受け流し、ときに躱して32発全てをやり過ごす。

「なるほど」

 その様子に直が一つ頷く。確認の意味も込めて術式を少し切り替える。4度目。

 先程までの整列していた魔法陣とは異なり、全てがバラバラの方を向いて乱立する。バラバラついでに女性のスカートを切り裂く不届き者を照準するのも忘れない。


   <魔弾>“加速―回転”“貫通”


 向心力を与えられた弾丸が、楕円軌道を描いて岳人に殺到する。

 横から上から、そしてときには背後から。

 それも岳人は器用にいなす。そして背後から迫った一発を掴み取る。

 弾丸の運動エネルギーを利用して加速する。


≪Cycle≫(サイクル)


 再度魔力を身に纏う。


 突貫。


―――うん、悪くない。


 直の岳人に対する素直な感想だった。

 才能はある。後天的な技術も十分。強くなろうと言う気概だって申し分ない。

 しかし、それ故に思う。


「惜しい」


 振り上げられた岳人の拳。それを阻むことなく今度は正面から受けて立つ。

「嘗めるな!」


 迫りくる拳を自らの掌で掴み取る。受け流す。


 勢いに流された直の体が一回転。


「こんな――」


 インパクトに合わせて打ち込まれた魔力を()()


「――感じかな!」


   『気功術』


 すれ違いざまに、回転の勢いと打ち込まれた魔力を乗せて、直の膝が岳人の脇腹にめり込んだ。


「ガハッ」

「これ、絶対得意なやつだ」


 そんな呟きを漏らして<結界>に叩きつけられた岳人を一転、冷めた目で見つめる。


「あなた、私との相性悪すぎ」


「なっ!? 魔力が!」


 直が辺り一帯の魔力を支配する。

 それには僅かながらに感じていた周囲の魔力はもちろん、岳人の体内を≪巡っていた≫魔力も含まれる。

 戸惑い動きが止まった一瞬、直の魔力が襲い掛かった。


   <障壁><念動>


 崩れ落ちた岳人を押さえつける。




「勝った」

大人気おとなげねえなぁ」


   ターンッ


 もはや何があったとは言うまい。


「『概念魔法』の使い手をこうも容易く抑えるなんて……」

 梓は驚嘆した。

 自分と同格の『神の力』を扱う少年の腕前についてもだが、その少年を歯牙にもかけない彼女の能力に。

 『封魔石』の制限があるとはいえ、梓は岳人に手も足も出なかった。

 であれば彼我の実力差は如何ほどか? 

 そんな梓の内心を知る由もなく、水月は思うが儘を口にする。

「それにしても。どうしてこんなことをされたんでしょう?」

「どうしてこんなことしたの?」

 水月の疑問を直がそのまま岳人に投げ渡した。

「話せば長くなる」

「いや、そういうのいいから、早く」


 前置きした岳人を直が促す。


「……『神殺兵器製造計画』」


「え? ……あ~、そういう感じ? ――もういいや」


 その一言で、直は岳人を押さえていた<障壁>を消し去った。

「は?」

 全く長くならなかった。これには岳人の方が戸惑った。

「どういうつもりだ!」

「いやー、その名称を挙げられると、私にとやかく言う資格はないかな、って」

「別にお前関係ねえだろ。この中途半端な状況で投げ出すなよ」

「でもさー、さすがに、ね?」

 『我妻』はその()()()()()()()()()()()()()()でもあるので、その反応も分からなくはない。


「とは言っても、気に入らなかったら、潰すから」


 同時に()()()()()()でもある。


 報復を止める権利はないが、報復の結末を決める権利はあるのだ。


「っていう訳だから、あとはよろしくね、藍」

「は?」


「水月ちゃんは返してもらうけど、この子は藍が助けてあげてね」











 組み上げた[槍]をクルリと回して構えたが、幾度となく思わずにはいられぬのだ。

―――どうしてわざわざ俺が?

 と。同時に思う。

「全くおまえも≪災難≫だよな。やむを得ず()()()を拾うことになって、挙句あんな()()()と戦う羽目になり――」


「おいお前――」


   ターンッ


 狙われてる、そう岳人が警告を促す前に弾丸は放たれ、藍は悶えることになる。

 後頭部を打ち抜かれてのたうち回る彼の背後では、直が「今は動くな」とばかりに、藍に向けていた[銃]を笑顔と共に岳人に向けている。


「…………」

 この状況、どうするというのか?


 しかし心配には及ばず、間も無く藍が起き上がった。


「大丈夫なのかよ」


 それは岳人のセリフである。


「連戦だろ? 負けた時の言い訳には充分か?」


 先の一件はなかったことにするらしい。

 向こうがそれなら、岳人としてもそれでいい。

 このような状況でどのような対応をすべきなのか、彼の未だ16年という短い人生の中には答えがなかった。

 素直に質問に答える。


「……生憎、継戦能力と回復能力も売のうちの一つなんだ。むしろ万全だよ。それを言うならお前の方が――」


 藍への心配を返した、その瞬間。


 [槍]がクルリと回された。


 同時に猛烈な勢いで魔力が“収縮”される。


「じゃ――」


―――おい待て!

 術式が暴走しているのを確認した。


「――遠慮はいらないな」


 術式が崩壊し、自然に爆散しようとする魔力をさらに“爆裂”の術式を組み込んで勢い付ける。

 至近距離でそんなことをしては肉体など吹き飛ぶところだが、その勢いを“指向制御”して一点集中。


 そこで岳人はその場を飛び退いた。

 岳人に迫る魔力が“貫通”、その術式が付加される。


 【槍】の顕現。


 岳人の魔力防御を難なく突き破って、左腕に裂傷が走る。

 切り裂かれたのは皮一枚、とはいえ躱していなければ間違いなく腕一本持って行かれていた。

 どころか先程からずっと岳人が苦心している<結界>にすら風穴を開けている。

 加えてあの発現速度。

―――どんな魔法だよ?

 あいさつ代わりの先制攻撃。全力には違いないだろうが、それでも捨て撃ちできる程度のものでしかないことはうかがえた。

 先の少女に比べれば凡庸だが、この少年も半端ではない。

 手を抜いている暇はない。

―――てめぇも、大概化け物じゃねぇか!


≪Cycle≫(サイクル)


 体内を魔力が≪巡る≫。≪回る≫。≪循環≫させて練り上げる。


「サリエル」

「『神の力』が相手じゃ、仕方ないわね」


 藍の左腕が溶けて消え、かの悪魔が姿を現す。


―――高位精霊。契約は片腕か? さっきの魔法といい正気じゃないな。


 藍を探ろうとする岳人。故に先に仕掛けたのはまたしても藍だった。


   『風魔法』<身体操作>“移動”


 サリエルの演算能力の一部を借りて、マッハ3の速度を得て急接近。真空のトンネルを潜り抜けて一突き。速度に反して静かな開幕。

 この奇襲とも言える早々の全力攻撃を、だが今度こそ岳人に油断はない。冷静に左手で払い除ける。カウンターの右正拳突き。


   “移動”


 藍の軌道がガクンと上に持ち上がる。

 空中宙返り。岳人の体が一回転して、頭上を通り抜ける藍に追撃の蹴りを叩き込む。

 払われた勢いのまま半回転した[槍]の柄が、今度は岳人の蹴撃を払い除ける。さらに[槍]がクルリと半回転。


   “切断”


 互いに空中で逆向き、不安定な体制の岳人に襲い掛かる。座標固定を受けていないが故に、この状況に支障が出るのは岳人だけなのだ。

 岳人が手を伸ばした。その手の向かう先は[槍]でも、ましてや藍自身でもなく()()だ。

 かすかに流れる魔力を腕から取り込み体内に≪循環≫、加速させる。


「【不動ふどう】」


 体内に食い込んだ瞬間に魔力の激流が[槍]を弾き返す。

 [槍]は岳人の腹を捕らえたが、そのやいばが切り裂いたのは皮一枚。

「マジかよ」

 [槍]の慣性すら弾き返して、それ以上に態勢を崩すことなく地に足付いた岳人が振り返る。

 ここで両者は一旦距離を取る。

 互いに分かってはいたが、やはり容易く下せる相手ではないらしい。


 次なる交錯で先に動いたのは岳人だった。

 右足を持ち上げて、振り下ろす。


「【共鳴ともなり】」


 振り下ろす。


 振り下ろす。


 合計3つの衝撃がそれぞれ別の経路を辿って藍へと向かう。

 その攻撃は既に何度か目にしていた。

 徐々に力を増しつつ方々を奔り、最終的に目標へ到達する。

 方々、しかしそれは明確に地面なのだ。

 ならば藍は当然上空に退避する。


「だよな!」


 岳人が右足をさらに踏みしめる。

 沈み込む。

 隆起する。

 盛り上がった地面が上空に退避した藍の足元まで伸び上がる。


「クソッ」


   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”


 遡ってきた衝撃を、伸び上がった地面もろともに貫く。

 藍の[槍]がクルリと回った。かと思えばその切っ先はピタリと岳人の方を向いていて……


   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”


 再びとなる【槍】の顕現。

 岳人はそれを当然の様に打ち払う。しかし、


「……嘘だろ?」


   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”


 藍は三度となる【槍】を生成していた。

 これにはたまらず、岳人はその場を飛び退いた。

 単発なら容易くいなせても、こうも続け様に放たれては、打ち払うのも容易でない。

 

   “温度変換”


 莫大な負荷に熱を帯びた脳を冷却するため、一旦攻撃の手を緩める。

 その様子に岳人は思わず溢す。


「……おまえ、バカだろ」

「その喧嘩いくらだ?」

―――この状況から喧嘩売る意味ねえだろうが!


 藍のあまりに早い返答に、岳人のその感情が言語化することはなかった。

 代わりに出たのは状況の分析だ。


「使用後に“冷却”が必要な魔法使うとか正気じゃねえよ」


「悪いな、生憎と非才でね。おまえらみたいなのとやり合うのに、正気のままじゃいられないんだ」


「だとしても――」


 そもそも関わらないこともできるだろう。少なくとも今ここで矛を交える必要はない。

 一体何が彼にそこまでさせるというのか。


「どの道、ここでお前にも勝てない様じゃ先なんてないんだ。すぐそこに直もいる。よっぽど死にようもないから、お前も死ぬ気で来い」


   <念動>“加速”“貫通”


「なッ!?」

 何に驚いたって、藍が[槍]を投擲したことだ。

 明らかに意味がない。意味がないどころか不利にしかならない。

 訝しく思うも何もしない訳にはいかない。

 定石通りに弾き飛ばす。

 その一瞬で藍は次の手を打つ。

 右手を左肩へ。流れ出る血を掴み取って腕を一振り。


「【紅葉こうよう】」

   『禁呪術』“切断”


 飛沫の一つ一つが刃となって岳人に迫る。

 面制圧とはいかないが、そこそこの攻撃範囲。躱すとなればそれなりに手間ともなるだろう。

 だから躱さない。


「【不動】」


 体内を高速で≪循環≫させた魔力で弾き返す。

 その体に紅の刃は傷一つ付けることがかなわない。


 だが、動きは止めた。元よりそれが狙い。


()()()!」


 ()()()が[槍]を構えて岳人に迫る。

 術式に依らない移動、だから反応が()()()

 完全にノーマークの所から急に()()が現れたのだ。人一倍気配に敏感な岳人でなければ気づかなかったかもしれない、巧妙な不意打ち。

「2体目!?」

「遅い!」


   <身体強化>“加速”

   “術式伝達”“切断”


 “加速”した()()()が、藍の術式補助を受けた[槍]で岳人に切りかかる。


≪Cycle≫(サイクル)


 防御していたが故に、出遅れたならば、さらに防御を固めるだけ。

 体内を≪巡る≫魔力をさらに加速。

 黒い影が操る[槍]を弾き返した。


 それができるのであれば初めからするべきで、しなかったのには相応の理由がある。


「魔力暴走とか、お前も人のこと言えねえじゃねえか」

「……やらなきゃ終わってただろ、今のは」


 ()が投擲した[槍]を握らずに、そのまま手首の周りでクルクルと回し始めた藍に、額から流れた血を拭った岳人が不満を漏らす。

 表に見えているのは額の小さな傷一つだが、服の下には似たようなものが何箇所かできている。

 魔力の暴走に依ってできたこの傷自体は()()()治るので問題ない。だがしかし、良くない。状況が良くない。


―――何より良くないのは、


 外界との繋がりを絶つ<隔絶結界>である。

 これさえなければ、何度思ったかも分からない。


―――となれば、


 ここまでの思考は一瞬。

 岳人が駆け出す。


≪Cycle≫(サイクル)


 体内を≪巡る≫魔力を増やし、身体能力のギアを一段上げる。

 回り込んで、藍の後ろに佇む、()()()()の下へ。

 岳人には彼女がどの様な役割を果たしているかは理解できていないが、それでも目の前にいるこの男()が碌でもないことをしていることだけは分かっている。


「させるか!」


 藍の反応は明らかだった。触れられては困る何かがある。

 その核心を持って、


≪Cycle≫(サイクル)


 もう一段、魔力暴走の一歩手前。さらなる身体能力の上乗せで藍を振り切る。


 藍も早々に足を止めた。追いつかないのは明白。

 ならばこそ、()()より速く達する【槍】を頼るのだ。


   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”


―――その魔法を待っていた。


 躱したのは、紙一重。

 待っていたのだ。当然避ける準備も、()()()の準備もできている。


 転進。

 

 向かう先は藍ではなく、むしろその真逆。<隔絶結界>の――それも【槍】が穿った風穴のもと。

 自力では困難でも、これだけの綻びがあれば、彼にも破壊できないことはない。


≪Cycle≫(サイクル)


 体内で練り上げた魔力を叩き込む。


 ここまで彼を苦しませ続けた<結界>が砕け散った。


 そしてこの瞬間。この時だけは<結界>(この囲い)が彼に味方する。


 魔力は『情報体』である。この世の物理法則とはかけ離れた動きもするが、基本的には流体――特に気体に近い性質を示す。

 ()()()()と呼ばれる現象も引き起こし、また濃度濃いところから薄いところに流れ込むような現象も引き起こす。

 つまり、藍の【槍】そして岳人の<結界>を割った攻撃で、<結界>の中の魔力は根こそぎ外へ流れ出し、今度は半端に形を保っている<結界>の中に流れ込むのだ。

 常であれば大事無い。魔力は『情報体』であるのだから、感覚として捉えるだけで物理的影響は及ぼさない。

 しかし岳人は、その魔力の奔流を根こそぎ汲み上げた。


   <魔導砲>系統魔法



   「【流転るてん】!」






 完全に出し抜かれた。

 妙に<結界>を気にしているとは思っていたが、今ここに至るまで全力ではなかったとは。

 凄まじい勢いで迫る魔力の奔流。

―――これは、【大槍】じゃギリギリか?

 一発勝負ならばそれでも構わないが、相手がこの出力を維持できるとなると、ギリギリでは不味い。

「サリエル、ここで決めるぞ。――()()だ」

「これは仕方ないわね」

 行うことはいつもと同じ。




   『禁呪術』“爆裂”“指向制御”“貫通”






 異なるのはその規模、その大きさ。 ――そしてその名。











   「【絶槍ぜっそう紅刃くれは】」





















「……おまえ、何考えてるんだ?」

「『最強』になる方法」

 愕然としつつも言葉を絞り出した岳人に、藍は即答した。

「は?」

 岳人には理解ができなかった。あまりに脈絡がなさ過ぎた。いや、そもそもの質問に脈絡がなかったのだから、仕方ないのかもしれない。どちらかといえば淀みなく答えた藍の方がおかしいのだ。

 ただ、藍なりに強さを求めた結果だということだけは理解した。

「だからって、自分の片脚を……!」

「おまえらみたいな化け物と戦うのに、この程度で済むなら、安いだろ?」

 相変わらず岳人に軽口を返す藍。しかしその右脚は膝から先が消失していた。

 結果としてはそれで()()()()()()()()するに至っているのだから、その考えも間違えではない。

 だがしかし、

「そんな訳あるかよ!」

 こうも容易く、自身の肉体を切り捨てられるものなのか? 岳人には疑問でならない。

 例え魔法が発達したこの時代、修復する方法があるとしてもだ。

「悪いな、おまえもなかなかだが、それでもおまえごときに負けてるようじゃ話にならないんだよ」

 一体何を? と思ったが理解した。思い出したのだ。自身が手も足も出なかった少女の存在を。

 少年は『最強』になると言った。ならばいずれ彼女にもその手を伸ばすのだろう。

 確かに彼女と比べては自分など()()()と称されても仕方ない。


 いずれにしても負けである。少女と事を構えるには力が足りなかった。少年と競うには覚悟が足りなかった。これ以上何をしたところで事態が好転するとは思えない。

 失敗のペナルティは甘んじて受けよう。どうせ奴らも自分を切り捨てられない。

「……今回は引く。イレギュラーとはいえ、お前らを嘗めていた」

「そうしろそうしろ」

 クルリと回した[槍]を手首に載せて、言葉に合わせて手を払う動作を2回する。

 岳人が切り落とされた右腕を拾い上げて、あるべき場所に押し当てる。

≪Cycle≫(サイクル)

 それだけで最低限繋がる。――循環系に組み込まれる。


「……次は、こうはいかない」


 岳人は立ち去った。






「……次なんてあってたまるかよ」

 藍は吐き捨てた。偶然の邂逅である。次など冗談ではない。それよりも、

「たく、やってらんなねえよな」

 非戦闘時とは言え、ああも簡単に治せるのだ。『神の力』とはよく言ったもので、理不尽なものである。

 藍は左手をサリエルに差し出して、片脚を対価にようやく切り飛ばしたにも関わらずこれなのだ。

 相対者を前に安いと言ったが、正直割に合わないにも程がある。


「藍。一応作ったけど、使う?」

 脚だ。藍の消失した右脚である。直が『錬金術』で作り出したものを持ってきた。

「いらん」

「だよね! 茉莉ちゃん、はい」

 横にいる茉莉に手渡した。差し出されてつい受け取ってしまった。

「えーっと?」

「あげる」

「いらないんだよ!」

 一体何に使えと言うのか? 処分に困るだけである。

 茉莉が慌てて脚を突き返すと、すぐさま直が掴み取り、熱を発しながら()()した。

 どうもふざけているだけらしいが止めて欲しい。

 

「じゃ、私達も帰ろうか!」

「ま、待ってください! かつて『協会』が主導していたあの計画を知っているとは、あなた達、一体!?」


 提案した直を、梓が慌てて止めに掛かる。


「ふふふ、それはここじゃ教えられないかな。……でもそうだね、今回はたまたま助けたけど、私達は決してあなた達のしたことを許した訳じゃない」

「やはりあなたは……」

「覚えておいてね」

 それだけ言って颯爽と立ち去る。

 その後に藍が続く。

 右脚こそないものの、<身体操作>を使いこなす藍には些事である。<飛翔>の魔法で追従する。

 その右脚も既に形ができ始めているのだから、完治するは時間の問題なのだろう。

 無言で立ち去る藍からは、拒絶の意思が感じとれる。話しかけるのは躊躇われた。

 その後を茉莉が付ける。

 そろりそろりと歩みを進める。その身構えた様子には、見知らぬ間柄であることも相まってそれはそれで話しかけるのが躊躇われる。

 さらに水月が後に続く。皆が立ち去るから後に続く。その思考を停止した様は、話しかけるには絶好と言えよう。


―――これだ。


「お待ちください!」

 梓が水月の手を取った。

「逃がしませんよ!」

「え?」


 水月の≪災厄≫はもう少し続く。


ちなみに連絡先教えることで解放されました。




時系列的には閑話を一つ挟みたいところですが、内容的に次の章の後に持ってきたいのと、構想はあるとはいえ影も形もないので、次は2章に入ります。


……投稿は、まただいぶ先になるかと。

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