【エグゼキュート】
―――あれはダメだ。とてもではないが勝てない。
そこは水平線の彼方。
地図には載らない、島とも認識されない岩の上。
そこに立った大谷吉彦は、先の戦闘を振り返る。
同級生などどうにでもなると思っていたが、あれは異常だ。
自身の最大火力をあっさりと打ち破った最後の【大槍】、あれを連射されるだけで自身には成す術がないし、あの発現速度、実際それも可能なのだろう。
そして<身体操作>、さらに精度を上げることも可能とのことだが、どう考えてもそれだけでは割に合わない。
戦闘はもとより、日常生活にも支障をきたしている。それだけのリスクを払って、得るのがただ一つの魔法の精度向上。それも決め手になり得ない小技の。ありえないだろう。
魔法など一定の速度を越えれば全て同じようなものなのだ。音速だろうが光速だろうが、人間の認識を遥かに超える。結果を予想し、それに対応する。確かに速さがそのまま威力にもなるが、どの道当たったら本人がただでは済まない。意味がないのだ。
どう考えても彼にはあれより先がある。勝ちようがなかった。
だから迷いなく逃走を選択した。それなりに注意を払っていたし、追跡がないのも確認していた。
だからその声には驚いた。
「やあ」
「……我妻直。どうしてここにっ!?」
「そりゃあ、友達が攫われた、って聞いたら助けに来るよ。私、そんなに人でなしに見える?」
心外だと言うがそうではない。理由などどうでもいい。彼女は『生徒会』。理由などそれだけで充分だ。
「違う! 『魔界』にいるはずじゃなかったのか!」
故に吉彦が問うたのは理由ではなく、その手段である。
「魔法師に距離なんて関係ない、そうでしょう?」
確かに『情報世界』に精通する高位の魔法師に距離は関係ない。ということになっている。
実際には『無意識演算領域』の処理において、有視界範囲とそれ以外の視角は異なるのだが、逆に視覚の届かない――一般的には4㎞のさらに先、超遠距離における距離の価値は等しく同じなのである。
とは言っても『魔界』は別だ。陸続きにはなっているが、次元が違う。だから電波も届かないし、行き来も容易ではない。
「もう大体終わってるみたいだけど、わざわざ魔界から来たんだから、仕事の一つでもして行こうと思うんだ。どう思う?」
「ははは、サボることを考えるのも、人として大事なことじゃないかな」
「なるほど。それも一理あるね」
一つ頷くと右手を吉彦に差し向け、その右手に[魔導銃]が現れる。
「――グッ! ――ッ! ……<転移魔法>!」
「正解」
“加速”“移動”ときて、その次が“転移”である。それぞれ指数関数的に難易度が跳ね上がる。
“加速”と“移動”の術式の使い手の数を考えれば、その難易度を察せるだろうか?
難易度故にその付加効果1つで『魔法』と分類されている。
「サボることにはしてくれないのかい?」
「それもいいんだけどね。せっかくだしちょっと遊ぶことにするよ。……こんな感じかな?」
『錬金術』“硬化”“加速―回転”
グラファイトシートを積層、ブレードを成形する。
吉彦とは別にギアは用いず、ブレードの回転軸に魔力のベルトを巻いて、それを成形したもう一本のシャフトで巻き上げる。
幾重にも巻きつけられたベルトは初め、高トルク低速で巻き取られるが、巻き数が移るにつれて次第に低トルク高速に変換される。
それは吉彦が複雑な機構を用いて行っているのと同じこと。しかし遥かにスマート。それを差し引いても尚。
「速い!? だが! ……いや、そのために!」
グラファイトとは本来脆い物質だが、それは層間が結合の弱い分子間力で繋がっているためである。一方で層内では共有結合で繋がり、ダイアモンドと同等の強度を示す。
本来なら細かな粒子で精製されるそれを、魔法により一つの巨大な結晶として精製する。
故にその爆発的加速に耐える強度を得る。吉彦の疑問は強度について、納得はそれが解決されていると気付いたこと。
「バレバレだよ。そんなことに割いてる時間なんて、ないんじゃないかな?」
そもそも直が何故こんな魔法を使っているのかといえば、それは吉彦が現在進行形で使っているから。さらに言えば直と出会った時点で“隠蔽”を施した上で、発動されていた。
それを自分なりに改良しただけ。
「クソッ!」
バレているならそれはただの枷でしかない。“隠蔽”の術式解除して、その分の演算能力を確保する。
だがそれでも加速度の差は埋められない。
段階的な加速を得る機構である故、無段階で加速する直の魔法には、どうしてもかなわない。
直のベルトが巻き終えられる。
「もういいよ」
[銃]を構える。
カチリ
射出。
一体どれほどの速度かは知れないが、そんなものに当たっては一溜りもない。
吉彦も自身の魔法を射出して、迎撃する。
この魔法はその威力に反して脆い。それは日頃から使用している吉彦は分かっている。
直の魔法が単独で何かに当たったところでどうなるかは分からないが、倍する速度の衝撃には耐えられることはないだろう。
すなわち吉彦は相殺を狙ったのだ。
しかしそこは直が上手だった。
縦の回転だけでなく、射出の際に横の回転も僅かに加えられていたのだ。
正面衝突を望んだ吉彦に対して、90度傾いた状態で交錯する。
回転速度は直の方が上なのだから、相手の回転軸に先に到達したのも直のブレードだった。
結果、吉彦のブレードは回転軸付近で真っ二つに切り裂かれる。
正面衝突なら、相殺も或いは可能だったかもしれないが、速度が遅い回転軸付近ではそれも不可能。
魔力に編まれたブレードは呆気なく霧散した。
グラファイトのブレードは片翼の先こそ欠けたが直進を続け、吉彦の体すれすれを通って彼方に飛び去る。
外したのでも狙いが逸れたのでもなく。元から当てる気がなかったのだろう。
正しく遊び。
「勝てないと分かった時点で撃つべきだったね」
簡潔に告げられたそれが、おそらくは遊びの攻略方法。
そうすれば立場は逆、今度は直が迎撃するしかない。
正面衝突により相殺されるが、それでも先へと繋がる。
ましてや直の手段はベルトでブレードが繋がれているのだ。途中での射出が困難なのだから、文字通り逆の立場に追い込むことも、立ち回り次第では不可能ではない。
あの一瞬でそれを見極めろと、彼女は言うのだ。だからもういい。
「遊びは終わり。さて、それじゃあ始めよう」
彼女の≪最強≫を示すのに必要な時間はほんのわずか。
ただ[銃]を構え、
「行くよ」
その引き金を三度引く。
「【エグゼキュート】」
それだけ。
カチリ
それだけで彼女の≪最強≫は具現する。
“収縮”“硬化”“透過”“加速”“追尾”“質量化”“慣性増大”“貫通”……………………
瞬く間に展開された巨大な魔法陣が、弾丸へと変わり放たれる。
それは≪最強≫のための第一射。
「な――!」
―――なんだ、この魔法は! 意味が分からない。
言葉にする暇はなかった。
防御は無理。魔力を奪われた。
迎撃は――不可。体内に残された魔力で不可能でもないが、良くない気がするのだ。第一事ここに至って術式を組む時間も足りない。
残された選択肢は回避のみ。
思考は一瞬。しかしその一瞬で超高速の弾丸は目前まで迫る。
射線を逃れたのは偶然。体に刷り込まれた条件反射だった。
だがそんなことで逃れられるほど、実行の名を冠するこの魔法は易くない。
“追尾”
一回曲がるのだ。
その直角軌道の変化に、態勢を崩した吉彦は対応できない。
弾丸が吉彦を捕らえ。
“条件起動”“爆裂”
体内を襲う魔力の奔流に昏倒した。
出したら終わり。そういう魔法だ。だから実行。
それでも加減されているのだろう。でなければ体が四散していた。
意識を奪われるその寸前。
「今度は惜しかったね。判断は間違ってなかったけど、でもやっぱりちょっと遅かった」
無数の魔法陣を湛えた、直の姿が目に入る。
一度引き金を引いた時点で銃口は既に下を向いていた。
その後すぐに魔法陣も霧散したが、脳裏から先ほどの光景が消えることはない。
多段階魔法。大魔法を発動する上での常套手段。最近目にしたものだと橘灯花の【陰陽術】もこれに当たる。
先の一撃を防げたところで先はなかっただろう。
―――そういえば。
あの少年は、この少女を超えるなどと言っていたか?
なるほど、ならば自分などただの踏み台。
その台詞を聞いたときは腹を立てたが、今となってはただただ感心する。
もはや逆らう気概もなければ、意識を繋ぎ止める意思もない。
吉彦は意識を手放した。
―――やっぱり、あなたしかいないよ。
「藍……」
彼女は彼岸へと[銃]を向けて、引き金を引く。




