『契約』
「逃げたか」
「『逃げたか』じゃないよ! 何かっこつけてるのさ? これ、どうするつもり!?」
「…………。人は巻き込んでないから、何とかならない?」
「無理じゃないかな」
いっそ和やかとも言える、いつも通りのやりとりを始める藍と衛だが、その他の面々は唖然とするほかない。
それ程の大魔法。その正面衝突。
戦術級、戦略級の戦力を期待される魔法師だが、ここまでの使い手はそう多くない。齢15の学生となればなおのこと。
実の所、丈や明日香も同等――あるいはそれ以上の火力が出せないこともない。ただそれは出せるだけであって、実戦で方々に意識を割きながら出せるものではないし、ましてや彼らが使っていたのは<身体操作>という超高難度の魔法の行使と対応をしながらだ。
そして余波と言えどもその衝撃を難なく防いで見せた伍堂衛という少年も、同類であることは想像に難くない。
周囲は更地と化した。
唯一無事なのは【盾】を翳した衛の後方。
当然つい先程水月のいた建物は跡形もない。
同じ敷地にあった茉莉のいた建物も全壊――と法律に定められる程度には倒壊していた。
だがそこまで。
お互いに広域に及ぶような攻撃でなかったのが幸いしてか、その外はそこまでの被害はない。
とはいえ公道は衝撃波で見る影もない。
物資の運搬には影響が出ることだろう。
衛が心配しているのはそういうこと。逆に藍が心配していなかったのもそういうことだ。
その気になれば防げた被害なのだから、何らかの処罰があってもおかしくはない。
「ふむ、あれだけ血を使ってこの程度、まだまだね」
逆に不満を持つのは人外たる彼女だ。
「やあ、サリエル、久しぶりだね。あまり藍を唆すのは辞めてくれないかい?」
ただでさえ考え足らずなのが、より酷い結果を成す。
「いやよ。藍には至高を目指してもらわないといけないのだから」
「だよね」
聞き入れられないのは承知。元よりそういう『存在』。衛もあっさりと引き下がる。替わりに。
「それはそれとして、そろそろ腕に戻った方がいいんじゃないかい? 藍の<制御>だって完全じゃない。そろそろ青葉ちゃんが黙ってないよ」
「あの子はさすがに厄介だわ。彼女も来たようだし、ちょうどいいわね」
ちらりと水平線を臨み、今度はサリエルが頷く。
そして先の衝撃で吹き飛んだメガネを探している水月を見やる。
「『約束』、きちんと守られたようで良かったわ」
そうして現れた時の逆回しに、一度崩れ去って、藍の左腕へと再び収まる。
「……あの時の。マジかよ」
いや、おかしいと思っていた。だからあの時まずいと思ったし、そのまま交流を維持したのだ。
おそらく気のせい。既に助けたと思っていたが、どうやらそれでは済まないらしい。
『約束』は『契約』だ。
『約束』を守るというのは、『契約』の遵守するということ。
それは信用を得ることへ繋がり、積み重ねることでより大きな負債を抱えることを許される。
それはほんの、悪魔の気まぐれ。ただの口約束。世間も、おそらく水月本人ですらも破られたところで咎めることはないだろう。そもそも認識しているのかすら怪しい。しかしサリエルにそれと認められたなら、何としても守る義務が、藍にはある。
現実から目を逸らすべく海を臨む。
その水平線の遥かで、無数の魔法陣が展開していた。
逃げ道も塞がれた。現実は非情である。




